第73話


 一方で、童さんの方がどうなったかというと。


「こちらの好みは、和菓子だ。緑茶とあんころ餅が好きぞ」

 自分の住む場所を求めて、箱庭を探していたという童さん。酒呑に唆されて、俺の眷属になってしまった。条件は「箱庭に住むこと」。


 血とかじゃなくて、良かった。

いや、良かったのだろうか。何か違う気がする。俺が契約者で、童さんは俺の眷属になるというのに、俺抜きで話を進めないで欲しい。


俺はなんにもしていないのに、口を挟む間もなく酒呑と童さんの間でサクサクと話が進んでいく。


 キツネと聖女を分けた後に契約を行った。これは酒呑に勧められたからだ。なんでも力を多少でも弱めておいた方が、契約がよりよく纏まると耳打ちされた。俺の血の入った酒で満たされた杯を彼女がくいっと飲み干す。


その姿を見て酒呑がちょっと物欲しげだったが、今月分は月初めに既に渡している。今回の騒動で、なんだかんだと世話になったがコイツは後から追加注文をしてくることはないので、後で何か考えても良いかも知れない。色々と手数を掛けたからな。


 箱庭は、童さんが眷属になるのならば快く彼女のための住処を提供してくれると言う。酒呑のように別の棟を建てるという事も可能なのだが、俺の家に一間を増やして住むことになった。


これは童さん自身が人の出入りする家の方が良いと言ったからだ。ということで、箱庭の家の中にコタツの部屋が新しく追加される。


祖父ちゃん達には、後で紹介しないといけないな。心中としてはちょいと複雑。


「まあ、色々と思う事はあるだろうが。あれは箱庭で飼っておく分には、実害は無い。使えるから、囲っておけ。結界や封印などが得意なモノだからな」


 後から、酒吞にそう言われた。それに眷属にしたからと言って、封印を解く事には問題はないし、返って何かおかしな真似をされる事も防げるからと。



 神来達は、今晩は俺の家へと泊まっていってもらうことになっている。

「迅、約束だからな」

 そう、神来には俺の料理を食わせる約束をしていた。御門がそれを条件に神来が先走って仕出かさないように抑えていたのだ。抑える条件が俺の料理だったというのは、なんとも。


 今日は大人数だ。前以てこの日に会うことは予定していたので、用意はちゃんとしてある。


夕食は二手に分かれた。まず御門の眷属と童さんと酒呑は箱庭で食事することにした。で、寝るのもそちら側でサポートは小人さんが申し出てくれたみたいだ。後でちゃんと御礼をしないと。


 それ以外の人間側は、キツネがいるものの家で食卓を囲むことになった。別段何か言われたわけじゃないが、なんとなく聖女達を箱庭に通す気にならなかったからだ。


食事も酒のツマミも用意してある。自分達で勝手にやるといっていたし、小人さんもいるから大丈夫だろうと放っておくことになっている。


 メインはカツカレーだ。先だって酒呑が嬉々としてイノシシを狩ってきたからその肉を使っている。肉はあるからと言っても、何か口実を見つけては色々と狩ってくるのは困った物だ。


 イノシシをトンカツと言うのは違うと思うが、衣を付けてあげた肉だから、カツと称するには良いことにする。カツカレーはトンカツでなくても良いはずだ。ちょっとお肉については下拵えに塩麹を使ってみました。


 他には唐揚げに、卵焼き、シュウマイに餃子、ジャガイモのグラタン。この辺のラインナップは神来の好物だ。畑で採れたカブはそぼろ餡かけに、青梗菜は肉やキノコとオイスターソースで炒めたものを。


