満月の夜に
詩
原作
月が昇る。
君が現れる。
そして、この夜。君は消える。
君と出会ったのは一年前だった。
ふっと散歩中に公園を覗いたら、君が歌ってた。
その声は優しく、でも強く、なんとも言えない美しさがあった。
その声に惹き付けられた。
君に惹かれた。
「なぁ、君は……。」
そう声をかけた途端、君が飛び上がった。
もともと輝いていた瞳が、驚愕で大きく見開かれている。
「なんで、わかるの? なんで、聞こえてるの?」
その声は、人と接することに慣れていないような、まるで人を怖がる動物のようだった。
どうしてそんなに怖がるのだろうか。
「なんで、って?」
君の瞳を長いまつ毛が覆う。
そして、躊躇いがちに口を開く。
「だって、私……幽霊だから。」
「……は?」
少し待ってくれ。
幽霊? そんな、嘘だろう?
そんな存在この世に居るのか?
彼女の顔をもう一度見る。
嘘を言っているような瞳はしていない。
「じゃあ、証明して見せろよ。」
幽霊なら、何かで証明して欲しい。
もう、この時の僕は平静でいられなかった。
「……分かった。」
渋々というように頷いた君は一回肩の力を抜いた。そして、ふっと微笑み――空へと飛んだ。
楽しい、ということが前面に出たような、素敵な舞だった。
一回転して、空まで昇ったかと思えば下降し、縦横無尽に公園を駆け巡る。
僕の存在を忘れたかのように、独りで舞っていた。
――あぁ、綺麗だ。
満月の浮かぶ夜、君は何よりも美しかった。
こんなものを見せられたら、納得するしかない。
どちらかと言えば、君は妖精のようだったけれど。
「ラララ〜〜〜……。」
そんな舞に君の伸びやかな優しい、綺麗な歌声が加わる。
二人きりの公園。
君に、僕は惹き付けられた。
一目惚れ、と言ったら良いのだろうか。
「なぁ、明日もここで会おうよ。」
そう言わずには居られないほどの魅力があった。
君はこの夜空で一番輝いて見えた。
「ごめんなさい。私、満月の時しかいないから。」
満月にしか、居ない?
君は本当に幽霊のようだ。
これが、満月の時に現れる美しい幽霊との出会いだった。
それから僕は毎月、満月の夜、君に逢いに行った。
君の色々なことを知った。
君の名前は
月を
その時、君はちょっと悲しみを心の内に隠しているように見えた。
でも、君はもう月より輝いていた。
月を
君の輝きが、眩しかった。
生きていた時のことを聞いた。
今の僕より二歳年下の高一だった。
満月の夜、後悔しながら死んだという。
それ以上細かいことは教えてくれなかった。
まぁ、当たり前だろう。
悔いを残して死んだのだったら、死んだときのことなんて思い出したくもないよな。
まだ死んだことも、幽霊になったこともないけど、気持ちがわかる気がした。
君は、僕の名前を聞かなかった。
お互いぐいぐい行くような関係でもなく、楽だった。
今から一か月前のことだ。
そう、前の満月の日だ。
その日の君は、なんだか悲しそうだった。
いつも綺麗に輝く月が雲に陰ってしまったようだった。
「どうしたんだ?」
聞くと、君は弱弱しい笑みをうかべた。
「この日、私が死んだ日なんだぁ。丁度二年前。」
悲しむような、自分のことをあざけわらうような、君には珍しい口調だった。
その日の君は、珍しく自分が死んだときのことについて語った。
「あのね、死んじゃったの、私の不注意だったの。」
ぽつり、ぽつりと君が語りだす。
「私が好きな人と、交差点でしゃべってたのが悪かったの。」
意外だった。
君に好きな人がいるなんて考えたことなかった。
でも、普通の女子高校生なら恋の一つや二つぐらいするものか。
だって、君はこんなにも魅力的なんだから。
そう、次の言葉を聞くまでは普通に考えていた。
「その人はね、
――嘘だろう。
僕の、名前は
何のとりえもない、普通の男子高校生だ。
僕じゃ、ないよな?
だって、僕が君のことを初めて知ったのは君が幽霊になってからで、君は最初僕のことを知らなかった。
そうだろう?
