第16話 湖畔の小さな駅

「今日は海老フライもサービスや!」


「おおきに。けど、なんでまた海老フライ?」


「あっこのお客さんがな、海老フライ好きなんやて。多めに揚げてしもたさかい、あんたも食べや」


親代わりになってくれた2人が営む

『食事処・おおきに』に夕飯を食べに来たら、

鶏の唐揚げ定食と一緒に

デカい海老フライを出された。


ここはこの辺りに数少ない食事処やから、

色んなお客さんが来る。


近所の人、観光客、仕事帰りの人々。


店内はテーブル席と座敷、カウンターがあって、

俺は決まってカウンターの端に座る。


海老フライが好きな客がいると言われ、

振り返るとまた山本穂乃果おった。


1人でテーブル席を陣取り、

人目をはばからずデカい口を開けて

海老フライをむさぼっている。


「なんやアイツ……」


周りを気にするどころか

「美味しい」と独り言を言いながら

上機嫌に笑っている。


「やっぱり変人や」


すると、孝雄さんとかつ子さんが話しかけてくる。

俺はこの人達のことを

おっちゃんとおばちゃんと呼んでいる。


「あの子、最近道の駅に入った子みたいやけど、あんたも知ってるやろ?」


「ほやほや。可愛らしい子やな」


「どこがや。いらんことしいの、いらんこと言いやで?」


「ハハハ!そらええわ」


「何がええんや」


「そらそうや。最近は空気読むっちゅーんが当たり前になってしもたやろ?」


「まあ、そうやろな」


「人に合わせ過ぎて、息苦しい世の中や。そやさかい、そんなん知らんっちゅーて、のびのび生きとるくらいが丁度ええんかもしらん」


「そうやな。そやけど、うちらの若い頃かて人の目ぇ気にして、あない若い女の人が、1人で食堂入ってご飯食べるなんて、よう出来んかったわ。そやさかい今の方が生きやすいんやないか?」


