第19話 友人夫妻がやって来た
琵琶湖バードセンターに来館したカップルに
職員の恩田が声をかける。
「いらっしゃいませ。見学をご希望ですか?」
「あの〜……以前オオワシを
「あぁ!どっかで見たことあると思たら」
「恩田さんですよね?確かここでお話を伺ったような……」
「そうです、恩田でございます。その節はおおきに、ありがとうございました」
「こちらこそ……」
「おかげさんで来館される方々からも好評で、今も2階で展示させてもろてますわ」
「そうですか。そら良かった」
「あれ?こちらさんは奥様?」
「妻の
「初めまして。主人がお世話になっております」
「こちらこそです〜。皆藤さんにこない可愛い奥様がいらしたとは!てことは、わざわざ見にいらしたんですか?ご夫婦で」
「それもありますけど、蒼介と久しぶりに会おう言うて約束しとりまして……」
「蒼介くんならまだ戻ってない思いますけど。ちょっとそこに掛けて待っとってください。今呼びます」
「お、お構いなく!適当に時間潰してまた寄らせてもらいます」
蒼介の唯一の友人である
その妻で穂乃果の大学時代からの旧友である
富山からやって来た。
航は以前バードセンターから依頼されて製作した
オオワシの彫刻作品を侑芽に見せ、
夫婦で久しぶりの遠出を楽しんでいる。
「蒼介、夕方まで戻ってこんみたいやし、どうする?もう旅館行く?」
「せっかくなので穂乃果に会ってきていいですか?お隣ですし」
「おぉ、そうせい。俺も挨拶するちゃ」
2人はバードセンターから隣の道の駅へ向かう。
しかし湖畔から騒がしい声が聞こえ
そちらに目を向けると、
声の主は蒼介と穂乃果であった。
「あっ、蒼介や」
「あの方が蒼介さん?一緒にいるの穂乃果です!」
蒼介と穂乃果はいつもどおり
言いたいことを言い合っている。
「お前のせいでコハク(コハクチョウ)が逃げてしもたやないか!」
「私のせいちゃいます。村岡さんが草に足引っ掛けてコケそうになったんがあかんかったと思いますけど?」
「はぁ!?それはお前が急に話しかけてきたからやろ!」
「お前ちゃいます。山本穂乃果いう名前があります。なんべん言わせんの」
「あ〜っ、もうええわ!用ないならさっさと戻れ!」
「用あるのはそっちやろ?さっき私のこと探してはったて聞いたんやけど、何?」
「それは……あれや。トマトの礼言うとらんかったさかい……」
「あぁ、トマトか。もうだいぶ経つけどな?」
「お前なんなん?ほんまに!」
通常運転である。
そんな2人を遠目に観察していた皆藤夫妻は
声をかける気にもなれず、
友人同士の険悪な雰囲気に複雑な思いを共有した。
「あれはあかん……」
「ですね……今日、穂乃果も誘おうと思ってたんですけど、誘わなくて良かったかも」
「そうやな。まぁ、蒼介も気難しい奴やさかい……」
「なんか、初期の頃の航さんにちょっと似てるかも(笑)」
「はぁ!?俺の方がまだマシやろ!」
その後、穂乃果と合流した2人は
道の駅に案内され、
2階の展望スペースから景色を堪能している。
すると穂乃果から翌日の観光を提案される。
「明日、私も休みやから一緒に
「行きたい!穂乃果、案内してよ!」
「それええな。ほんなら蒼介も……あっ、やめとくわ……」
「そういえば航さん、村岡さんの知り合いなんやて?」
「おぉ。前にバードセンターの仕事引き受けて、それからやな」
「あの人かなり変人やけど、話合います?」
「アハハ!穂乃果、もう少しオブラートに包んでよ(笑)」
「あっ、またやってしもた。お友達にいらんこと言うて……」
「気ぃ遣わんでいいちゃ。確かに
航が蒼介のフォローをすると
穂乃果は否定することなく素直に聞き入れる。
「確かに、悪い人ではないですね」
「ほぉ……わかってくれるんけ」
