第18話 雨の日限定サービス
「ここって、オンラインショップの売り上げはどないですか?」
「何?また質問!?」
質問をすると、
滝沢さんは決まって面倒そうに顔を顰める。
何でも聞きやって言うたん自分やん。
私もそない質問ばっかしたくはないけど、
知りたいことはどんなにググっても答えが出ん情報ばっかしやから聞いた方が早い。しかも滝沢さんは、なんだかんだ答えてくれる。
「めちゃくちゃ売れとるいうわけやないけど、ぼちぼちやな。今やと新米とか、ハロウィン前やさかい、お菓子類もコンスタントに出とるね」
「はぁ、なんやパッとせんな」
「ちょっと〜!また漏れとるよ?心の声!」
「あ、すんません。そやけど、それやと他と変わらんなぁて」
「そういうもんでしょ?それにそない言われてもな、できることはとっくにやってきたんやで?」
「それはわかりますけど……」
「なんや不服そうやな」
「不服はないですけど、私が入ったことによって人件費が1人分増えてしもたわけですし、その分くらいは売り上げ出さんとと思いまして」
「はぁ?そんなんあんたが考えることやない!」
あかん、またやってしもた。
けど根本的な問題を無視していても
なんもええことはない。
何かできることはしていかんと。
すると駅長が言う。
「穂乃果ちゃん、あんた経営者に向いとるわ!よし、俺の後任として穂乃果ちゃんを育てんとな!」
「私、そないつもりや……」
「駅長、また何を言うてますんや。この子はまだ入ったばっかしの新人ですよ?それもこの業界は未経験の素人です!」
「そやからええんやないか〜」
駅長が私の肩を持つと、
滝沢さんはさらに機嫌悪うなる。
マズい……
男性の嫉妬は女性よりも厄介や。
気ぃつけんと無駄に敵を増やすことになる。
「私は出世とか、そんなんええんです。けど経営が上手ういっとらんのを見て見ぬふりはできません」
「はぁ?またいらんことを……あのな、あんたが思うてるほど赤字出しとらんで?」
「そやけど儲かってるわけでもないですよね?」
「あんたなぁ……」
引くとこは引く、けど押すとこは押す。
この塩梅が難しい。
滝沢さんと軽く言い合いになってしまうと、
駅長が他人事のように笑いながら
「ハハハ!ほうか。穂乃果ちゃん、そない真剣に考えてくれるんやったら、今度の駅長会談、一緒に出るか?」
「ちょっと駅長!また何を言い出すんや……」
駅長から誘われた『駅長会談』とは、
全国の道の駅駅長が一堂に会し、
交流を深めて道の駅のさらなる躍進に繋げるという
年に1度のイベントらしい。
「すんませんけど、お断りします」
そんなん出たとこで何も変わらん。
気休め程度の交流と
会議という名の宴会に付き合わされるだけや。
付き添いで行こうもんなら、
私のような立場では雑用か
キッパリ断ると
滝沢さんの態度がころっと変わった。
「山本さん、あんた見直したわ」
「はい?……」
「さすがやな。なかなか言えんで、そない正直に」
「そら嫌なことは嫌て最初に言わんと」
「ハハハ!二人とも、もうやめや!あんなん俺1人で充分や。それに俺がおらんでも、頼もしいスタッフがぎょうさんおるさかい、安心して外に出られる。いつもおおきにやで!」
駅長は常に穏やかだし、
滝沢さんはちょっと頭固いけど
話せばわかってくれる人や。
これまでの上司やったら機嫌損ねて
しばらく口きけんようになるとこを、
いつもこないして受け流してくれる。
それどころか私の浅い経験を活かそうともしてくれる。
「けど真面目な話、業績上げるとしたら、どないしたらええと思う?」
「そうですねぇ……イベントなんかは手っ取り早い集客方法ではありますけど、安定した売り上げを出すんは、何かお客さんらに『ここはこないなサービスがある』て印象づけるんがええ思います」
「ほお、具体的には?」
「たとえば、こない雨の日限定で何かサービスすることを習慣化して、雨の日にあっこに行けばええことあるて、お客さんらに知ってもらうんです」
雨の日限定サービスは、大手ではすでに実施されている集客方法。雨予報が出ている日は割引クーポンを出したり、ポイントカードのポイントを倍にしたり、ランチのお客様限定でドリンク一杯無料など、雨で客足が遠のく日の対策として始まった。
