第74話 封印の解除はあっけなかった


「そう言えば、お前、封印は解けたのか。なんかそんな話もあっただろう」


そう、祖父ちゃんに急に聞かれた。

「まだだよ。童さんがキツネを引き剥がすので力が足りなくなったから、一晩ゆっくり寝て明日になってからになった。明日には神来達は帰らないとならないから、先にやってもらったんだ」


 すぐにでも封印を解かなければならないわけでもないけれど、今日解けなかったのはちょっと残念でもある。だが、力が足りないというのならば仕方が無い。契約は済んでいるので裏切られることはなかろう。


 あれ、俺は童さんの真名も知らんぞ。そう言えば、名付けとかもしていないが良いのだろうか。もう童さんで定着している気もするが、後で確認しておこう。

 神来とキツネは、童さんの紐付きだったからといっても名前を呼んだだけだよな。人によって方法とか違うのだろうか。そういえば、紐付きってなんだったのだろう。周りは知っているようで説明はなかったのだけれども。


「そうか」

 祖父ちゃんもその後は何も言わなかった。でもホッとしている感じが伝わってくる。なんだかんだいって心配してくれていたのだろう。



 翌日。

 御門達は午前中で帰って行った。昨日、神社から俺の家までは自分達の自動車で来て停めていたので、そのまま家から帰っていった。お弁当は今朝作って山ほど持たせている。お弁当の入ったバスケットを持った神来は満面の笑みだ。


「また、来ても良いか」

神来は、名残惜しそうに言う。コイツが来たい理由は飯だろうな。

「ああ。来る前に連絡してくれよ。リクエストとかもな」


 俺は笑顔で答える。俺が地域ネットワークへ参加する意志がないことを伝えてあるので、自分のところへ遊びに来いとは言えないのだろう。


彼も忙しそうだから、次にいつ会えるかは判らないが、それでも次の約束をしたいと思ってもらえるようで、少し嬉しい。


 御門は何も言わないが、こいつはまた来る気満々な気がする。薬草の件があるからここには来ることになっているしな。

「カツカレーは絶品だった」


 影の人は絶賛していたから、また食べたいということの気がする。

 神来といい、御門のトコの眷属といい、俺の料理の何がいいんだろう。御門も何も言わないが、気に入っているようだし。俺自身は自分の料理を特別旨いと思った事は無い。いや、それなりだとは思ってはいるんだが。


 運転は御門と神来がするそうで、それぞれ運転席と助手席に乗り込んだ。

 聖女とキツネは後部座席だ。聖女は本当に恐縮したままだ。キツネは相変わらず、聖女の姿に化けたままで酒呑と何か話をしてから自動車に乗っていた。キツネの事、周りになんて説明するんだろう。俺には関わりが無いけれど。



 俺の封印解除は、彼等が帰った後に童さんが起きて外へ出てきてからとなった。昨日の疲れのせいか、昼ご飯まで起きれなかったと当人は言っていたが、飲み過ぎのせいではないかと俺は疑っている。


だって、酒呑が「あいつはいける口」と言っていたからな。御門達はあまり遅くなるわけにもいかず、見届けることなく先に帰ることになったのはそのせいだ。


 それでも御門は確認と手伝いのため、眷属の内二人を置いていった。確認したら、彼の元へ戻るそうだ。ここにいるのは、他には祖父ちゃんと酒呑と童さんだ。いや、名前については童さんとずっと呼んでいたんで、それで定着してしまったようだ。


「では」

童さんの右手に光の塊がのっている。キツネから切り離した欠片だという。

その光の塊を持ったまま俺の方にやって来る。

「では、主よ。しゃがめ。頭がこちらの手に届くぐらいに」

 そう言われてしゃがみこんで頭を下げると、童さんの手がポンポンと俺の頭を軽く叩く。


「これで終いだ」

顔を上げると右手にあった光の球がちょっと輝いている球の形をとっている。

「封印の珠を取り除いた。これで主の封印は解けた」


 なにか、気が抜けるような簡単さだ。すると、ひょいっと童さんの手の上にあった封印の珠に大きな手が伸びた。その珠を握ったと思うと酒呑はカポッと飲み込んだ。


「へっ」

変な声がでたのは勘弁して欲しい。

「酒呑、そんなもの食って大丈夫なのか」

慌てて声を掛けたが、酒呑はちょっと顔をしかめただけだ。

「まあ、旨いもんではないな」


 童さんも、御門の残した連中も呆気にとられた顔をして止まっている。そんな姿を見て笑い出したのは祖父ちゃんだ。


「お前、悪食にもほどがあるだろう。腹壊したらどうするんだ」

 俺の言葉に祖父ちゃんは更に笑う。

「まあ、封印の珠は残しておくと後々問題があるだろうからな。良いんじゃないか」


 散々笑った後に、祖父ちゃんは御門の眷属にも向けてそう言う。それに対して眷属達は苦笑いをする。ポカンとしたままだった童さんが、得心がいったかのように手を叩く。


「そうだった、そうだった。あれは簡単に使えるからな。そうか、下手すればこちらが封印されてしまう事だってあったのだ」


 この童さんが抜けているとは、人のことは言えない。俺も祖父ちゃんに言われるまで、取り除いた封印の珠をどうするかなんて、考えてもみなかったからだ。


「封印の珠の行方。確かに確認した。では、これで失礼する」

 御門の眷属はそう言い残して、消えた。封印が解けた後に、一人は俺の方をじっと見ていたけれども、あれは鑑定持ちとかそういうのだったのだろうか。でも、言いようから思うに彼等は封印の珠の確認で残ったのかも。ちょっと残念そうな感じがしたから、欲しかったのかな。


 さて、封印が解けると何か特別感があるかと思ったのだが、別段何も感じない。身体が軽くなるとかなんか力がみなぎるとかそんな事、何も感じない。


「それじゃあ、山野辺さんのトコに行こうかね」

 眷属が帰ってから暫くして、祖父ちゃんが言って俺の肩をポンッと叩く。

「カステラプリンを届けに来てくれとよ」

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