第72話 キツネの行方


 それからどうなったかというと、聖女はキツネと分ける方向へ。


「無理に憑いているのは、お互いにあまり居心地がいいわけでないんですよ。だって、今の現状は色んなものに翻弄されていて、その結果ですもの」

 キツネは分離されることを望んだ。それはそうかもしれない。


「この身体の持ち主の聖女様も、何とかしたいと思っていると思いますよ。だって、色んな事を今まで仕出かしてますでしょう」


 キツネが言うには、 今までの行動は、二人の思惑が加味されたベクトルの方向となり、互いに望むものでも無かったという。どうにもお互いの思っていた所とはズレたものになっていたと。本当か ?


「特に迅さんに関しては、本来 そちらへいくはずだった力がアタシに取り憑いてしまいましたので、おかしな感じになっちゃってたんですよ」


 しゃあしゃあとキツネがそう言って、こちらを見てニッコリと笑う。ゾワッと鳥肌が立った。


 キツネが言うには、そういう事らしい。その後、キツネが引っ込んで聖女のみにも酒呑が話をきいたのだが、その点は同じ気持ちのようで分けられる事を望んだ。相性は良くても、お互いに望んでそうなったわけでもないのだから、当たり前だろう。


 童さんの見立て通り、俺の異世界で受け取るはずだった能力がキツネに付与されたのは、どうにもできなかった。

童さんは、自分の都合が悪い事は隠したが、それ以外は正直に言っていたようだ。


 実際に封印したのは童さんなので、彼女でなければ、解くのは難しいという話だ。これについては、御門のところの眷属も見立てた上での話であると御門も同意している。彼らは口を挟む事なく、ずっと見守ってくれていたらしい。

「何かあれば、ね」

御門の笑みがなんかちょっと黒い。


 スルッと御門の背後に眷属が揃う。その姿を目にして、童さんが挙動不審になる。キツネ聖女は慣れているのか、そのままニッコリしている。だが、先程までとは違ってキュッと手を引き結んでいる。


 挙動不審になった童さんはおとなしくなり、二人の分離は問題なくやってくれた。その上、キツネを紐付きにもしてくれた。無事に二人を分離した後は、ちょっとお疲れのようでグタッとした表情でもある。聖女から分離したキツネは、キツネの姿になっている。身体の大きさは普通のキツネよりも小さく、尻尾が六本もふさふさしている白ギツネだ。


「ふん。これで行方をくらますことはできまい」

忌々しげに童さんがキツネに向かって言った。

「いやですねぇ。お話が終わるまでは、そんな事、しやしませんよ。怖い人達もいらっしゃいますし」

 と言いつつも、キツネはちょっとウンザリした様子に見える。

お話が終わったら、トンズラするつもりだったのか。


 聖女は元の能力だけになった。この世界に来ることになった彼女には、新たな能力は付かなかった事が再確認された。

だが、元々の能力値が高いこともあり、大きな問題にはならなさそうだとは御門の話だ。それに元々薬などの調合はしていたそうなので、問題はなかろうと。


 そして、分離した聖女はですね。

「申しわけ、ありませんでした」

 蚊の鳴くような小さな声で、神来の背後からちょっとこちらに顔を出しながら頭を下げ、プルプルと震えながら俺に謝ってくれた。


 またもや同一人物とは思えない。1+1=3ぐらいになっていたのだろうか。全く性格も雰囲気も違う、とんでもなく違う。いや、演技の可能性も頭をかすめたのだが、あの怯えたように細かく震えているのが演技には見えない。

今までしていた事について彼女自身はきちんと覚えていた結果、俺に迷惑を掛けていたと猛省しているようだ。本来の性格は、真面目なのかもしれない。


「なぜ、あのような事をしたのか、言ったのか。弁明の仕様もございません。本当に申しわけありませんでした」


 雨でずぶ濡れになって震えているチワワが、大きな瞳でこちらを見上げている様な感じを、醸し出さないで欲しい。ホント、俺、今日はいじめっ子になったような気分だ。そんなに涙目でプルプル震えて、必死に謝らないで欲しい。


「いや、君自身がしようと思ってしたことじゃなんだよね。キツネに憑かれてたんだから。うん。謝罪は受け入れるからね。大丈夫だから、うん」


 いたたまれなくなった俺は小さくなっている彼女を責める気は、とっくに失せていた。あれはなんというか、あー、女難だったのだろう。

ただ、神殿などの彼女の知り合い、この聖女の性格の変化にどうして何も突っ込まなかったんだろうと不思議になったくらいだ。同一人物とは思えん。


 俺の言葉にキツネは何か思ったのか、ジッと見てくるが、キツネの表情なんて分からないから放っておく。溜息をついて呆れているのは気のせいだ。


 神来は俺の言葉を受けて、聖女に声を掛けている。温和しくなった聖女に対して、大変紳士的に振る舞っているが、完全にお兄さんとかお父さんのポジションの気がする。いつか報われる日が来るといいね、と御門と二人で生暖かい眼差しを向けちゃったよ。


それで、キツネの方に関してどうしたかというと。


「おう、キツネ。迅の所へ来る気はあるか」

と、酒呑がキツネの顔をのぞき込んで聞く。勝手に話を進めないで欲しい。すると、キツネはジッとこちらを見やる。

「う〜ん。アタシが憑いた聖女様に翻弄される様な生っ白いのは、好みではありませんねぇ」

 との事だった。


「それに、この村にはもう未練はないですよぉ」

ときた。村に残る気は全く無いと言われた。ちょっと一安心したのだが、このままどこにでもどうぞと放る訳にもいかない。なんといっても高い能力を付与されているので、やたらな事をされると困る。


 そこで御門の眷属にならないかという話をもっていった。

「えー、あんな、胡散臭い人の眷属なんて。御免被ります。同族嫌悪というやつですねぇ」

自分で言うか。それでは、どうするかという話になる。俺は封印してしまうのが一番手っ取り早いのではと思っていたのだが。


「決まっているじゃありませんか。神来様の眷属なら、なっても良いですよぅ。なんといっても、神来様の凛々しいこと。一本気で素直で、真っすぐで、男らしくて」


 スリスリと神来の足元に身を寄せるキツネ。聖女と分かれたキツネの姿は小型犬ほどのサイズでフワモフの真っ白い姿である。六本の尻尾をしならせて神来の足元で見る限りは、なんか可愛くなっていないか。


 キツネは、神来がお気に入りのようだ。ある意味、ちょうどよいかもしれないと、ポソっと御門が呟く。お前、一体何を計算しているんだ。


 神来はそれを承諾し、童さんが結んだ縁の紐を神来に渡す。それまでは何も見えていなかったが、童が神来になにか手渡す仕草をすると、一瞬だが神来の手とキツネの間を白銀の光の帯の様なものが見えてすぐに消えた。受け取った神来はすこし戸惑った表情をしたが、それを見た御門に耳打ちをされていた。

「では、今日からお前はシラユリだ」

 そうして、キツネは神来の眷属になった。

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