第14話 舞踏会

「私にも美しい令嬢と踊る栄光を与えていただけませんか?」

 そう言って恭しく頭を下げる若い男の手を取ったアルナール。

 何番目のパートナーなのか忘れたが、よろけたふりをして抱きついてこない限りはまともにダンスをしようと思う。何かあれば男女のパートを入れ替えて、空中にリフトして、手が滑ったふりをして地面に叩きつければいい。

「……とか思ってるでしょ?」

 図星を指されて、初めて男の顔を見た。

「なんだ、殿下だったの」

「私にダンスを申し込まれてそんな反応をする令嬢は、君くらいのものだよ」

 第二皇子のアルフェリムは苦笑した。


 アルフェリム・フォン・アルカンレーブ。皇帝と現皇后の間に生まれた皇子で、アルナールと同じ21歳。天使のような眩しい金髪と笑顔の持ち主だが、アルナールは彼を雑に扱う。

「気色悪いから、いつもどおり喋って」

 手を取り合い、優雅な円を描いてダンスを踊りながら、アルナールは言った。そんなアルナールをリズムに合わせて引き寄せながら、青い外套をひるがえした皇子が愛想よく微笑む。

「なんの話かな?」

 アルナールも唇にたっぷりと笑みを乗せた。

「後宮を100人の美姫で埋め尽くすのが俺の夢~♪」

「うわぁぁあ! ここで俺の黒歴史を語るな!」

 アルフェリムは慌ててアルナールの口を押さえ、そして慌てて手を離した。周囲をキョロキョロと見渡し、ふたたび社交用の美しい笑顔を作る。

学園スクール時代の話を持ち出すのは反則だろ(小声)」

「何を『過ぎた昔の話だ』みたいに言ってんのよ。まだほんの2年ほど前のことでしょ」

「学生らしく壮大な夢を語って何が悪い(小声)」

「とか言って、あらあら、まだ婚約者のひとりもいないじゃないですか殿下~?」

 アルフェリムは曲に合わせて大きくターンし、アルナールを抱き寄せながら耳元に囁いた。

「君さ、小声で話す気ないよね。ちょっとテラスに行こうか?」

 彼の表情がだいぶ引きつっていたので、ダンスを終えてお辞儀したアルナールは男たちの列を振り切ってアルフェリムの後に続いた。


 アルナールとアルフェリムは、王都総合学院、通称スクールの同期である。

 スクールはアルカンレーブ帝国の皇帝直轄領にある、帝国の将来を担う有望な若者を育成するための機関だ。入学の年齢に決まりはないが、およそ十代の若者たちが青春時代を過ごすこととなる。

 白い建物群は4つの領域に分かれており、神学・歴史を学ぶ『聖者の塔』から外へ突き出すように、三つの建物が配置される。北に錬金術や芸術を学ぶ『賢者の棟』、南東に主として政治経済を学ぶ『王者の棟』、南西に若手の騎士育成所である『勇者の棟』。

 それらを中心に、学生寮や図書館、各種研究施設、教職員の社宅あるいは自宅、商業施設、娯楽施設などなどあらゆる都市機能が集約された学園都市が形成されている。

 その中で二人は出会い、幾年かの時を過ごした。

 学業でも人柄でも優等生だった第二皇子の「夢」をアルナールが聞いたのは、数名の男子生徒を叩きのめして中庭を通り抜けようとした時だ。すでに始業の鐘が鳴っており誰もいないと思われた中庭に、アルフェリムとひとりの女子生徒がいた。

「君、僕の恋人にならないかい?」

「そんな、皇子さまに、恐れ多いことですわ」

「僕はみんなの恋人だから問題ないさ。僕のつくる後宮は、100人の美姫が笑顔を咲かせる楽園になるんだよ。君もその一輪に――ぐはっ!!」

 みなまで言わせずアルフェリムを踏んづけたのはアルナールだ。倒れた皇子を見た女子生徒は、動揺した様子でその場を去って行った。

「あ、ごめーん。足が滑った? った? だけだから、許してー」

 半身を起こしたアルフェリムは、額についた土を払いながら侵入者を見た。一度見たら忘れられない薔薇色の髪、『じゃじゃ馬令嬢』ことアルナール・フォン・ウラヴォルペがそこに立っていた。

