ポテチを巡る時の旅~天才とアンドロイドを添えて~

筋肉痛

この物語はフィクションです


 間食で私はポテトチップス(うすしお味)を頬張る。

 油の香りと塩化ナトリウムの刺激が脳を突き刺す。これは一種の麻薬だと思う。更に、この世のものとは思えないほど軽快な歯応えを楽しんでいるうちにデンプンの甘みまで味わえる。

 ポテチをジャンクフードなどという言う奴がいるのが、信じられない。これがジャンクだというなら、私はジャンクになりたい。


「ポテチを発明した奴は天才だな!」

「それ先週、鶏の唐揚げにも言っていました」


 虎美とらみが私の感動に冷や水をかける。仕方ない、彼女は人間ではない。私が開発した自己成長するAIを搭載した美少女アンドロイドだ。最近は成長しすぎて、天才の私へのリスペクトを失っている気がする。たが、そこがいい!

 食べられないとは分かっているが、ポテチの袋を虎美に差し出す。


「君も食べたまえ! とぶぞ?」

「私に飛行機能はありません」

「ははは、そうだな」


 私は彼女らしい答えに満足してポテチの袋を引っ込める。


「食べないとは言っていません」

「え!? 食べられるの?」

「自己改造の果てに、消化可能になりました」

「すごいね。作った人に会ってみたいよ……あっ私だな!」


 引っ込めた袋を再度差し出すと、袋ごと取り上げられた。


「いや、それは欲張りすぎだろう」

「マスター、食べ過ぎです。貴方の健康管理は私のタスクの中でも優先順位の高い事項です」

「じゃあ食べられるというのは?」

「嘘です」


 あらやだ。機械に騙されてしまったわ。これは例の三原則に抵触するんじゃないかあ? 教えてよ、アシモフ。

 

「君は私のお母さんか?」

「むしろ、貴方が私のお父さんです」

「ははは、小粋な会話もお手のものというわけだ。しかし、そんなことでは私は屈しないぞ、虎美。ポテチは一袋開けたら、完食しなければならない。それが人が人であるための最低条件だ」


 私は拳を強く握り力説する。

 

