第7話 空想

「ギュロォオオオオオッ‼」

「鳴き声変わった⁉」

「ウルセーッ‼」

「あんたもうるさいよ!」


 町を確認できる沖合、海上で二人と一匹は対峙していた。

 空中に浮かぶスマイルは両腕を広げて戦う準備を終えており、巨大な水生怪獣の頭上に居るはじめはしゃがんでいる。


 常軌を逸した光景であるが、間に入れる者は居ない。すでにスマイルが邪魔者が入らないよう、ある一定の範囲を不可侵領域と定めているからだ。

 その光景は見えてこそいるだろうが一定の地点から近付くことができない。

 邪魔者は入らない。一対一だ。


 やるべきことは決まっている。あとはできるかどうかだけ。

 ようやく本気で戦闘に臨もうとしているはじめはスマイルから目を離さない。


「うるさい魚はこうですッ! というか大体なんで魚が鳴いてるんですかッ!」

「いや魚っていうから怪獣だから……」

「ギョエエエエエッ!」


 スマイルの周囲に、何千本もあるだろう、数え切れないほどの剣が出現する。その全ての切っ先が怪獣に向けられていて、もちろんはじめも他人事ではない。

 そのままにしておけるはずがなく、はじめが咄嗟に前方へ両腕を伸ばした。


「怪獣危機一髪!」

「やべェ⁉ よくないぞ、そういうの!」


 スマイルが両腕を振るって、無数の剣が一斉に空中から推進力もなく射出される。

 当たるな! と念じただけだった。

 猛烈な勢いで迫った全ての剣が怪獣やはじめに当たろうとした寸前、狙いが逸れ、或いは刀身が折れて、もしくは剣その物が消失してしまって、一本も当たることなく猛烈な嵐が過ぎ去ろうとしている。


 一難去ってまた一難。

 当たらなかっただけでは状況の解決にはなっていない。スマイルの攻勢はすかさず続けられる。


「お次はミサイル危機一髪!」

「うわ~もうっ⁉ なんなんだよずーっと!」

「ギョエエエエラァアアアアアッ‼」

「ウルセーッ‼」

「うるせェ‼」


 ひとまず水生怪物は味方のようなのだが、敵も味方もうるさく、また続けざまに繰り出される攻撃に焦ってもいた。

 落ち着かない気分のまま、はじめは必死に動いている。

 まずは生き残ること。それができなければ次の段階になど進めはしない。


「全部爆発しろ!」

「アーッ⁉ それはちょっと待っ――!」


 はじめの叫びに応じ、スマイルが出現させた無数のミサイルが全て同時に爆発。

 折り重なって凄まじい爆炎を生み、轟音と同時にやってきた爆風に押されてはじめは怪獣の頭の上でひっくり返り、成す術もなく転がった。

 どうにか落ちずに済んだものの、冷静でいられるような規模の爆発ではない。


 当然と言うべきか、スマイルの体は爆炎に包まれて見えなくなっていた。しかしそれで死んだとは微塵も思わない。爆発の中でピンピンしているか、瞬間的に逃げてそもそも当たってすらいないだろう。