ここはそないサービスをしていない。
特に道の駅は、いわゆる
そういったサービスが浸透しづらいからだと思う。
でもここは他の有名観光地と違い、わりと地元の皆様に利用していただいている。そやから、こういったサービスが広まりやすいと私は踏んでいる。駅長は賛成してくださり、珍しく滝沢さんも前向きに検討してくれている。さっそくスタッフの皆さんからも意見を聞くと
「それええわ!割引やらドリンクサービスてお得やさかい、そんなんあったら私も利用したい!」
「けどそういうんは大抵コーヒーだけとかやろ?子供やコーヒー苦手な人らもおるよ」
「ほんなら、コーヒー紅茶、それと何かジュース類に絞ればええんやない?」
「おぉ、それならやれんこともない。緑茶と水はそもそもサービスやし。ほんでもさすがに全部っちゅーわけにはいかんしな」
「では、1杯限定で種類絞ってやりませんか?」
「ええよ!ほな早速で悪いけど、皆んなで手分けして準備始めよ!」
そうと決まれば早かった。
スタッフ皆んなで手隙の時間を利用して
雨の日限定サービスを知らせる手書きのポップを作り、
売店コーナーやレストランに貼ったり、
私はSNSで告知をした。
さらに常連さんらが
近所やお友達に広めてくださり、
満を持して次の雨天に備えた。
まずはレストランのドリンク1杯無料と、買い物をしてくださったお客さんらには
購入金額に応じて次回の買い物で使える割引クーポンをプレゼントすることになった。
大学生バイトの孝介くんは
どういうわけか、やけに意気込んでいる。
「これええやん、めっちゃ流行るで!絶対お客さん増える!」
「すぐに効果でんと思うけど。こういうんは口コミで広がるさかい。それにはけっこう時間かかるんやで?」
「大丈夫やって!俺も大学で広めるし!」
「アハハ!あんたの大学、草津やろ?誰が来るんや」
「ほやほや。だ〜れも来んわ!」
「そんなことない!イケメンシェフが提供するランチ、雨の日行けばドリンクもつくで〜!言うたら、女の子がこぞって来るわ!」
「アホか!そない上手ういくかいな!」
「ワハハハ!」
そない言うて皆んなでからかっていたら、
次の雨の日、やたら若いお客さんらの来店があった。
「孝介くんの紹介で来ました〜」
「ここのランチ、口コミの評価高いし気になってました!」
「イケメンシェフどこ〜?」
イケメンシェフこと直哉さんも嫌な顔せんと、
時々お客さんらの前に出てきてくれたりして、
雨の日なのに店内が賑わった。
イケメンってすごいな。
おるだけであない喜ばれる。
けどそれだけでは集客の持続はできん。
こんなん最初だけやと
どこか冷めた気持ちでおったけど、
案外これはいけるかもしれんと
手応えも感じてしまう。
なぜかと言うと、
雨の日限定サービスという
駅からも遠い
こないなとこまでやって来るエネルギーの出し方は、
若い子だけやなく
近所のおっちゃんおばちゃんらも同じやったからで。
「聞いたで〜!今日、お得なんやて?」
「雨やし外出んの億劫やったけど、寝てばっかしもしんどうて寄らせてもろた」
「おおきに、ありがとうございます。ごゆっくりしていってください」
大学時代にマーケティングの勉強をし、
その知識を持って
クライアントに色んなアドバイスをしてきたけど、
ほとんどは上手ういかんかった。
こうなってみると、
その店や地域に合った戦略というものが
それぞれ違って、
そこを大きく履き違えていたのかもしれない。
だとしたら、ほんまに申し訳ないことをした。
夢破れた人達の姿を思い出し、胸が締め付けられる。
「穂乃果ちゃん?どないしたん?」
「あ、すんません!何でもないです」
不思議なことに
店に誰もお客さんがおらんと誰も入ってこん。
けど誰か1人でもおると次から次へと入ってくる。
「雨の日にこない忙しいんは初めてや〜」
「ほんまほんま!油断できんな〜」
こない嬉しい悲鳴もあがる。
なんとこの日は、
ここ最近の平日の売り上げを上回ってしまいました。
「よし、次の作戦考えんと」
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