第8話 帰宅
「はじめ。わし、もうじき死ぬかも」
同居している祖父が唐突に言い出したのは、彼が5歳の頃だった。
突然の発言に何と言っていいかわからず、きょとんとする。
「寿命かなぁ? 寿命かもなぁ。事件性はないから安心しておくれ」
「なんでわかんの?」
「わし、物知りだから。どう? すごい?」
「多分すごい。けど……あんまり嬉しくないかも」
「んん、そうか。寂しい気持ちにさせてすまんなぁ」
祖父は恰幅のいい、丸々とした印象の男だった。
白髪で鼻の下にひげを蓄え、眼鏡をかけていて、会ってすぐの他人に「この人は優しいだろうな」と思われる外見だった。
実際に優しくて、損得など無視して近所の人々をよく助けている人物だった。
そんな人だから町ではそこそこ有名人で、多くの人に愛されていた。
はじめを育てたのもそう。彼が優しい性格だからだ。
道端に捨てられていた赤ん坊を拾って、両親すらわからない、血の繋がっていない子を我が子のように育てた。
おかげではじめは他人のために努力できる優しい子に育った。好奇心旺盛でたまに危ない目に遭ったりもするが、おかげで助けられた人もたくさん居る。
はじめは祖父の姿を見て生き方を学び、困っている人を助けるのは当然だとさえ思うようになっていた。
自分が捨て子であったこともすでに知っていて、それでも祖父が好きだった。
だからこそ、当の本人に死ぬと言われて寂しさを覚えずにはいられない。
「なんで、じいちゃんが死んじゃうんだろ……」
「人は誰しも寿命がある。いつかは終わるのが自然の摂理。わしらは世界や自然という大きな流れの中で生きている」
「死んだら、もう会えないってことでしょ?」
「ああ、そうじゃな。だから思い出を作ろう。寂しくなったらわしのことを思い出しておくれ。楽しい思い出がたくさんあれば、お前はこれからも楽しく生きていける」
珍しく涙を浮かべるはじめを抱き上げ、祖父はにこりと笑う。
「生きることはそれだけで努力。楽しいことも辛いことも悲しいこともある。だからはじめ、もうだめだと思ったらこの家に帰っておいで。お前がこれからどんなことをして何になろうとも、この家にはわしとお前が暮らした思い出が詰まってる」
「うん……」
「お前がこれからどこへ行って、何になったとしても、わしはお前の家族じゃ。それを覚えておいてくれたらわしはそれだけでいい」
はじめは祖父が好きだった。
血の繋がりなど気にせず、彼は家族だと心の底から思っている。
「よし、小籠包食うか。ラーメンもつけるぞ」
「昨日も食べたよ、じいちゃん」
「好きな物はいつ食べてもうまい!」
「まあいいけどさ」
別れがあった後も、はじめは祖父に倣ってなんでもない平穏な日常を愛していた。
ふと目が覚めて、懐かしい匂いがするのを真っ先に気付いた。
意識がはっきりするまで少し時間がかかったものの、自分が置かれている状況を理解できるようになると、今居る場所が自宅なのだとすぐに気付く。
畳の上に布団を敷き、その上に寝かされている。丁寧に掛布団もかけられていた。
果たして自力で帰ってきたのだろうか。
わからないことが多過ぎる。ただ生きているのは間違いないらしい。
体は鉛のように重く、身じろぎ程度ですら辛いが、頭痛はすっきり消えていた。
ひとまず、生きて帰ってきた。
安心したことで深く息を吐き出すと、足音が聞こえて誰かが部屋にやってくる。
「起きたのか」
「夏彦……用事は?」
「終わった。それより、大変だったみたいだな」
廊下から部屋の中へひょっこり顔を出したのは幼馴染の青年だった。
同い年で同じ学校に通う、子供の頃から付き合いがあって今や家族同然の存在。
切れ長の目が印象的な黒髪の美男子であり、身長は180センチ程度。細い見た目に反して強靭な筋肉を持ち、冷静沈着という言葉がよく似合う。
「何があったんだ?」
「ねむっ……」
「話すのは無理か。気が済むまで寝ていいぞ」
「いや、うーん、色々気になる……もう夜?」