「……僕は見ていたぞ。わざわざ木に登って、飛び降りたな?」

「えーしりませーん。殿下、目が悪いんじゃないですか?」

 以来、二人の間にはなにかと悪縁が生じ、現在に至るまで友人づきあいを続けている。


 風の強い日だ。アルナールは風にさらわれる髪をおさえた。あいにく雲の多い空模様だったが、首都の秋は日中でも過ごしやすい気温で、羽織の必要はなさそうだ。

 バルコニーの手すりに背を預けたアルフェリムが、「ふぅ」とため息をついた。

「まったく、君といると『素敵な皇子さま』の仮面が吹き飛びそうになるよ」

 自分で言うだけのことはある。華やかで人目をひく顔立ちだ。話題も豊富で、会話している人間を飽きさせない。何といっても皇族である。ある意味で弟以上に女性を騒がせる人間だ。

 しかし、アルナールは彼の本性を知っている。

「そろそろいらないんじゃないの、仮面なんてさ。兄君が正式な皇太子として擁立されたじゃない」

「……いまだに、俺を推す勢力もあるんだよ。ホント、めんどくっさ」

 彼は仮面を脱ぎ捨てた。軽薄で女性と見れば口説かずにはいられない残念な皇子の仮面を。そして、シビアな人間関係に疲れた21歳の青年が現れた。

 アルフェリムの仮面は、うまく世間を欺いたようだ。学院在籍時、前皇后の息子、現皇后の息子、ふたりの皇子の間で揺れていた皇位継承権は、現在前皇后の息子である兄皇子の頭上に輝いている。その結果に、アルフェリムは満足していた。

「兄上ほど生真面目な人間もなかなかいないさ。皇帝の座は彼のような人間にこそふさわしい」

 いつだったか、アルフェリムがそのようなことを言うのを、アルナールは聞いた。


「まぁ、昔話をするために呼んだわけじゃない」

 アルフェリムが向き直った。蒼天の瞳から冗談の色が消える。

 ウラヴォルペ公爵家の後継者の耳に入れておきたいことがあると、彼は言う。

「魔獣の数が増加した、これは当然ウラヴォルペも知っていると思う。そこへ、ヘムズヒュールからも気になる情報がもたらされた」

 もったいぶるような言い方に、アルナールは不安を覚える。

「いい話じゃなさそうね」

 アルフェリムは浮かない表情で頷いた。

「そうだ。虹の貴石エリストルの産出量が、年々減少しているという話だ」


 芸術の虹アルカンシェルが、アルカンレーブ帝国の社会機構を支え、また外敵の侵入を防いでいる。そしてその製作には、女神の力を宿した鉱石と呼ばれる虹の貴石エリストルが必要不可欠だ。


「ふたつの話に関連があるのかどうかは分からない。だから公式な見解は出していないが……このところ、神殿の様子が騒がしいことも気にかかる」

 虹の女神を祀る神殿に動きがある理由は限られる。祭典が行われるとき、もしくは神託が下りたときだ。今は祭典の時期ではないことを考えると、新しい神託の可能性が高い。

「神殿のほうからは何も言ってこないのね?」

「そうだ。それが余計に気になっている。そういうわけで、君も領内の情勢を気にかけておいてくれないか。特に、虹の貴石エリストルの産出量について分かれば知らせて欲しい」

 アルナールは頷き、了承の意を示した。


 バルコニーを去る時、アルナールは半分だけ振り向いて、悪友の横顔に声をかけた。

「私は、あんたが皇太子になっても良かったと思ってるよ。別に、今の皇太子殿下に不満があるって意味じゃなくてね」

 アルフェリムから返答はなく、アルナールはそのまま歩き去った。


(弟もそうだけど、この国の男は考え込みすぎるクセがあるみたいね)

 人目のないのをいいことに、ドレスの裾をむんずと掴み上げてスタスタ歩きながら思うと同時に、高い身分に生まれて、それほど息苦しさを感じずに生きている自分の幸福についても考えてみるのだった。

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剣聖の末裔~ウラヴォルペの花~【休載中】 路地猫みのる @minoru0302

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