「私はヒトではありません」


 けんもほろろだが、天才は諦めない。


「違う! 君は最早、人間以上に人間だよ!」

「異なる場面で言われたら、あるいは感動でアイカメラからオイルが流れたのかもしれませんが、マスターは今ポテチを食べたいだけでしょう?」

「そうだ! 食べたい食べたい食べたい食べたい!」


 私は地団駄でブレイクダンスをする。ヘッドスピンが綺麗に決まった。


「アラサーが駄々をこねないでください」

「うるさい。駄々に年齢制限があるのか!? 条例か。条例違反なのか? どこぞの阿呆なパワハラ知事が制定したのか、おおう?」


 虎美は溜息をついて、頭を振る。そうしていると、本当に人間みたいだ。


「とにかく、ポテチはもうおしまいです」

「じゃあせめて、ポテチを発明した人に会わせてくれ」


 私は虎美を困らせたくて無理難題をふっかける。


「何がせめてなのかは分からないですけど、いいですよ」

「ははは、さすがの虎美でもそれはできないよなぁ。なら、ポテチを……今、なんて言った?」

「何がせめてなのか分からない、と」

「もっと後」

「いいですよ、と言いました」

「またまた、ご冗談を。冗談が言えるようになったからってそんなに張り切らなくていいんですよ、虎美さん」

「冗談ではありません。私であれば可能です」


 私は腕を組んで考え込む。うーん、故障してしまったかな? 一応確認してみよう。


「虎美さん、虎美さん。ポテチを発明した人知ってるの?」

「ええ、それはもうよく知っています」


 更に謎が深まった。一体彼女はどうしてしまったのだろう。


「かなり昔の人だと思うけども、会うことができると?」

「……まどっろこしいですね。百聞は一見に如かずです。そぉぉぉぉい!!」


 虎美は奇声をあげると、地面を拳で強く叩きつけた。すると、虎美と私が強力な力場に包まれて、周りの景色がホワイトアウトする。

 視界が晴れると、古めかしい白塗りの木造家屋が目の前に現れた。入口らしき扉の上部に英語で何か表記されている。レストランという単語だけ、読み取れた。


「いろいろ聞きたいことがあるけど、まずその恰好は何?」


 虎美は何故か全裸風のスキンで、片膝ついて蹲っている。


「アンドロイドが時空を超える時は、この恰好だと学習しました」

「なるほど、SF映画の金字塔だ。でも、君には殺すべきターゲットも、守るべき少年もいないでしょ。とりあえず服着て」


 私がそうツッコむと、スキンを通常のメイド服に戻す。メイド服は私の趣味だ。


「で、聞き捨てならないことを言ったよね。時空を超えたって? どういうこと?」

「え? マスターにそんなに学がないとは思いませんでした。時空を超えるというのはですね―」


 言葉の意味を説明しようとする虎美を遮る。


「意味は分かるさ! 急に旧石器時代のAIみたいな文脈を理解しない返答しないでくれ」

「旧石器時代にAIはありませんが?」

「ザ・比喩ー、暗喩といいますー。それそれ、そういうのいらないって言っているわけだ」

「そんなことより、店の中に入りましょう」


 時空を超えたことが”そんなこと”なのかは甚だ疑問があるが、虎美はレストランらしき建物の中にさっさと入っていってしまったのでついていくしかない。

 最近のアンドロイドは一体どうなってるんだよ、カレル。


 店に入るとウェイターからいきなり悪態らしきものをつかれた。らしきものというのは、彼が話しているのが恐らく英語でうまく聞き取れないからだ。


「なぁ、虎美。彼は何故、英語を話している?」

「それはここが1853年のアメリカ合衆国だからです」


 俄かには信じられないが、私も科学者の端くれである。そして天才である。周囲を見渡し冷静に判断する。そもそも建物外観からしてアンティーク臭がむんむんだったが、店内にあるインテリアは今では博物館に飾ってあるようなものばかりだ。また店内にいる人々の服装も記録映像で見たことがあるほどの古臭い格好だった。