「朝だ。お前が家の中で倒れてたのは一昨日だよ」
布団の傍らに座りながら夏彦が言う。
驚いたはじめは反応こそ小さかったものの、信じられないという想いでいた。
「え……そんなに経った? 俺、ずっと寝てたの?」
「ああ」
「ご迷惑おかけしまして……」
「それはいい。医者にも診てもらったが体に異常はないそうだ。ただ、ひどく疲労が溜まっているから十分に休ませるようにと」
「そうか……それならよかった」
はじめは改めてふうと息を吐く。夏彦が傍に居たことで安心したようだ。
「俺、生きてるよな?」
「ああ」
「死ぬかと思った……」
何があったと聞きたいところではあったが、つい先程休ませると決めたばかり。
夏彦は敢えて質問せずに口を閉ざす。
しかし目覚めたばかりのはじめは眠ることを嫌がっているのか、もうひと眠りしようとはしなかった。
「あー……色々あったんだろ?」
「ああ。そのようだな」
「死傷者は……?」
「いないそうだ。ヒーローの一人が精神的に参っているそうだが、少なくとも死者は一人も確認されていない」
はじめは目を閉じ、静かに息をする。
「ただそれだと不可解な状況が……」
説明を続けようとした夏彦は途中で言葉を止めた。
安心したせいか、はじめは再び眠りにつけたようだ。
敢えて起こそうとはせずに、夏彦は静かに部屋を離れた。
「んナンというコトでしょウ⁉ 出禁にサレちゃいまシタ!」
本拠地に帰ったスマイルは大声を発して嘆いていた。
当初の予定とはまるで違う。本当なら十村はじめを連れて帰ってくるつもりだったというのに見事に失敗してしまっている。
頭を抱えて嫌だ嫌だと顔を振りながらひどく嘆いていた。
「タダでさえ入るのに10年以上カカッたんでスヨッ! セッカくワタシの空想力で潜り込めタというノニ失敗するなんテ! コレじゃ次にイツ入れたもんダカわかったもんジャナイんですヨッ!」
「怒ってるねースマイルちゃん」
「怒ラズに居ラレますカッ‼ コンナニモ大変な事態なのニィ!」
怒り狂っていつまでも落ち着かないスマイルに小柄な子供が声をかけた。
年齢は10代の前半といった様子。男性にも女性にも見える中性的な整った容姿。目立つ白髪とにこやかな表情が目につく儚げな人物である。
スマイルは声をかけられたことさえ意に介さずプリプリ怒っており、ちっとも周囲を顧みようとしない。
仲間たちが集まる空間で、唯一スマイルだけがうるさかった。
そうした光景には慣れているのか、反応したのは先程の子供だけだった。
「また行けばいいじゃない。今度はみんなで協力しようよ」
「甘いデスネッ! ワタシの見立てにヨレば十村ハジメはフォース・チルドレン! つまり四番目の子供ナノデスッ!」
「へぇ~、そりゃすごい」
「空想力が目覚めたバカリだとイウノにワタシと張り合うアノ技量! 何ヨリ死者を即時蘇らせル特性! シカモカカシモ! 核の力を使ッタのですヨォ!」
「あら。それはちょっと面倒だね」
スマイルの怒りや焦りもごもっとも。子供はそんな風に思う。
周囲は呆れた顔で関わろうとしないものの、その二人だけがはしゃいでいる。
「まあ四番目なら仕方ないんじゃない? 大体さあ、どうせ無理やり連れて行こうとしたんでしょ。それで嫌がって追い出されたんじゃない?」
「バレましタ?」
「だってそれしかしないじゃん。思想きっついもんね」
ディスにも聞こえる発言に「エーッ⁉」と驚くスマイルを無視して、子供は笑みを浮かべたまま思案する。
スマイルの話で興味を持った。
簡単な話だけ聞いた十村はじめ。どんな人なのだろうと思う。
「面白そうだね。十村はじめ君」
「キィーッ! ワタシが連れて帰リタカッたのにーッ!」
「うるさいよ」
ようやく人の話を聞いたスマイルは、叱られてしゅんと肩を落とした。
空想帝国 ドレミン @kokuwadoremin
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