08-2.悪役令嬢は初恋に溺れる
「それとも知らないふりをするべきかしら」
アデラインは提案をしてみたものの、それでは不自然だとわかっていた。
「お嬢様はメルヴィン騎士団長とのデートを楽しみにしておられましたと、事実をお伝えすればいいのでしょう? それとも、口外しないように口留めをしておいた方がいいかしら」
「どちらでも。アデラインにとって都合のいいように返事をすればいい」
「わかりましたわ。そういたしましょう」
アデラインは軽く頷きながら、明日、どのような対応をするべきか検討をする。
……聞かれたら、使用人らしく答えましょうか。
噂話を否定する必要はない。事実を隠さなければならない密談でもない。
なにより、目撃情報があるのならば、肯定した方が良いだろう。
「ですが、困りましたわね」
アデラインは自身の頬に手を当てる。
目撃情報が出回ってしまったのはしかたがない。隠そうともしなかったのだから、なにかしらの噂は広まるものである。
「困るのか?」
「ええ。セシリアからお茶会のお誘いが止まらなくなりますわ。ディーンのことですから、セシリアには討伐任務のことを伝えてしまうでしょう? そうすれば、社交界でも一気に広まりますわよ」
「……オルコット夫妻とは仲が良いのだったか」
メルヴィンは盲点だったと言わんばかりの顔をした。
ディーン・オルコットは第二騎士団に所属をしているアデラインの同期である。同じ侯爵家という立場から幼い頃から親しくしており、アデラインの男装がばれないように内密に協力をしている人物でもある。
ディーンの助けがなければ、アデラインの正体はすぐにばれていただろう。
「ええ。幼い頃から一緒ですもの」
アデラインの交友関係は広い。
しかし、幼少期まで遡れば友人の数はたかが知れている。
侯爵家の令嬢という身分に釣り合う同年代の子どもは少なかった。その幼少時代を共にした数少ない友人たちが、ディーンとその妻、セシリアだった。
「次代の侯爵家は仲が良いとは聞いたことがあったが。他の連中とも付き合いがあるのか?」
メルヴィンは噂話程度に聞いていた内容を思い出す。
王都を中心として東西南北に領地を与えられている侯爵家たちは仲が悪い。同じ立場だからこそ、互いを牽制し合っていた。
それは先代までの話だ。
互いに歩み寄る為、今代の侯爵たちは子息子女たちを幼少期から交流させ、全員を王立魔法学院に通わせた。その結果、アデラインたちは過去のしがらみにとらわれることもなく、良好な友人関係を保っている。
「もちろんですわ。団結力では私たちの代が一番でしょうね」
アデラインはメルヴィンの言葉の意図を理解しつつ、当然のように返事をした。
……嫉妬かしら。
メルヴィンが同年代の男性の友人に対する嫉妬心を抱いていることを見抜いていた。大公家は独立性を保つ為、最低限の交流しかしないことが多かった。社交界を好む大公夫人が嫁いでくるまでは閉鎖的な環境だったのは有名な話だ。
……かわいらしいところもありますのね。
胸が高鳴る。
メルヴィンの嫉妬心を煽りたいとは思わないが、嫉妬をされて嫌な気分に陥ることもない。今までは目にすることもなかったメルヴィンの新たな一面を知れたことに対する喜びもある。
しかし、誤解があってはいけない。
大切な関係を台無しにするようなすれ違いは避けるべきである。
「ディーンとセシリアの二人が一番のお友達ですの。シリルはどうしようもない子ですけど、あれはあれで褒められるところもありますし。セオドアはお友達というよりは弟のようなものですわね」
アデラインは彼らとの間にあるのは友情であると弁明する。
それが通じるような相手ばかりではないのは知っている。既に結婚をしているディーンとセシリアは、ともかく、シリル・キャンベルとセオドア・オルコットが未婚なのは有名な話だ。
「……そうか。お茶会で困るというのは?」
メルヴィンは納得をしたふりをするしかなかった。
交友関係にまで口を出せば、疎ましく思われてもしかたがないと必死に堪えているのだろう。
「社交界で一気に噂話が広がることになるからですわ」
「それは困るのか?」
「もちろんですわ。私は気にはしませんが、メルヴィン様は困ることになるでしょうね」
アデラインの言葉を聞いても、メルヴィンはよくわかっていないようだった。
眉をひそめ、社交界で困りそうなことを考えているようだが、なにも思い浮かばなかった。
……どのような扱いを受けていたのか、知られていないと思っているのかしら。
アデラインが婚約者から冷遇されていたのは有名な話だ。
誰が噂を最初に口にしたのかわからない。しかし、その噂は尾びれ背びれをくっ付けて過激なものに変わっていることをメルヴィンは知らなかった。
「大規模討伐の戦勝祝いが行われるでしょう?」
「その予定だな」
「その際にかなりの女性に詰め寄られることになりますわよ。セシリアから平手打ちをいただく覚悟はしておいてくださいませ」
アデラインはそうならないように手を打つつもりだ。
しかし、友人を大切にしているセシリアを制止するのは不可能だろう。
「……なぜ?」
メルヴィンは恨みを買った覚えがなかった。
婚約者に対する冷遇は非難されて当然だ。しかし、大公子であるメルヴィンに平手打ちをしようとするとは思えなかった。
「あら、自覚がありませんの?」
アデラインは困ったような顔をして見せた。
「私のお友達の多くはメルヴィン様のことを恨んでおいでですのよ」
「それはアデラインに冷たくしていたからか?」
「半分は正解ですわね」
アデラインの交友関係は広い。
それは王立魔法学院在学時に培ってきたものが大半ではあるものの、卒業後も交友関係は広がり続けてきた。
「メルヴィン様のことを好いていらした女性たちは、私のお友達ですのよ」
アデラインは嫉妬心を隠さなかった。
メルヴィンに好かれていないと思っていた頃もそれは変わらない。
婚約者を冷遇しているのならば、大公妃に選ばれる可能性は自分にもあるはずだと信じて疑わなかった自信家の女性たちは、メルヴィンを手に入れる為に手段を選ばなかった。
その一つがアデラインの価値を貶めることだった。
アデラインは女性たちの手段を逆手に取り、利用した。
メルヴィンに向けられていた恋心をアデラインに対する憧れにすり替え、友人という名目の取り巻きにすることにより、メルヴィンに擦り寄ろうとしないようにしていたのだ。
今ではアデラインとダンスをしたいと女性たちが殺到するほどである。
まさか、それが仇となるとは思ってもいなかった。
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