08-3.

「私がご令嬢たちの憧れであることも存じていなかったのでしょう?」


「噂は聞いたことがあった。だが、事実とは知らなかったな」


 メルヴィンは社交界の噂に疎かった。


「ええ、そうでしょうね。女性を避けるのにはちょうどいいと思っていたのでしょう? 私もメルヴィン様を思ってしていた行動が仇になるとは思っておりませんでしたもの」


 アデラインは事実の一部のみを口にする。


 都合の悪いことを言葉にする必要はない。


「ご自分でも対策を練ってくださいませ。私も対処をいたしますが、討伐任務に参加をしている間にどのような噂に変わっているのか、見当がつきませんのよ」


 アデラインの言葉に対し、メルヴィンは力なく頷くことしかできなかった。


 噂は広まるのが早い。あっという間に広まり、事実を捻じ曲げてしまう。それを防ぐ為の時間は二人にはなかった。


「こればかりはどうしようもないな」


 メルヴィンは諦めたわけではない。


 日頃の行いを責められるのはしかたがないと思っているが、同時に、それを他人に口出しをされるものでもないとも思っていた。


「アデラインを悪く言われないのならば、それでいい」


「あら、意外ですわね。ご自身のことも大事になさると思っておりましたのに」


「俺は他人からの評価を気にしないからな」


 メルヴィンの言葉を聞き、アデラインは思わず頷いてしまう。


 ……評価を気にしている方ではありませんわね。


 世間の目を気にしていたのならば、アデラインの待遇は違ったはずだ。もしも、そうであればアデラインは剣を手にすることはなかっただろう。


「では、私もそういたしましょう」


 アデラインはメルヴィンの考えに便乗することにした。


「想いが通じ合ったのだと噂を流してもよろしくて?」


「好きにしてくれ。アデラインのしたいようにすればいい」


「ありがとうございます。心強いお返事ですわ」


 アデラインの意図をメルヴィンは理解しないだろう。


 しかし、それを説明する必要はない。アデラインがメルヴィンの不利益になるようなことはしないと、メルヴィンはよく知っていた。


「……お茶会というのは女性だけか?」


 メルヴィンは気まずそうに問いかける。


 ……なにか気になることでもあるのかしら。


 好きにしていいと言っていたわりには、気にかかることがあるのだろうか。


 アデラインはメルヴィンがなにを心配しているのか、すぐに理解することができなかった。


「私がお茶会に招待するのは女性だけですわよ」


 アデラインは男性を招待することはない。


 それは婚約者がいる貴族の女性ならば、当然のことである。


「ですが、時々、セシリアの護衛と称してディーンたちが参加することはありますわ。毎回ではありませんし、事前の連絡もまともに来ないものですから、今回はどうなるのかわかりませんわね」


 アデラインはわざと非常識な真似をする幼馴染たちを思い出しながら、困ったような表情をしてみせた。


 今回もセシリアに便乗して着いてくることになるだろう。


 幼馴染たちは心配性なのだ。それをアデラインは嫌になるほどに知っていた。


 なにより、メルヴィンに対して良い感情を抱いていない。


「ディーンのやつには仕事を増やすか」


 メルヴィンの提案に対し、アデラインは首を左右に振る。


「お止めになって。あのバカは騎士の仕事を投げ出しかねませんわ」


「いなくても困らないのでは?」


「急に退職をされると仕事の分担に負担がでますわ。それに、メルヴィン様の悪評に繋がりますもの。そのような私情での嫌がらせはしてはなりませんわよ」


 アデラインは親友の心配をしているわけではない。


 次期オルコット侯爵となるディーンをメルヴィンの政敵にしたくないのだ。剣の才能に恵まれたディーンを退職に追い込んだ等という不名誉な噂が流れてしまえば、メルヴィンも立場が危うくなる可能性がある。


「メルヴィン様は素晴らしい方ですもの」


 アデラインはメルヴィンを恋い慕っている。


 それは上司である騎士団長としての姿にも強い憧れを抱いており、男装をしてでも傍にいたいと必死になってきたのは、アデラインの我儘だ。


「メルヴィン様の悪評を流すような方は私が説き伏せてみせますわ。お慕いする貴方を非難する人など必要ありませんもの」


 アデラインの飾り気のない言葉はメルヴィンの心に刻み込まれる。


「なぜ、そこまでしようとする?」


 メルヴィンには理解ができなかった。


 アデラインに恋い慕われる理由がわからない。一目惚れをしたとしても、散々な態度を示してきたメルヴィンに対して、恋が冷めてしまっていてもおかしくはない。


「まるで命を救われたかのような振る舞いだな」


 メルヴィンの言葉は深い意味のない例え話だった。


 しかし、アデラインの表情を曇らせるのには十分すぎた。


 ……救ってはくださいませんでしたわ。


 前世のことを思い出してしまう。


 メルヴィンはアデラインの心を救った。しかし、絞首台に立たされたアデラインの命を救うことはなかった。


 ……覚えていらっしゃらないのでしょう。


 前世の記憶などあってはならないものだ。


 アデラインが前世の記憶を持ったまま、やり直しの人生を過ごしているのは偶然の産物に過ぎない。それを他人に強要するべきではない。


「いいえ。純粋な恋心ですわ。私は一途なのですよ」


 アデラインは笑顔で言い切った。



* * *



 メルヴィンと過ごす時間は瞬く間に過ぎてしまった。


 当然のように迎えに来たエインズワース侯爵家の馬車に乗せられたアデラインは、窓の外をぼんやりと眺める。


 太陽は沈み、馬車の中からは見えずらいが空には満天の星が広がっている。


 侯爵邸では両親と兄妹が待っているだろう。わざわざ、夕食の時間には間に合うように迎えの馬車を手配したのは父親のはずだ。


 ……もう少し、メルヴィン様とお話をしていたかったわ。


 会話の大半は色気のないものだ。


 騎士として傍にいた三年間の影響が大きいのだろうか。


 淡々と口調で語り合ってしまう時間は楽しいものではあったが、婚約者同士のする会話として相応しい話題ではなかったような気がしてくる。


「……救ってくださったのならば、どれほどに良かったのでしょうね」


 アデラインはため息交じりの独り言を口にする。


 その言葉に疑問を抱き、問いかける者は誰もいない。

 一人だけの馬車には慣れている。それでも、寂しく感じてしまうのはなぜだろうか。

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男装の悪役令嬢は、女嫌いで有名な騎士団長から執着されて逃げられない 佐倉海斗 @sakurakaito

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