煮え切らない想いが頭を駆け巡る。
今、僕は高三だ。
僕は君と同級生だった?
でも……。
「大丈夫だったかなぁ。後遺症とか、残ってないといいなぁ。てか、私のこと忘れて欲しい。
なぁ。やっぱり君は僕を知っているのか?
僕は、君を知っているはずなのか?
なぁ。答えてよ。
「君は……。」
「あ、もしかしたら、次の満月の時私死ぬかも。」
「え。」
どうして?
なんで?
なぜ君がもう死ななければならないんだ?
なぁ。
「なんで……?」
君は僕の方を向いて悲しげに微笑む。
「もう、見えないし、飛べないんだ。」
「え。」
「――君と出会った頃は、視界に霞がかかったみたいで、ほんわりとしか分からなかった。だけど、もう私の世界には色がない。空の青さが、分からない。月の綺麗さも分からない。ねぇ、私どうなっちゃうのかな。怖いよ……。」
君の星のような瞳は、僕じゃない――満月の方向を向いていた。
その瞳に、不安と
「最期に、
なぁ。過去形にしないでくれ。
僕は今、君の前にいるんだよ。
僕は、
なぁ。気づいてくれよ。
もう、目の前にいるのに、涙を浮かべないでくれ。
本当に見えていないのか?
だから、僕が
言ったら、君は喜んでくれるかな。
僕が「
――でも。
僕は君のことを忘れている。
君がなぜ死んでしまったのか、君はどんな人間だったのか全く覚えていない。
この状態で言っても、君に迷惑をかけるだけかもしれない。
――それは、嫌だな。
僕は君に迷惑をかけたくない。
君に悲しんで欲しくない。
だったら、僕は黙ることを選ぼう。
「辛かったね。」
傷つけないように、放った言葉がこれだった。
あぁ。傷つけただろうな。
君が幽霊になって最初に、そして最期に出会ったのは僕だろうだから。
そんな一人の人間さえも自分の味方をしてくれないと感じた時の涙はきっととめどないだろう。
でも、もう僕はこの道を行くしかないんだ。
僕はもう、黙ろう。
一瞬少し驚いたように目を見開き、その後諦めたように目を伏せた。
「相変わらず、君は優しいね。ずっと会いたかったよ――、天音くん。」
あぁ、分かっていたんだな。
僕が
でも、僕は君を知らない。
何故だ?
忘れてしまったのか?
そんな事件があったなら、記憶のひと欠片ぐらい残っている筈だろう?
なんで――?
「――月の交差点。」
ボソッと君が呟いた。
本当に、僕にしか聞こえないような小さな声で。
「そこで、最期のお別れをしよう。」
君の瞳は、悲しみを灯し、夜空で煌めいていた。
そして、光が消えるようにふっとその場からいなくなった。
「来月、か。」
それまでに、君のことを思い出そう。
そして、君と話したい。
満月の夜空の
月の交差点……。
それは一体どこにあるのだろうか。
ここの付近には三つの交差点がある。
おそらく、そのうちのどれかだろう。
もしかして、そこが思い出の場所だったなら、君のことを思い出せるかもしれない。
次の日、僕は一番近いところの交差点に行った。
大きくて、人も多い所だ。
――ビルが立ち並んでいて、月は見えなかった。
月の見えない交差点を月の交差点とは言わないだろう。
多分、ここは月の交差点ではないだろう。
ちょっと日が空いて、暇な夜が出来た。
――もう一個、行くか。
夜空を見上げる。
月は下弦の月と二十六日月の
もう、あと一か月ないんだ。
本当に君が言った通り、君は消えてしまうのかだなんてわからない。
僕が君に逢ったからって何か事態が好転するようなこともないだろう。
でも、このまま別れるなんて僕は嫌だ。
そんなことできない。
だって、笑顔を浮かべる君に恋をしてしまったのだから。
その日訪れた交差点はこの前の交差点と比べてとても小さかった。
でも、それならではの温かさもあるし、月も綺麗に見えた。
――でも。
僕は、ここを知らない。
月の交差点か、わからない。
君との思い出は、まだここ一年弱のことだけだ。
最後の交差点を見に行った。
その日はちょうど新月で、君と会えるまで「あと半月もあるんだ」だなんて思ってた過去の自分を恨む。
もう、「半月しかない」のに。
またこの夜空に美しい満月が輝く時、君は本当に消えてしまうのだろうか。
輝きのない夜空を見つめながら、そんなことを思ったりした。
ついたのは、本当に普通の交差点だった。
普通の住宅街の、普通の交差点。
ここは、ちっとも特別なんかじゃなかった。
どこにでもある、いたって普通の交差点。
でも、なぜか懐かしい感じがした。
頭の中に一つの声が響く。
「
誰かの自慢げな声。
とてもかわいい声だ。
その声が僕を導いてくれる。
その子が指さした先にはとても綺麗な満月があった。
口を開いて、君に言葉を返そうとする。
でも、言葉が出ない。
口を開いて、声を発そうとしているのに。
声だけが、出ない。
頭がズキズキと痛みを訴える。
前に手を伸ばす。
でも、その手は現れない。
これは、過去?