「でも穂乃果、村岡さんと気が合わないんじゃ……」
「ほやほや。仲は良うないけどな、憎めないっちゅーか」
「そうけ、ほんなら良かった」
「あんなに言い合ってたのに嫌じゃないんだ?」
「好きでも嫌いでもない。そやけど、あの人はただ正直に生きとるだけやろ。あれはたぶん、人の目を気にしてないだけやな。そやさかい変人に見えるんやけど」
航は穂乃果の意見を聞いて大きく頷いた。
そして侑芽に耳打ちする。
「夕飯、誘うてみる?」
「はい。でも……来るかなぁ?」
「一応、聞いてみたら?」
侑芽が夕飯に誘うと穂乃果は快く応じた。
「ほんなら呼ばれるわ。せっかくやしな。けど料理が間に合わんやろ」
「大丈夫。私そんなに食べないから一緒に食べよ?」
「今から連絡すれば間に合うやろ。俺、電話して聞いてみるわ」
「そんなんせんでええです。足りんかったら村岡さんの分もらいますんで。あの人、偏食やさかい残すやろ」
「アハハハ!穂乃果、村岡さんのこと良く知ってるんだね」
「知らん知らん!変なとこしか知らん!」
航が宿に連絡を入れると
ちょうどキャンセルが出たから1人分の追加が可能となり、
4人での会食が決まった。
そうなったことをまだ知らない蒼介は、
今期初めて琵琶湖に渡ってきた
コハクチョウの観察に夢中になっている。
「
1人で盛り上がっている蒼介を
航と侑芽は眺めていた。
「あとは
「ん?どういうこと?」
「いや、なんでもない。それより侑芽、今日は久しぶりに酒でも飲まん?」
「いいですね!でもその前にお義母さん達に電話しなきゃ」
皆藤夫妻にはまだ幼い息子がいるが
今日は航の両親に預けてきている。
普段は子育てと仕事に追われている2人は
湖畔の宿で非日常を味わう。
しかし、穏やかな時間は
これから蒼介と穂乃果という
変わり者の友人達と合流する。
嫌な予感を拭いきれない侑芽は
それとなく航に警告する。
「航さん、今日は戦いが起こるかもしれません」
「戦いて……戦国時代みたいな言い回しやな」
「合戦にはならないと思いますが、一騎打ちはあり得るかと……」
侑芽は思い出した。
穂乃果はたとえ相手が目上であろうと、
がたいがいい男性であろうと、
違うと思ったことは
はっきり伝えてしまうタイプであることを。
大学時代も講師と口論になり、
収拾がつかなくなることもあった。
航は客室から見える
不安げな妻をさらに追い込む。
「そういえば、ここちゃ古戦場やったな」
「えぇ!?だからかな、空耳だと思うんですけど、さっきから
「はぁ!?き、聞こえんちゃ!やめてくれ!」
完全に空耳であるが、
ここは滋賀県の湖北地方。
一帯はかつて
湖北では浅井一族や羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)など
名だたる戦国武将がおさめ、
「近江を制する者は天下を制す」
と言われるほどの土地であった。
それゆえに戦も度々起こり、
航と侑芽が泊まるこの宿も
柴田勝家と羽柴秀吉が戦った
賤ヶ岳の戦いの古戦場のそばに建っている。
まさに
そこへやって来た蒼介と穂乃果はロビーで合流し、
友人夫婦が待つ部屋へと向かう。
無言で進むその勇ましい姿は、
戦場へ向かう武将の如しである。
「村岡さん、ここ
「はぁ?それくらい知っとるわ!」
「やっぱり、鴨も食べはるんやな」
「やかましい!食うたら悪いんか!」
不穏な空気が漂う湖北の夜、
戦いの
我は湖(うみ)の子 Nekonomimi @nekonomimi1026
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。我は湖(うみ)の子の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます