第3話 この世は死体で溢れてる
苦しくて目覚めてしまった。
全身にのしかかるような重さを感じる。もう夢のせいなのか睡眠薬のせいなのか、原因を考えることさえどうでもよくなっていた。
私が何をしようが、朝はやがてやってきて私は生き返る。死ぬことなど容易くできない。
飾りだと思っていた「死にたい」はいつしか本心に成り変わって、私自身が成長する。
汗で濡れてしまったベッドでは、あまりにも寝心地が悪くて夢の続きを見れそうになかった。それもそうだが、あの夢の続きを私は見たくない。
「最悪の朝だ……」
口ではそんなことを言っているが、そこまで最悪でも無い。
たかが他人の死。それが大勢の人生を左右するとは到底思えない。これは偶然だ、よほど気が滅入っていたのだろう。
「……え?」
自分の感覚と、直接的に触れ合っていた物質にしか目を向けていなかった。
そのせいで、この「明らかにおかしい現状」に気づけなかった。
私の部屋の至る所に、私自身の死体がいくつも転がっている。
「っく……」
死体特有の悪臭はしない。けれども、数の多さに動揺してその場を動けなかった。目で見えるだけで十体近くの死体がある。
一瞬頭の中が真っ白になって、ただただその光景を眺めているだけの時間が流れた。
ようやく頭が動き出したかと思えば理解が追い付かず、この超常現象をどう処理するか、という思考にたどり着くまでに約五分の時間を要した。
とりあえず、ちゃんとした数だけでも把握しようと思い、ゆっくりとベッドから立ち上がる。その際に立ち眩みに襲われ足元がふらつく。多分原因は立ち眩みだけじゃないだろう。
まずはゆっくり周囲を見回す。冷静にこの場の状況を見て、お手上げ状態であることを察した。やっていることがまるで大掃除を始める前なのだ。笑うに笑えない。
一番近くにあった死体はベッドから転げ落ちた死体。
死んでいる私は苦しそうな顔をしていた。コレが死んだ原因は多分、睡眠薬の大量摂取。何となく、そう言っている。
私の記憶さえ正しければ、こうやって睡眠薬とかを大量に飲んで寝たのは五回、今回で六回目。
案の定そこには六体の死体があって、私が死のうとした回数とリンクしていることも、だいたい予想できる。
鏡の前や、机周辺に倒れこんでいる死体の私は、涙を流した跡がわかりやすく残っていた。腕には深い傷があった。まさにバーコードのようだった。
リスカ、か。
したことはあってもここまで深い傷を作ったことはない。それに、直接的に痛いからリスカは好まない。結局三回ほどやって、やめた。随分前のことだ。
ここには三体。
キッチンには、死体は無かった。あとトイレにも無かった。
驚いたことに、風呂場に溢れんばかりの私がいた。正確に言うと私の死体だが。
何となく気になったので最初に皮膚の状態を確認した。湯船に浸かっている死体もあるが、皮膚がふやけていることはなかった。死体を水に沈めて皮膚がふやけるかどうかは知らないが、長時間浸かってないのではないか、と思う。
確か、溺死を試そうとした。でも苦しいのが嫌で、その感覚が楽しくて、結構やった。
その結果の十四体。人に人が重なって、風呂場に足の踏み場もない。
ふと気になった足元の抜け毛。薄い桃色の長い髪、色合いも髪質も、何となく自分のような気がする。
合計二十三体。このマンションの一室で見つけた死体の数。
髪の毛にも、表情にも、温度にも、その全てに飽き飽きしていた。
この死体は自分、その事実は覆らない。
でも私は生きている。
これも全てはあの夢のせいか、交通事故のせいか。それとも死のうとした自分に返ってきた罰か。
死体に下敷きになっているスマホを見つけ出し、登録している電話番号を選んでタップする。
「もしもし。国際灰京学園、経済特色の高等部一年の七海来夏です、はい。すみませんが、今朝から酷い頭痛と下痢に襲われていまして、はい。本日はお休みさせていただきます、はい。わかりました」
独り言を喋るときの声よりも、一オクターブ上げた声で休みの連絡をした。
私は死体を蹴り飛ばしてベランダまでの道を開けていく。
鍵は開いていない。昨晩閉めた記憶がある、何もおかしいことは無い。そのまま無意識に窓の鍵を開けてベランダに出る。
たった一晩。そう、たった一晩だ。
時間に直しても、半日にも満たない。長くても八時間、実際は六時間も無いだろう。
複製にも見えなかったあの私の死体は、誰かの手によって用意されたものなのだろうか。
時間的にも直感的にも、肯定はできない。だからと言って否定もしづらい。
普通じゃありえない状況を、すんなりと受け入れている私が余計怖くなってくる。それ以上に怖い現実が目の前にあるのにも関わらず、結局は私自身が怖いという結論になってしまった。
怖い、怖いけれど、心は軽かった。
勿論、この先をどうしようとか、増えた私自身の死体をどう処理しようかとか、大きな問題が山積みになっているのは確か。それだけでも十分な心の負担になるはずだ。
なのに軽い。軽い。矛盾しているのに何故かそれが心地いい。
こんな状況を一言で言い表す最高の言葉があったはずだ。こういう時に限って思い出せないのはどうしてだろう、必要な時に記憶から探し出せないなんて、意味がないじゃない。
「さぁ……どうしようかな、コレ」
一旦脳内をリセットして、窓越しに再び部屋を覗く。
誰が吐いたかわからない空気を深く吸って、再び部屋に戻った。
オーバードーズの夢の果て 星部かふぇ @oruka_O-154
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