2人にそう言われ、

それもそうかと思えてくる。


昔から好きやった

ここの唐揚げをつまみながら、

歳をとっても働き詰める2人の姿を眺めていた。


この店、あの2人がおらんようになったら

どうなるんやろ……


考えても仕方のないことを考えていると、

いつの間にか山本穂乃果が横におった。


「ごちそうさんでした〜、ってあれ?村岡さんや」


「お前、さすがやな」


「さすがって、何が?」


「こない混んでんのに、テーブル席1人で占領して。ようできるわ」


「そやけど、座ってええて言われましたんで」


「それより、なんでここでめし食うとるんや。お前、爺ちゃん婆ちゃんに作ってもらえんやろ?」


「あぁ、今日はあの2人、旅行でおらんさかい。今ごろ山代温泉や」


「ほんなら自分で作ったらええやろ」


「何で村岡さんに自炊強制されなあかんの。自分こそ何でここにおるん」


「俺はここの常連や」


「あっ、鶏の唐揚げ食べてはる……」


「何食うてもええやろ!俺の勝手や!」


またつまらん言い合いになって

止めに入った2人に宥められる。


「喧嘩はやめ!それより、コーヒーでも飲み!」


「わぁ!いただきます〜」


図々しい奴はどこまでも遠慮を知らん。

なぜか俺の隣に座って

出されたコーヒーを飲みだした。


「美味しい!」


「ほうか、ゆっくりしてきや〜」


「ありがとうございます!」


こんな奴とこれ以上一緒におれん。

先に出ることにして会計を頼むと


「いらんいらん!それよりまたちょくちょくいや。蒼介の顔見ると、うちらも安心やさかい」


「言われんでもまた来るさかい、お代は払う」


横で会話を聞いていた山本穂乃果が首を傾げる。


「え、どういう関係?そない常連なん?」


「そらな、蒼介はうちらの身内やさかい!」


「身内?そうやったん?」


「お前には関係ないわ」


「この子はな、うちらの息子みたいなもんや」


「ほやほや。そやから宜しゅう頼む!」


「やめてくれ……」


お代をテーブルに置いて店を出ると、

ちょうど北陸本線の列車が

余呉駅に入っていくところやった。


湖畔にある小さな駅舎と

見晴らしの良い島式ホームは

ここからもよう見える。


そろそろ最終やから

降りる人も乗る人もいない。


この光景をこれまで何度も見てきた。


母親が帰ってこなくなって、

それでも戻ってくるんやないかと、

駅で毎日のように帰りを待った。


1時間に1〜2本しかん列車がやってくるたびに

近くの踏切が閉まり、カンカンと警報が鳴る。


その音を合図に立ち上がり、

母親の姿を探した。

降りる客が1人もおらん時もあった。


そやけど俺は

必ず帰ってくると信じて

いつまでも待ち続けた。


ここに引き取られてからは、

夜、布団に入った後も

踏切が閉まると同時に外へ飛び出して、

ホームに人が降りたかどうかを確認したりもしていた。


そんな淡い期待は

いつしか泡のように消え、

今では踏切の警報音と列車の音を聞くたびに

耳を塞ぎたくなるほどになった。


「あれ?まだおったん」


店から出てきたアイツは、

目の前の余呉湖を眺め大あくびをした。


「はぁ〜あ。お腹いっぱいや」


「お前、恥じらいとかないんか?」


「あります。恥じらいの塊や」


「よう言うわ。恥じらいっちゅーんはな、人前で大あくびせんような気遣いやろ」


「仕方ないやん。出物腫れ物ところ構わずって言いますやろ」


「お前なぁ……」


「それより、村岡さんは鉄道も好きなん?」


「は?別に好きちゃうわ」


「そやけど今、じっと見てましたやん」


「うるさいと思っとっただけや」


「うるさいて、1時間に1本くらいやん。東京ならわかるけど」


「そない東京がええなら、何で戻ってきたんや」


「東京がええなんて言うてません。私は電車のことしか言うてませんけど?」


「あ〜っ!やかましわ!早よいね!(帰れ)」


「言われなくても帰ります〜。ほな、さいなら」


ほんまに可愛ないスズメや。

そやけどこの前、お姉さんを亡くしたて言うとった。


いつの話か知らんし死因も知らんけど、

近い身内を亡くすいうんは

相当こたえたはずや。


今のコイツからは全く見えんけど、

それを知ってからあの両親のことも、

ただの過保護な親とは思えんようになってきた。


翌日出勤すると

休憩室に不揃いなトマトが入った袋が置いてある。

それには付箋が付いていて


『蒼介くんへ 山本さんから渡してくれと頼まれました。あっ、親やなくて娘さんの方やで?親御さんも別で来て、この前はおおきにと言っていました。着々と親睦を深めてますね。楽しみに観察させてもらいます』


「はぁ?……」


字からして

恐らく今日は休みの恩田さんやろう。

何が言いたいんや。


それよりアイツ、

昨夜はそないなこと言わんかった。

昨日は遅なって休憩室に寄らんで帰ったから、

こんなん気づかんかったし。


どうせアイツからというより、

爺さん婆さんかあの親やろうけど、

貰った以上は礼をせんと。


はぁ……またいらんことしてくれた。

面倒やな、トマトなんていらんのに。


「おぉ、蒼介。おはようさん!それ昨日、隣の山本さんが持ってきたんやて〜」


センター長がニヤニヤしながら話しかけてくる。


「そうらしいですね。これいります?俺、トマトはよう食べんさかい」


「ええから受け取っておけ!あとで礼言うんやで〜。あっ、いらんこと言いなや?」


「いらんこと言うんはどっちや……」


「あぁそれと、悪いけど午後は戻ってきてくれ」


「ええですけど、何かあるんですか?」


「まあ、詳しいことはあとで!」


「わかりました」


今は渡り鳥の入れ替わりシーズンやから、

ほんまは一日中観察していたい。

けど仕方のないこともある。

思うようにいかんのが人生や。

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