第7話 ただいま密着……より密着中⁉︎
車の助手席には見習い君。そして相変わらず見習い君の膝の上には探偵が座っている。
2人は車のシートの上で、向き合う状態になっているというわけだ。
探偵はそっと見習い君の肩に顔を埋める。
「引っ付かれると、暑い?」
「じゃ、もう少しだけこうしててもいいかな?」
探偵の含み笑い。
「さすがにこのタイミングでさっきのお巡りさんが戻って来ることはないでしょ。それともやっぱり私に密着されるのって……嫌?」
「そう。良かった。こうしてるの……結構落ち着くから」
探偵は見習い君の体をまさぐる。体に張り付いた衣服が、皮膚からはがれるような音。
「汗だくだね」
「大丈夫。私も汗でビッショリだがら……おあいこだよ」
「結構、肩凝ってるんだね。今日は1日中、ターゲットを追いかけてたんだから、そりゃ疲れるよね」
「マッサージしてあげるよ」
「いいって。私、結構うまいんだよね」
「どう? 気持ちいいでしょ?」
見習い君の耳元に口を近づける。
吐息が耳に当たる。
「ねえ。これから変なこと言うけどさ……引かないで聞いてくれる?」
「なんですかって……私が何言うか、想像ついてんじゃないの?」
見習い君は、ゴクリと生つばを飲み込む。
それを聞き、探偵は控えめに笑うのだった。
「なに? 緊張してんの?」
探偵が見習い君の胸に耳を当てる。
心臓の音が聞こえる。とても早い。
「めっちゃドキドキ言ってんだけど──」
探偵は見習い君の手を自らの胸に持っていく。
「ほら、私もドキドキしてるでしょ?」
「どうしてですかって──決まってんじゃん……好きな男とこんだけ密着してるからだよ」
胸の鼓動がさらに早くなる。
「ねえ……私、君のことが好きになっちゃったんだよね」
「嘘じゃないって……だったらどうして私の心臓がこんなに早くなってると思う?」
探偵の気怠い声。
「ねえ……私と付き合っちゃう? いいでしょ? 君だって今はフリーなんだからさ。お願い……」
見習い君の頬にキス。
徐々に唇に近づいていく──
不意に探偵は抱き抱えられると、そのまま運転席の方へと座らされてしまうのだった。
探偵は憮然とした表情を浮かべる。
「そう。私のことがそんなに嫌いだってわけね。わかったわ!」
「言い訳なんてしなくていいって!」
探偵は顔を伏せて泣き崩れるのだった。
時折、鼻水をすするような音が聞こえる。
見習い君が肩に手をかけようとするが、探偵は乱暴にそれを振り払う。
「触らないで! それとも私と付き合ってくれるわけ?」
「だったらもうそっとしておいて」
重苦しい沈黙。
が、次の瞬間──探偵は顔を上げると、
「ふう」
と、息を吐いて涙を拭う。
「久し振りに泣き真似したけど、うまくできるものね。さすが私!」
自画自賛した後、スマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけ始めるのだった。
この時にはもう、先ほどまでの悲壮感は嘘のように、探偵の声はあっけらかんとしたものへと変わっているのだった。
「どうも、所長。お疲れ様です」
「はい。無事、研修は終了しました」
「ええ。合格ってことでいいんじゃないですかね」
「はい。わかりました。伝えます」
スマートフォンを切る。
「おめでとう見習い君。晴れてうちの探偵事務所で雇ってもらえることになったよ」
探偵は車のエンジンをかける。
「そうよ。これ、全部君の探偵としての資質を見るための試験だったの」
「え? ああ、あの酔っ払いはイレギュラーね。だからどうなるかヒヤヒヤしたけど……まあ!大丈夫じゃない。かなり酔ってたみたいだから覚えてないよ」
「正解! ターゲットはどっちもうちの所員よ。だから見失ってもGPSが使えたの。私たちは何かあった時のために、お互いの居場所がわかるようにしてるの」
「なんで誘惑するようなことをしたのかって? 探偵はね、調書に本当のことを書かせないために脅迫されたり、美人局にあったりするの」
「そんなことになったら探偵事務所の信用問題に関わるから、研修では誘惑に負けないのかどうかを確認しなきゃなんないの」
探偵は車を止める。
「ここは私のマンションの駐車場」
楽しげな笑い声。
「研修はもう終わったんだから、そんなに警戒しないでいいって」
「それとも、やっぱり私じゃ嫌?」
ただいま密着浮気調査中!(仮) らるむ @Rooha
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