肉が多めな気がするのでスープはミネストローネに。里芋の煮付けとかもちょこんとテーブルに載せてある。


 神来の両隣は双子の女性が座っているように見える。聖女と聖女の姿をしたキツネだ。


「さあ、神来様。どうぞ、召し上がって下さいませ」

 キツネは卵焼きを一つ、箸でつまんで神来の口元まで持って行こうとしたのだが。


「うわぁ。迅の飯だ」

 神来は両手で握りこぶしを作ってガッツポーズをし、天井を仰いだと思ったら、脇目も振らずに食べ出した。キツネの差し出した卵焼きは全く視界の外だったようだ。


 茫然としたキツネが、しばらくは固まっていた。

「胃袋を掴むために、迅さんの所に弟子入りもあり、かしら」

 小さな声など俺には聞こえない。


姿形が同じとは言え、アレとは雰囲気が全く違うので、アレと結びつくような結びつかないような不可解な気持ちだ。


 分離する前はそうでもなかったんだが、分離したらなんだかあの気持ち悪さがなくなったんだよ。聖女とキツネと封印の欠片、これがほどけたら、あれ程怖気がたったのに、気にならなくなったんだ。


 賑やかな様子に少々驚いた祖父ちゃんだったが、問題は無さそうだ。御門とは顔なじみになっているせいもあるだろう。


 遠慮しすぎているのか箸が進まない聖女に、祖父ちゃんは色々と話しかけて料理を勧めてくれている。聖女は祖父ちゃんと話しながら、なんとか食事をしているようだ。


そういえば、聖女の名前はなんだったけ。ずっとアレ呼びをしていたので、全く記憶にございません。今更、聞くのもなあ。


 聖女は俺に遠慮しすぎて、お互いにギクシャクしたままであるので、祖父ちゃんが色々と気配りしてくれるのは大変ありがたい。


 夕飯の片付けは、神来や聖女とキツネなどがしてくれるというので任せた。神来は魔王討伐の旅の時も、片付けなどは率先して手伝ってくれた。


 片付けの後にお茶をと思い、お茶請けにデザートとしてミカンを用意した。ミカンといえばコタツの気分だけど、まだコタツには早い。


 余所様はどうか知らんが、ウチでは食事をしてから酒が出てくるのが基本だ。食事が後だという話も聞くが本当の所はいつ飲み出すのかは、よく分からない。


祖父ちゃんの相手を頼んだので片付けを免除した御門と祖父ちゃんは食事終わりに出した酒を飲んでいる。


「それでですね、ようやく名付けまでいったんですよ」

 御門が嬉しそうに話している祖父ちゃんはそんな御門にお酌をし、御門も祖父ちゃんの杯を満たす。


 御門が言うには、関わりが一旦切れた魔の物には、新たに名付ける必要があるのだそうだ。そうは言っても、本来の名である真名というのは変わらない。


要するに通称を名付けるってことなんだそうだ。真名に関しては契約者のみが知るものであり、名付けの名とは別のものなのだとか。周囲の人間が呼ぶのにも名前が必要だからな。


「へえ、なんて名付けたんだ」

「はい。十二人いるので、睦月から師走です」

 そんな会話を耳にして、気が付いた。ちょっと待て。そう言えば俺は酒吞の真名なんて知らない。童さんだって知らない。


そう言えば、キツネの時には神来は名付け、してたな。片付けが済んで戻ってきた神来に聞いてみると、

「ああ。紐を渡された時に頭の中に聞こえてきたぞ」

「そうですよ、ちゃんと名乗りましたよ」

と二人の答えが返ってきた。


「え、俺、酒呑の名前なんか知らない」

「ああ、アイツはちょっと曲者でな。祖母さんも知らんと言っていた。気にしなくてもいいぞ」


 祖父ちゃんもいい加減だった件について、俺はどこに突っ込めば。でも、酒呑が通称ならば、酒呑童子とは関係がないということか。もしかしたら、酒呑みから来たのだろうか。


 御門は、俺と祖父ちゃんのやり取りを聞いてゲラゲラ笑い出す。

「お前、飲み過ぎ」


コイツは酒には強いんだが、酔う体にはなる。笑い上戸で楽しい酒なのだが、それにしても今日は本当によく笑っている。


神来は下戸なので、飲んでいるのはお茶なんだが、話に加わって楽しそうにしている。


聖女とキツネは先にお風呂に行ってもらっている。どうにも疲れたようなので、先に休むという話だ。


言っておくが(誰にだ)、田舎の家だから部屋数はそれなりに多いのだ。女性陣二人は、二階の一間で寝て貰うことになっている。男どもは一階の部屋だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る