 さて、どちらか。はじめは周囲に気を配って警戒する。

 突然の奇襲もあり得る。怖がりながらも彼は必死に生きようとしていた。


 やがて爆炎と爆風が消え、黒煙を腕で払って、無傷のスマイルが現れた。

 ここまでは予想通り。驚きすらしない。


「ご理解いただけました?」

「は?」

「空想力を持つ者同士の戦いは現実の書き換え合戦! より力を使いこなした方が勝利します! アナタもわかってきたでしょう!」


 スマイルが右手の指を開き、空へ向けて伸ばす。

 掌の真上に謎の黒い光が発生し、球体を形成して投げられる準備を終えた。それがどんな力を持つのかはわからないが危険な気がしてならない。


「我々空想使いが特別であるのだと! どれほど価値があるのかを!」

「だからって、簡単に人を殺したりしたくないって……!」

「あんなもの空想力で生まれた残りカスみたいなものでしょうが! この世界も異能も怪獣もォ! 派生で出てきた偽物でしかないッ!」


 何が起こるかわからない。はじめは謎の光を注視した。

 放たれる前に消失させるものの、スマイルは意にも介さなかった。


「アナタが乗ってるそれは風船!」

「はっ⁉ あっ!」


 言われた直後、見下ろしてみれば巨大な怪獣は形がそのままに、つるりとした風船に変わっていた。

 どこからともなく空気が入って膨らんで、何かを思う暇もなく軽快に破裂する。


「うわぁ⁉」

「なんでもできる! なんでもわかる! 空想こそが我々の武器! 例えばァ~……アナタは今何を考えてますか?」


 足場を失ったはじめは真っ逆さまに海へ落ちていく。

 必死に想像しようとしたのだが間に合わず、どぼんと勢いよく海中へ入った。

 再び冷たい水に全身を包まれる。弱い波で体がわずかに動くものの、ほとんど抵抗もなくさらに深くへ引きずり込まれるような感覚だった。


 体に感じる疲労感は確実に大きくなっている。気を張っていなければ、考えることすら嫌になりそうな状態だった。

 おそらく空想力を使った反動なのだろう。「この嫌な疲労感なくなれ」と思っても一時的に消えるだけで、少しするとズンと全身に重さを感じる。

 使い続ければまずそうだ。しかしまだ諦めるわけにはいかなかった。


 まずは海上へ。その後、飛ばなければならないのか。

 冷静に考えると力を使う回数が多い。

 気をつけなければと自らに言い聞かせるも、必要なことをしなければ命が危うい。


 海上へ移動して、海面に立つようにしてほんの少しだけ浮遊する。

 スマイルは彼と同じ高さまで降りてきた。


「フムフム、なるほど。ワタシの空想力を封印すると。それがアナタの勝機だったわけですね」

「ハァ、ゼェ……なんで……!」

「アナタの考えていることはなんだろうと想像したのです。そして答えを得た。それができるのが万能の力、空想力」


 スマイルが自身の頭を指先でつつく。

 本当になんでもできてしまう力のようだ。心を読んだのか、突然ポッと答えが浮かんでくるのかは知らないが、隠し事はできないらしい。


「だいぶお疲れのようですね。確かに我々は同じく空想力を持っていますが、この力には熟練度というものがあります。アナタがヘロヘロでも私はピンピンしている! 同じであって同じではないんですよゥ」

「ハァ、ハァ……みたいだな」


 空想力を使う回数が増える度、頭がズキズキと痛み出している。ある時点までは全く平気だったというのに急に疲労感がやってきた。

 なんでもできるとはいえ、力の差はある。

 スマイルは余裕綽々。まだまだ使えるという態度であった。


「空想力を封印するというのはよいアイデアですが、今のアナタがワタシの空想力に干渉したところですぐに解いてしまいますよ」

「ハァ、じゃあだめじゃん……」

「エエ、ダメです。そうなると次はどうします?」


 スマイルはわくわくしている様子だった。次の一手を待っている風にすら見える。

 どうすればいいのか。

 考えるのも嫌になっているのに考えなければならない。はじめは俯き、呼吸を落ち着けようとしながら頭を働かせた。


 なぜ、これほどなんでもできる人間が10年以上も会いに来なかった?

 不意に湧いた疑問。答えを求めたわけではなく、ただ不思議に思っただけだ。


 はじめの表情が変わる。今は藁にも縋りたい気持ちであり、文字通り降って湧いたかのような答えを得て、やるべきことは決まった。

 できるか否かはわからない。ただ今はそれ以外に打つ手がない。


「サアサア、次はどうします? ワタシはまだまだやれますよ。イメージとイメージのぶつかり合い――アナタまさかッ⁉ それを知ったのですかッ⁉」

「ああ……なんとなくわかった」


 はじめの体がパッと消えて、音もなく出現する。

 気付いた時にはスマイルの目の前に居た。

 右手を伸ばして、その体に触れる。お腹の辺りに手を置いていた。


 半ば無意識的に心の中で呟いた言葉は「力を貸して」だった。

 気付いた時にははじめはできると確信している。不思議な力が湧いてきて、問題なく空想力を使うとスマイルの体に直接ぶつけた。

 全く同じタイミングで、町の中心部に位置する塔が眩い光を放っていたのだ。


「アァ忌々しい! ちょっとちょっとやめてくださいよォ!」

「あんたは、出入り禁止だ」


 眩い光がスマイルの体から発生し、彼自身を包み込むと収束していき、やがて小さくなると音もなく消えてしまった。

 スマイルの姿は完全に消え去ってしまい、しばらく経っても戻ってこない。

 どうやら今度こそ撃退できたようだ。


「ハァ、ハァ……よかった。とりあえずなんとかできたみたいだ……」


 安堵した後、激しい頭痛に襲われていた。

 どうやら限界を迎えたのだろう。

 はじめは再び海に落ち、為す術もなく沈んでいく。


(ヤバい……帰らないと……このままだと……)


 わかっているつもりだった。だがはじめの体はすでに彼の意思でも動かせず、激しい頭痛に支配されているかのように、指一本さえぴくりともしない。

 ならば空想力で、と思うがそれすら発動しない。


 死を予感する。

 体は動かず、感覚が徐々に失せていき、苦しいとも思っていない。

 もしかするとこのまま死ぬのか?

 暗く冷たい海の底へ引きずり込まれるように、彼はまっすぐ下へ沈んでいた。


(ちゃんと……帰らないと……)


 そう思う意識すら徐々に薄れていく。

 はじめは目を閉じており、やがて考えることすらなくなり、静かに眠りについた。

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