第70話 再会


 中央神社の境内は、それなりに広い。本殿の前で佇んでいると三人がやって来た。


「迅 ! 」

 叫ぶようにそう言うと、その一人がすっごい勢いをつけて俺に飛びかかってきた。ガッシリと締められて、俺は呻いた。


 神来の身体は熊のようにガッチリしていて俺よりもデカく、その俊敏さも力強さも到底敵わない。逃げようが、ない。

「迅、良かった。無事に戻ってたんだな。本当に良かった」


 力が益々強くなり、俺は気が遠くなりそうだ。

「神来、離せ。迅が潰れる」


 慌てて走ってきた御門が間に入る。俺はちょっとグッタリして、その場に座り込みたかったが、なんとか耐える。相変わらずで笑ってしまう。


こんなにも気にかけてくれていたのに、理由があるとは言え避けていたのをほんの少しだけ申し訳なく思う。ほんの少しだけだ。


「迅、一体お前は今までどうしてたんだ。今は何をしているんだ」

「あー、ちゃんと家に戻ったよ。今は普通に仕事をしている。むこうと違って別段問題は無い」


 悲しそうな表情を浮かべ、すこし言いよどんだ後に神来は続けた。

「そうか。問題なく暮らしているなら何よりだ」


「迅。お会いしたかったです」

 神来の迫力に押されて、後手に回ってしまったであろうアレの声がする。神来は、その声に反応して自分の場所を譲ろうと、俺とアレは対面することになってしまった。


「俺は、あんたに会いたいなんて思った事は無い。こちらに戻ってきて、あんたに会わないで済むと思って心底嬉しかったのに」


 俺の言葉を聞いて、神来がギョッとしたような表情を浮かべる。ああ、こいつは俺とアレが相思相愛だと信じている節があったからな。冗談じゃ無い。


「なんでそんな酷い事を仰るのですか。すぐに見つけられなかった事を怒っていらっしゃるのですか」

 目に涙を溜めてこちらを見つめてくる。どうしてそうなるんだろう。


 恋は盲目ってこう言う意味だっけ ? 違うよね。相手の言葉すら真っ当に届かないのは、こいつに問題があるのかそれとも……。

「俺は、君から返してもらわないとならないものがある」


 俺は、本当に覚悟を決めてアレに近づくと向こうから俺の胸に飛び込んできんばかりに近寄ってきた。必死に両手で彼女の二の腕を掴み、距離をとった。

「そんな、神来様達がいるからと照れないでくださいまし」

頬を染め、潤んだ目で俺を見つめてきやがった。鳥肌がとまらない !


「童さん、早くしてくれ。俺が耐えられなくなる」

目をそらし、両の手に目一杯力を込める。万が一にも離してしまわないように。


「迅。そんなに力を込めては痛いです。そんなにまで私を抱きしめたいのですね」

いい加減にしてくれと叫びたいのを我慢する。


 いつの間にか俺たちの横に童さんが立っている。


「ヒッ」

 彼女の口から小さな悲鳴が出た。次の瞬間、アレは逃げようとして身をねじったが、俺は二の腕をガッシリと掴んだままで離さない。逃がしてなるものか、このために俺はカスタードパイとオハギを食べてきたんだ。


 カスタードパイは一時期的とはいえ、腕力などが増す。オハギは速さが増す。こんな事がなければオハギを食べることなんかなかったのに。


どうやら食べてきたことは間違いではなかったようだ。素のままの俺だったら逃げられていたかもしれないぐらいの振りほどこうとする力が、俺の両手にかかったのだから。だが、逃げられても、酒呑が控えているけれどな。


 童さんは何か口の中で唱えている。そして身体が浮き、俺と頭の高さが同じになった。それからその両掌でアレの頭を包み込む。


アレは掴まれまいと頭を振っていたが、逃げようがなかったようだ。漏れ聞こえる言葉はお経のような響きしか判らず、なんと言っているのかは判らない。最初はアレは嫌がってもがいていたが、だんだん静かになっていく。


「神来。先にも話したが、危害を加えるわけじゃ無い。ただ、彼女に取り憑いているものを除くだけだ」

 御門が神来の側に立って彼を押しとどめてくれている。


「……本当だろうな」

剣呑な目つきで神来は俺達と御門を見つめている。

「嘘じゃ無い。俺と迅を信用してくれ」


 神来は、ずっと緊張している。俺はちょっとハラハラしている。こいつが本気でアレを奪還しようとすれば、酒呑を相手にしても問題なくできると思う。


だからこそ、俺がアレを抑える側にまわった。いざとなったら神来の対応を酒呑に任せるためだ。


「神来、あとで腹一杯料理を食わしてやる約束も御門から聞いたろ。絶対に聖女に悪いようにはしない」


 俺がそう口にすると、神来が俺の方を見た。

「お前、聖女様の事、嫌いだったのか」


 やっぱり、神来は気がついていなかったようだ。こいつは、聖女が言った通り、俺と恋仲だと思っていやがった。


「冗談でもやめてください」

 俺はゲッソリして返した。俺は何でかアレについての話は、神来とはしてこなかった。何故ならば、アレを崇拝せんばかりの様子だったので、俺がそんな事を言ったらアレの素晴らしさとかを説かれそうな気がしたからだ。


 だが、その対応から御門には前々から判っていたようだ。神来はなんというか、単純だからな。こいつにもプリン、食べさせて方が良いんだろうかとふと思った。


いや、こいつに何か憑いている訳でも無いから、意味は無いか。などという詮無いことを考えてしまった。多分、アレの両腕を握っているという事実を意識の外にしたかったのかもしれない。


 しばらくすると、アレがぐったりして俺にもたれかかってくる。神来の手前、放り出すわけにもいかずに取りあえず抱き留める。その横で童さんがちょっと困ったような顔をしている。


「さて、迅。少々予想外の状態のようだ。この娘は一時、こちらの力で封じている。

少々面倒な事が生じている。お前さん方に選択して貰わねばならぬようだ。勝手にこちらが決めては、後々恨まれそうだからな」

 童さんがチラッと神来を見た。


 童さんが言うには、俺が考えていた通り、俺の本来受け取るはずのあちらでの能力は狐が手にしているのだという。


そして、狐と聖女の波長がとても合ったようで、アレはどうやら能力毎狐を取り込んでいる形になっているというのだ。現状、狐と聖女は混ざり合ってアレになっているというのだ。


「封印の珠の欠片は別物だからのう。取り除くことは問題ない。だが、狐を取り除くとこの娘の力ごと取り除く事になる。下手をするとこの娘が本来持っていた力も狐に持っていかれることになるやもしれぬ」


「そうなると、どうなるんだ」

「この娘はなんの力も持たぬ者になる。まあ、こちらとしてはそれはどうでも良い事だが。しかし、狐がこのような強力な力を持つことは避けたい。今はこの娘の中で共存している状態であり、封印の珠の欠片によって意識としては、はっきりとは顕在していないようだ」


 童さんはふうっと息を一つついて続ける。

「封印の珠の欠片を除き、この娘と分離すれば狐は自分の意志をはっきりもつことになるだろう。さすれば、厄介な存在となる。どうやら歳月だけでなく、こやつが手にした力によって回復しているようだ」

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