いや、わからない。
今、僕は――――。
ここで、僕の記憶は途切れた。
「大丈夫、ですか?」
目を開けると、僕は知らない場所にいて、目の前には知らない人がいた。
「僕はどうしたんですか?」
至極真面目に問う。
彼女は怪しんでいたような瞳を少しだけ見張って、口を開いた。
「やっぱり、
「はい、そうですけど……。」
「やっぱり! 私のこと覚えてない? 高一の時クラス一緒だった
こんな人いたっけな、と思考を巡らせる。
「あ!」
そうだ。
君とは結構仲が良かった……気がする。
まだ2年前の出来事なのにこんなに覚えていない自分が恨めしい。
何かを通じて話し合っていた気がするのだが――忘れてしまったようだ。
「――
ぼそっと、君が言った。
さつき、
それは、あの
なんで君が知っているんだ?
記憶がぽっかりとあいたように高一の時だけ思い出しにくいのはなぜだ?
なぁ。なぁっ……!
「お願い、します。
ベッドの上で額をベッドにつけ、土下座をする。
君は、
それだったら、教えてくれ。
どうか、頼むよ。
君は、悲しみと哀れみの視線をこちらへ向けて、目を伏せた。
「そっか。まだ、分かんないんだ。」
まだ?
何が、だろう?
「分かった、教える。でも、辛いと思う。あの場所に行っただけで
「お願いします。知りたいんです。」
僕の体? そんなのどうだっていい。
大事なのは、記憶を取り戻すことだ。
僕の体がどうなろうと、別に構わない。
「……わかった。」
「私と彩月は幼馴染で、親友だった。
彩月は可愛くて美人で何でもできて、みんなの憧れの的だった。
そんな友人がいる私も、誇らしかった。
時は流れ、同じ高校に入った私たちは、同じクラスになった。
また彩月と一緒に過ごせると思えて、うれしかった。
でもね、彩月はもう私の彩月じゃなくなってた。
――彼女に好きな人が、出来ていたから。」
君はここで話を区切った。
そして、下に向けていた瞳を僕の方へと向けた。
「それが、君だよ。
え?
彩月が、僕のことを――?
彩月と僕は同じクラスだったのか。
クラスメートだったのか。
覚えているはずなのに覚えていないという罪悪感、そして押し寄せる後悔の波が僕を襲う。
また、頭がズキズキと痛みを訴え始めた。
額に手を当てると、熱があるように思える。
普通の臆病な僕ならば、「もういいです、やめてください。」と言って、この場を立ち去っていることだろう。
――今回ばかりは、そんなこと出来ない。
自重なんて、してる暇無い。
ただただ聞くことしかできない自分がもどかしい。
躊躇ったようにこちらを見る
その瞳は、僕を心から心配しているように見えた。
「続きをお願いします。」
「……わかった。」
本当に、渋々といった口調で口を開く君。
「
僕に、いい所なんてない。
全部不足してて、全部壊れてる。
そんな自分が大嫌いだ。
「僕に美点なんて、あるわけないじゃないですか。」
一つの希望も求めず、そう言ってしまう自分が悲しい。
もう、僕の体調は限界まで来ていた。
「そうかな……?
僕が優しい?
そんな事あるわけないだろう?
君は嘘つきだ。
なんで、君が、僕に?
