第6話 ただいま密着張り込み中!

 車の中。

 運転席には探偵が座り、助手席には見習い君。

 2人は目の前のマンションを見上げている。

 ここはターゲットの1人である女が住んでいるマンションの前の道路だ。

 深夜の住宅街のため、静寂が広がっている。聞こえるのは時折通り過ぎる車やバイクの音くらいだ。


「汗取りシート、使う?」


 パッケージからシートを取り出す音。

 服の中に手を入れて汗を拭う2人。


「ふう。スッキリするね。でも、すぐに汗だくになっちゃうけど……」


「え? なんでエンジンかけちゃダメかって?」


「決まってるじゃない。こんな夜中にエンジンかけたままだと、近所から苦情が来るかもしれないから、できるだけ静かにしておないとためなの」


「だからちょっと暑いけど、車の窓を開けるだけで我慢しなさい」


「窓を全開になんてしちゃダメよ! 虫が入ってくるじゃない! ただでさえさっきから蚊が何匹か入ってきてんのに」


「しょうがないわね」


 ダッシュボードが開けられる。


「じゃーん! 秘密兵器登場!」


 ヴーンというモーター音。

 ハンディ扇風機を使っている。


「ほら、これで少しはマシになったでしょ?」


「準備万端って……当たり前でしょ! ありとあらゆる場面を想定しておくのが一流の探偵ってものなよ」


「え? 私に風が当たってないって──ちょ、ちょっと!」


 座席シートが軋む。


「確かにこれだと2人に風が当たるけどさ……こんなに密着してたら、逆に暑くない?」


「え? 私は大丈夫だけど……」


 フフフと探偵の笑う声。


「酔っ払いに絡まれた時もだけどさぁ、やっぱ君って優しいよね」


 シートが軋む。

 探偵は慌てて体を離す。


「あっ、ごめん……もしかして……汗臭かった?」


「大丈夫? そう。それならいいんだけど……じゃ、また体を引っ付けて扇風機を当てるけど、いいかな?」


「じゃあ……」


 しばらく扇風機のモーター音だけが車内に響く。


「あっ、マズイ!」


 探偵はバタバタと動く。

 助手席の見習い君に向き合うような格好でまたがるのだった。


「なんで抱きつくんですかって──前見なさいよ」


「見回りのお巡りさんがこっちに向かって自転車漕いでるでしょ!」


 キィーという自転車のブレーキ音。

 スタンドを立てて、警察官がやって来る。

 コンコン、と車の窓を叩かれる。


「あっ、どうも」


 探偵はキーを回して窓を下げる。ウィーンという音が鳴る。


「なんですか? お巡りさん」


「え? ここ駐禁ですか⁉︎ 知らなかったです! ごめんなさい……」


「ああ、免許証ですか……2人とも見せた方が……ですよね」


 ガサガサゴソゴソと物音。


「ちょっと待ってくださいね……何せ、こんな格好なものですから……あっ、あった。これでいいですか?」


 しばらくの間、気まずい沈黙。

 警察官は免許証と車の中で抱き合う探偵と見習い君を交互に見ている。


「はい……ほどほどにして、すぐに車をどかせます。ご苦労さまです」


 自転車が走り去っていく。


「はあ……焦ったあ……」


 探偵はぐったりと見習い君の体に倒れ込むのだった。

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