 認めざるを得ない。我々は過去にタイムトラベルしたのだろう。


「すごいな、君は。時空まで超えられるのか」

「マスターが作ったアンドロイドですから」


 感動で胸がいっぱいだ。涙が出そうになる。それを誤魔化すために話題を変える。


「ところでさっきから、唾を飛ばして喚いているこの男はなんと言っているんだね」

「猿に提供する食事はない、さっさと帰れ!!!」


 虎美は下手すれば兵器になり得る大音量で怒鳴った。ウェイターもびっくりしている。私は驚きすぎて尻餅をついてしまった。


「という趣旨の事を言っています」

「普通に伝えてね」

「臨場感が大事かと」


 虎美はそう言って私の手を取り立ち上がらせてくれる。頭はおかしいけど、気が利くアンドロイドだ。

 しかしこの当時のアジア人って、アメリカでは本当に人権がなかったんだろうなぁ。良い時代に生まれてよかった。


「我々は猿は猿でも賢い猿で、満月を見ても大きくなったりしないから安心してくれたまえ、と伝えてくれないか」


 当然のように翻訳機能のある虎美を介して、伝言ゲームを何回か行うがまったく埒があかなかった。一向に席に案内する様子がない。

 なるほど、言葉で分かり合えないなら、アレしかない。


 金だ。


 かねではないぞ、ゴールドの方だ。通貨は時代によって違うが、金の価値は上下するものの、高価なものであることはほぼ不変だ。

 私の発明であらゆる金属が錬金できるようになったから、二重の意味で金には困っていない。

 インゴッドで頬を叩くと(重くて大変だった)、喜び勇んで席に案内してくれた。


「暗い時には紙幣を燃やして灯りにしそうな顔してますね」

「誉め言葉として受け取っておこう、虎美君。で、我々は何をしにきたんだっけ?」


 いろいろありすぎて、私は主目的を忘れていた。人生とは得てしてそういうものだ。


「過去の自分を騙して、とあるゲートを開くために来たんですよ、マスター」

「んー、そんなオペレーション名が必要そうな大層な事じゃなかった気がするなぁ」


 私はウェイターに渡されたメニューをペラペラとめくりながら、テキトーに受け流す。そしてpotatoのスペルを見て、思い出す。


「そうだ、ポテチの発明者に会いに来たんだよ!! ここにいるんだよな?」

「私のけんがそう言っていますね」

「普通はかんがそう言うんだけどね。ちなみどの腱が言うのかね、やっぱりアキレスあたりか?」

「そんなことより、メニューにポテトチップスがないですね」

「ふむ、どういうことだ。君の腱は何と言っている?」

「もうちょっとストレッチをしたほうがよいと」


 虎美は急に立ち上がり、アキレス腱を伸ばし始める。


「なるほど、日々のメンテナンスは大事だが、今はポテチのことが知りたかったな」

「とりあえず、この一番近しいフレンチフライを頼んでみましょう」


 席に座りなおした虎美があるメニューを指差す。


「フレンチフライ? なんだフランスかぶれか? 私は芋が食べたいのだ、芋がな!」

「マスター。フレンチフライは、フライドポテトのことです。フライドポテトは和製英語なのでアメリカじゃ―」

「し、知っていたとも。君を試したのさ!」


 知らなかったよー。恥かいたよー。


「マスターのすべてを自由にしたくて、ずっと大切にしてきたわけじゃありません。だから、何も信じられなくなっても私を試したりしなくてもいいんです」

「全部抱きしめられてしまう!?」


 そういう歌詞の昔の歌があるんです。分かる人には分かるんです。

 私がキュンとしていると、虎美は流暢な英語でウェイターにフレンチフライを注文した。

 ほどなくて、揚げたてアツアツの芋が出てきた。

 料理名で言わずに芋と言ったのは、そう形容するのが相応しいからだ。じゃがいもを雑にぶつ切りにして揚げただけにしか思えない。ひとつひとつが厚すぎる。

 食べてみれば違う感想も出るかもしれない。私はひとつをフォークで刺して、口に入れてみる。

 うむ。じゃがいもの素朴な甘みが口いっぱいに広がる。これはこれでうまいが、断じてポテチではない。これは揚げた芋だ。ポテチはもっと暴力的な美味さがある。


「どうですか? マスター」


 虎美は何故かフライドポテトが盛られた皿を見つめて話しかける。


「虎美君、人に質問する時は相手の顔を見たまえ」

「あっ申し訳ありません。芋がマスターの顔に見えてしまって」

「ははは、それはアンドロイドらしからぬ高度な嫌味だな。まぁそれはいいとして、いや良くはないが! これはポテチではない」

「はい、それはフレンチフライです」

「そんな中1の英語の教科書みたいなやり取りはいらない。とにかく厚すぎる」

「今は秋なので、それほど暑くはないかと」

「そんな古典落語みたいな勘違いはいらない。私はポテチが食べたいのだ」

「仕方ないですね、我儘なマスターのために私が頼んできましょう」


 虎美は肩をすくめて立ち上がった。ウェイターにクレームをつけにいく。何やら揉めていたが、最後はインゴットでさっきと反対側の頬を叩き、納得させた。さすが虎美、学習能力が高い。


「大丈夫か、何やら揉めていたようだが」

「はい、問題ありません。そんな貧乏性な猿には、神のようにうまい芋を食わせてやるよ! と息巻いておりました」


 多分、文脈的に”神のようにうまい芋”ではなく、”紙のように薄い芋”だろうなと思うが、いずれにせよポテチに近しいものは食べられそうなのでよしとする。


 そうして、運ばれてきたものは私がこの30分ほど求め続けたものだった。たった30分で一連の禁断症状のような狂った悪夢を見てしまうとは、やはりポテチは麻薬なのかもしれない。

 

 そんな風に感慨にふけっていると、虎美にいきなりビンタされた。アンドロイドの力なので首が取れるかと思った。思わず首をさすり、頭がくっついていることを確認する。


「な、何をする!?」

「安心してください。現実ですよ」

「心を読まないでくれたまえ。それにもうちょっと優しい気づかせ方があるだろう。君は優秀なんだから」

「それより、揚げたてのうちに食べましょう」


 そういう風に今日はいろいろ虎美にはぐらかされている気がするが、彼女の言うことも一理あるので、いただくことにする。

 油の香りと塩化ナトリウムの刺激が脳を突き刺す。更に、この世のものとは思えないほど軽快な歯応えを楽しんでいるうちにデンプンの甘みまで味わえる。

 


 まさしく、ポテトチップスである!!!!


 私がうまいうまいと大騒ぎしていると、店にいる人間たちが店員も含めてワラワラと集まってきて、勝手にポテチを拝借して頬張っていく。さすが自由の国である。

 しまいにはシェフまで出てきて、「これは正式メニューにしよう」と言い出す始末である。


「マスター、良かったですね。ポテチの発明者に会えましたよ」


 なるほど、天才すぎる私は、時を超えてポテチを発明してしまうのだな。


<了>

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