あぁ、もう分からなくなってきた。
いつもの自分の体が
口を開くのさえ難しい。
「その、続きは?」
言葉を、紡ぐ。
この時が過ぎ去らないように、君を引き止めるように。
さぁ、話して?
「君と、
頭を、殴られたような気がした。
いや、嘘だろう?
そうならば、君は僕にとってとても大切な存在じゃないか。
どうして忘れてしまったんだ?
どうして、どうして……。
「それから少し経って、
あぁ、もう無理だ。
頭が考えるのをやめ、使い物にならなくなる。
手足の力は抜け、ベッドに横たわる。
視界の隅に僕に駆け寄る
心配させてしまったかもしれない。
でも、僕には無理だ。
だって、僕は臆病な人間なのだから。
夢を見た。
人間の
とても、幸せだった。
この時間がずっと続けばいいのになって思った。
ずっと、永遠に。
――そんなこと、ありえないってわかってるよ。
でも、望まずにはいられなかったんだ。
君と共にいることを。
「ここ、久しぶりに来たね!」
そういって君が指をさしたのは、あの交差点だった。
記憶はないのに、なぜか懐かしいような気持ちがして、「そうだな」と答えてしまう僕がいる。
「ここから、全部始まったよね――、全部。」
そういって目を細める君がまぶしい。
僕の記憶にない君が、愛しい。
「
そう言った君の瞳が、僕は好きだった。
君のことが好きで、好きでたまらない。
「だから、次は私が君のことを守るよ。」
胸を張ってそう笑う君。
その笑顔は夜空で一番の輝きを放っていた。
その、時だった。
――僕たちの前に、自動車が迫ってきていたのは。
それと同時に、記憶がどっと頭の中に流れ込んできた。
僕は目を覚ました。
長い、長い夢だった。
記憶が流れ込んできてから、幸せな時間が続いた。
僕と
一つのドラマを見ているかのようだった。
初めて見るもののはずなのに、なぜか懐かしいと感じてしまう。
そこは相変わらず病院のベッドの上。
変わっていることといえば、外の風景と
僕だけを残して、時が過ぎ去ってしまったかのよう。
「月の、交差点。」
君がつぶやいていた言葉をぼそっとつぶやく。
絶対あそこだ。
僕が最後に行った交差点。
夢に出てきた、あの場所。
僕はまた気を失ってしまったのだろうか。
あぁ、不甲斐ない。
外を見上げる。
まだ、新月だよな?
まだ、時間はあるんだよな?
「嘘、だろ……?」
夜空には、満月が輝いていた。
今まで見たどの月よりも美しく、そして残酷だった。
なぁ、なぜだ?
僕はそんなに長い期間気を失っていたのか?
そんなわけないよな?
この事実を、認めたくない。
このことを考えたくない。
――でも、会いに行かなきゃ。
君は、もうこの夜に消えてしまうのかもしれないのだから。
急いで病室を出る。
もう外は真っ暗。
何も持ってきていないので、時間なんてわからない。
ひたすら、走って、走って、走って。
その繰り返しだ。
幸いにも来たことのある病院だったので、なんとか道順は分かった。
あとは、そこに向かうだけ。
早くしないと、君が消えてしまうかもしれない。
もう、二度と会えないかもしれない。
満月の夜、君と会えることだけを願った。
「
「――
当たっていた。
彼女は、そこにいた。
何とも言えない、うれしそうな悲しそうな笑みを浮かべて。
「全部思い出したよ。遅くなって、ごめん。」
「大丈夫。来てくれただけで嬉しい。」
そう微笑む彼女は、いつもの彼女と違っていた。
風に吹かれずともなびく長い髪。
月を思い出させるような丸い瞳に映る満月は、今までで一番の光を放ち、すべてが僕の記憶の中の
「なぁ、本当に君は消えてしまうのか? そんなわけ、ないよ……」
「ううん、もう消えるの。ほら、見て?」
僕の話を遮って彼女は腕を上げた。
――本当に、消えてしまうんだな。
僕が黄色の光だと思っていたのは、
彩月の腕が少しだけ欠けている。
夜空に溶けてしまっている。
何も言えなくなっている僕を安心させるように君は言った。
「もう、この1年間生きていられただけで私は満足だったよ? まだまだしたいこといっぱいあったけど、楽しかった。」
なんで、過去のことみたいに言うんだ?
