第17話 商売の厳しさ

「なぁ、穂乃果ちゃんはどんな人がタイプ?」


「私ですか?タイプっちゅーんはようわかりません。なんやカッコええなて思うことはありますけど。皆さんはあるんですか?好きなタイプ」


悪天候でお客さんがなかなかんさかい、

店内の清掃やら商品の補充をしながら、

吉野さんや由佳さんと雑談している。


こういうことはたまにあるけど、

今日はレストランも暇らしく、

配膳係の恵里さんもこっちに来ている。


「そらこの辺で言うたら、やっぱり直哉くんが1番男前やろ!」


「わかる〜!毎日見てても飽きんしな」


「ここで働いとる理由、直哉くんを拝めるっていうんがデカいな」


「アハハ!由佳さん旦那さんおるのに〜?」


「旦那は旦那。直哉くんは癒し!目の保養!」


「私もそれ!彼氏では得られん栄養分があるよな!」


「穂乃果ちゃんも直哉くんみたいな人、カッコええと思う?」


「あ〜、そうですね。料理もできるし人当たりもええですし」


「ぎゃーっ!ライバル増えたー!!」


「やっぱええよな〜。またあのいかつい見た目に反して優しいしな〜」


「ほやほや!そのギャップがええのよ」


「フライパン振る時に現れる腕の筋がまたええのよ〜」


「恵里ちゃんは配膳でよう見れるもんなぁ。けどそうか、穂乃果ちゃんもやっぱしそない思うんやな?」


「私は別に、そこまでやありませんけど」


「ええて!穂乃果ちゃんも普通の女の子なんやってほっとしたわ!」


「ほんまそれ!」


「そやから私はちゃいますて」


女性同士のこないな会話はなんか苦手。

なんで皆、ときめきを求めてるんやろ。

すると恵里さんが言う。


「けどなぁ、直哉さんには真弓さんがおるさかい、あの二人の間には誰も入れんわ」


「そらそうや。あないお似合いなカップルはおらん!」


真弓さんは直哉さんと一緒に厨房で働いているカッコようて綺麗な人。その二人がどうやら付き合うているという話やった。仲はええと思うとったけど、人前でベタベタする人らとちゃうから全く気づかんかった。けどそう言われたら妙に納得やった。


「確かにお似合いやわ」


「そやろー?真弓さん引っ張ってきたんも直哉くんなんやで?」


「幼馴染なんやて。あの2人」


「へ〜」


古い外車やバイクが好きで

センスようて容姿もええ人らは自然と仲間になるし、

そないな人らはやっぱし似た雰囲気の人とくっつく。


けど私は自分のことが嫌いやから

自分と似た人とは無理や。


たとえば村岡さんみたいな、

人の目も気にせんで鳥ばっかし見てるような変人とは特に合わん。


私や村岡さんのような普通とは外れた人は、

恋愛も結婚もできんのやろか。


別に結婚願望はないけど、

私かてそれなりに彼氏もおった。

その人らのこともちゃんと好きやった。


けどどの人も

「他に好きな人ができた」と言って離れていった。


「はぁ……」


「どないしたん?疲れた?」


「いえ、ちょっとつまらんこと思い出しただけです」


ダラダラ仕事をしていると

事務所から滝沢さんが出てくる


「山本さん、すまんけど外のしまうんを手伝うて!」


「はい、今行きます!」


今日は雨風が強いさかい、

外に出している『営業中』の旗を中にしまうことになった。


横殴りの雨の中、

全身びしょ濡れになりながら

なんとか全部片付けた。


吉野さん達も手伝うと言うてくれたけど

皆さんが濡れてしもたら接客に出れなくなる。

そやから裏方である私達がやるしかない。


「山本さん、今日はもう私服に着替えや」


「そうさせてもらいます」


ユニフォームから私服に着替えて

二階の休憩室から湖を覗いた。


対岸に連なる比良山地から強風が吹きつける

『比良おろし』で湖も大荒れやった。

今日はあのもさすがに外におらんやろう。


そう思っていると、

風邪で大きく揺れている湖岸の茂みのそばに

黒っぽいカッパを着た村岡さんの姿を確認する。


「嘘やろ……」


変人にもほどがある。

事務所に戻り滝沢さんに伝えると


「あぁ、いつものことや。蒼介くん、台風の時も雪の日も関係ないんや」


「は?……そないして何になるんです?鳥かてこんな天気やと飛べんやろうし、何かできるわけやないし」


「そうやなあ。けど、何かしよう思うてしとるんやないんやと思う。あの人らの仕事は、観察し続けて記録をとることやさかい」


全く気にも留めていない。

そやから時々外を見て

村岡さんの様子をチェックした。

一応、生存確認。

けど村岡さんは雨も風も気にならんらしく、

いたっていつも通りやった。


あかん、私は自分の仕事に集中せんと。

人のこと気にしとる場合やない。


今日みたいな日が続けば、

ここの売り上げはあがったりで、

どうにもならんようになる。


そうなれば、

ゆくゆくは人を削らんといかんようになる。

そういう状況に陥っていった企業をいくつも見てきた。


東京でコンサルをしていた頃、

私は主に飲食店を受け持っていた。


東京の繁華街はどこも、

常に賑わっているように見えるけど

実は入れ替わりが激しく、

新しく飲食店などができても、

3年以内にあかんようになるケースは

決して少なくない。


大きな繁華街は

駅に近ければ近いほど家賃が高額で、

路面店ともなればその額が三桁なんてざらにある。


そやからどない頑張っても

土地持ちでない限り

売り上げの大半が家賃と人件費に消える。


上手くいっているようで

実はどこもギリギリの自転車操業。

景気低迷や物価高騰のあおりを受ければ、

ひとたまりもなく傾いていく。


その前兆はまず商品の値上げから始まり、

次に人員削減を行うという流れ。

そして借金が雪だるま式に膨らんで、

とうとうワンオペをやり出し、

経営者は体力的にも精神的にも立ち行かなくなり

店をたたんで街を去っていく。


一度転がりだすと止まらなくなる負の連鎖。

その手前で手を差し伸べようとしても、

一度狂い出した歯車を止められることは万に一つもない。


人生を賭けて起業した人達が

夢破れたその後に、

どうなったのかもわからない。


皮肉なことに

星の数ほどある飲食店が1つなくなろうと

さして誰も気に留めない。


それどころか次はどんな店ができるのかと

期待して新しいものに飛びつく。

そして必死にその街で生き残ろうとしていた人達のことなど誰も思い出さなくなる。


私はそれが嫌で

自分が関わった店だけでも救いたいと

できる限りのことをやろうとした。

そやけどそんな考えは独りよがりやった。


商売の厳しさを嫌というほど突きつけられた私には

ちょっとやそっと上手くいったところで、

ぬか喜びなどできない。


でも絶望はしていない。したくはない。

私はお姉ちゃんとはちゃう。

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