第71話 検証作業は必要ですね、ハイ。
童さんはふうっと息を一つついて続ける。
「封印の珠の欠片を除き、この娘と分離すれば狐は自分の意志をはっきりもつことになるだろう。さすれば、厄介な存在となる。どうやら歳月だけでなく、こやつが手にした力によって回復しているようだ」
「それの元からもつ力の一つは、自分に好意を持っている者の力を増強することだ。狐にとってはまたとない力になるかもな」
俺はウンザリしてそう加えた。
聖女の持つ元の能力と、俺が本来異世界で受け取るはずの能力を併せ持つ存在となりそうな狐。まだ封印の欠片が狐に付いていることで、封印し直すのは簡単な事だが、その封印が再び解ければ厄介この上ない存在となるだろう。
どうすべきか考えなければならないが、俺は腕の中のアレを何とかして欲しいという思いも強かった。いつまでこうしていなければならないのか。もうさ、神来に渡してもいいんじゃないかと思っていたら。
「おう、迅。ちょっとその
ふいっと現れた酒呑がそう声をかけてくるなり、俺の抱えていたアレを自分の方へ引き寄せる。
「一人の言うことのみを鵜呑みにするとは、間抜けの仕業だろう」
言われるまで、そういえば裏をまったくとっていない自分に気が付いた。だけど、他に誰に何を確認すればいいと、と考えて確認すべき事があったのを今更ながらに気が付く。そうだ、南の神社に何が封印されていたのかなど確認できたはずだろう。言われて、自分の思い込みと迂闊さに呆れた。
「さて、童殿。一つ聞こう。今回の件、お主への対価は何じゃ。このような事、何も対価無しにする様なものでは無い」
童さんは思いっきり睨み付けているが、それを酒呑はどこ吹く風だとばかりにそしらぬ顔をしている。
「言えぬか。まあそうであるか」
何をする気なのだろうか。
「一方だけの言い分を聞いただけでは、ふぇあではなかろう。我にも出来る事はあるぞ」
うんうんと一人頷くと、酒吞は聖女の頭を軽く叩く。
「おい、キツネ、お前の言い分を述べるがいい」
聖女の瞳がペカリと開いた。
「酷いですよぉ。私一人が悪者扱いなんて。私はある意味巻き込まれただけの被害者ですよぉ」
彼女の言い様に周囲が静まりかえる。アレは聖女なので凛として清楚な雰囲気を醸し出しているのだ、一応。
だが、このペカリと目を開けたのは、この女は誰だというくらい印象が違う。言葉使いもさることながら、なんというかナヨっとしているというか、スルリと抜けてしまいそうな。
なんて言ったら良いんだろう、時代劇かなんかででてくる「ちょいと、お兄さん」って声を掛けてくる女性のような。なんだろう、独特な色っぽさを感じさせる。
ただ立っているだけなのに、別人だと判る。御門は呆気にとられているし、神来は完全に引いている。そりゃ、違和感ありまくりだろう。
童は慌てて言い募る。
「何を言う。封じられていたキツネのくせに」
「私は封じられてませんよぅ。ただ、あの祠を寝床にしていただけですって。封印の珠にあったのは、箱庭とそれを捉えていた妖物ですよぅ」
やっぱり、キツネなのか。聖女が意識を失っているから、出てこられたのだろうか。酒呑のできる事って、ちょっとすげえと心の中で思ってしまった。
キツネが言うには、かつて結界の補強をする際、今から100年ほど前だそうだが、25年契約で力を提供したのだそうだ。その時の謝礼の一つとしてあの祠を貰ったのだという。
「調べて下さいな。南の神社の神主さんン所に記録が残っているはずですよぅ」
それで、村で休息する際の寝床として使っていたそうだ。そこに封印の珠がいつの間にか置かれていたのだという。
「アタシだって、ずっと祠ン中にいたわけじゃないんですからね。ちょいと留守にしてたら、誰かが置いていったんです」
そう言ってほうっと溜息をつく。ああ、竹下夢二の黒船屋、あんな雰囲気で仕草がいちいち色っぽい。
「まあ、珠一つぐらい問題ないからほっといたんです。場所塞ぎになるほどの物でも無いですもの。それが仇になるとは、ねぇ」
あの日、俺が祠に近づいて封印を解いた、その点は間違いないらしい。だが、細かな点で話が違う。
封印の珠には箱庭を抱えた質の悪い妖物が封印されていたと言うのだ。封印が解けてコレ幸いと俺を喰らおうとし、襲われた子供の俺の力が暴走した。
祠の中で寝ていたキツネはそれに巻き込まれたのだという。それを横から出てきた童が、封印が解かれたので近くに転がっていた封印の珠を使って、封印し現在の状態になったのだという。
「童さんが封印の珠を使ったことには、違いないんだ」
「ええ。ちょっと前からこの辺で見掛けてはいたんですけどね。どうにも箱庭を探してここまで来たンだって話は聞いてたんですよ。でも、中にいる妖物には手が出なくてねぇ、見てただけだったンです。妖物が消えたんで、封印の珠を使ったんでしょうね。アタシの事を巻き込んで」
ジト目で童さんを見るキツネの聖女。
「こちらは、箱庭を追っていたのだ。ようやく見つけたと思ってたのに。襲った妖物は、キサマだったろう。嘘をつくでない」
「違いますよぅ。あんな力の放出の直撃を受けたら、逃げられるわけが無いじゃないですか。襲ったやつは、蒸発しちゃたじゃないですか。近くに居たワタシだって巻き込まれて大怪我しましたがねぇ。何度か前に、お話しもしましたでしょうに。忘れたんですか、嫌ですねぇ」
俺はちょっと混乱気味だ。何が正しいのか、判らない。
「箱庭に聞けばよかろう。箱庭のお気に入りのお主を謀ったとあれば、あれは気を悪くするだろうな」
何事でも無いように酒吞がそう宣う。
いや待て。箱庭は、あまり覚えてないと言っていただろうに。俺がそう口にしようとすると、俺の方を酒吞が見て、何も言うなと目で制してくる。
くっと詰まると、
「その時、この小僧が妖物に対抗して暴走し、転がっておった封印の珠を使ったのは本当の事だ。確かにキツネではなかったのは認めよう」
童さんは悔しそうに、吐き捨てるように言った。
「よもや、既に迷い家が此奴についていて、一緒に封印されてしまうとは、思いもしなかったのだ」
どうも、俺の中に封印された箱庭に気が付かず、何処かにいるだろうとその後は村のあちこちを探したのだという。
「箱庭は、こちらがずっと、ずっと探していたのだ。迷い家の萌芽である箱庭を求めて、あちらこちらを巡っていたのに。それなのに、こんな小僧に憑くとは」
半分泣き言になりながら言葉を零す。元々小学生ぐらいの大きさの童さんに、そうぐずられると、何か小さな子をいじめているような気持ちになっていたたまれない。
「それで、今度はこいつにキツネをつけて、キツネ嫌いの箱庭を剥がそうとしたのか」
悔しそうにこちらを睨みつける童さんに、酒吞がいう。
「妖物に捉えられた箱庭は、子供の迅に助けられた。それで迅に懐いたのだろう、諦めよ。迅に上手くキツネを憑けようと無駄だぞ」
ガクッと崩れ落ちるって、こういう感じなんだと童さんをみて思った。
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