まだ君は生きているだろう?
でも、こんなこと言い合ってる時間は無い。
僕は君に向き合う。
「
君は大きな目をもっと大きく見開いて、微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとう。」
その目尻には、少しだけ涙の膜が張られていた。
声も、少し苦しそうで。
瞳は少し外れた方向を向いていて。
君は、あとちょっとで死んでしまうんだって嫌でもわかった。
「最期に、お願いしていい?」
いつもと変わらない明るい声を響かせる君の身体はどんどん崩れ、上半身だけが浮いているような状態になっていた。
ねぇ、離れたくないよ。
ずっとここにいてよ。
笑っていてよ。
そう言いたかった。
でも、言えないよ。
君の言葉を遮ることなんてできない。
僕は黙って頭を縦に振る。
君の言葉を汚さないように。
少しでも、君が微笑んでいられるように。
「私、人に愛されてるって自信がなかった。周りのみんなが向けてる気持ちは全部『優等生の彩月』に向けられたもので、本当の私は誰にも愛されていないって感じた。」
そんな風に思っているだなんて、知らなかった。
いつも君はみんなの中心にいて、みんなに愛されていた。
そんな君が? 本当に?
誰にも、愛されてなかった?
僕は、本当の君を愛せていなかったか?
「そんな私を、君が救ってくれたんだよ。ほら、前ここで車に轢かれそうだった私を助けてくれたよね? それだけじゃない。君が告白の時に言ってくれた、あの言葉が私の全てだよ。あの言葉、最期に聞かせて?」
僕なんかが、君の力になれていた?
本当に?
僕にできることなんて何一つないと思っていた。
僕はいつも君に照らされていたから。
君という月に。
輝きに。
……嬉しいなぁ。
こんな状況で喜ぶなんて、いけないことだってわかってる。
でも、こんな風にでもしないと君と幸せに別れられる気がしない。
――ポジティブなことを考えてないと、声にまでみじめな僕の姿が映し出されてしまうから。
今の僕は、嗚咽をこらえて静かに、静かに泣いている。
ポロリと落ちる涙が満月の光によって輝く。
やっぱり、離れたくない。
でも、これは天命。
僕にできることは、君を静かに見送ることしかできない。
小説家のようにロマンチックな言葉なんてかけられないし、科学者のようにこの現象を解明することもできない。
だから、僕が出来て君が喜ぶことならなんだってしよう。
君が僕に救われたというように、僕も君に救われたのだから。
もう、君は
あと少しで君の記憶は溶けるように消えてしまうのだろう。
そんなこと、どうだっていい。
少しでも君の記憶に残るように。
君が笑ってくれるように。
あの時と同じ、あの言葉を。
あの時と同じ満月の下で。
「君の全部が好きだよ。取り繕わなくていい。君はもうこの月以上の輝きを、放ってるから。――君の全てを、僕は認めるよ。だから、幸せでいて。約束だ。」
最後の一言は、あの時になかった言葉。
今、君に伝えたかった言葉。
君が喜んでくれたら、僕もうれしくなる。
君が笑顔でいたら、周りの人まで笑顔になれる。
だから、ずっと幸せでいてほしい。
そんな思いを込めた僕の言葉が終わるころには、もう君はいなくなっていた。
――あぁ、本当にいなくなってしまったんだな。
とめどなくあふれる涙を止めることができない。
漏れる嗚咽を抑えることができない。
満月の夜。
独りの幽霊が天へと帰った。
その幽霊は、僕の友達で、彼女で、大切な人でした。
もう、彼女はいない。
公園に響く歌声、流れるような舞、弾むような不思議な声、はじけ飛ぶような笑顔。
そのどれもがもう見ることも、聞くことも叶わない。
けれど、彩月はそんな特別な存在じゃない。
どうしようもなく可愛くて、愛したくなるだけだ。
そんな彼女の姿はもう残っていないけれど、思い出はしっかりと脳裏に焼き付いている。
君のおかげでたくさん成長できた。
笑顔でいられた。
幸せでいられた。
君を忘れることなんてできない。
でも、ここに立ち止まっていることなんてできない。
だから、君との思い出を糧にして僕は進んでいきたい。
それを許してくれますか?
――最愛の、人よ。
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