没落の背中
タマは相変わらず、アヤカに背中を撫でられていて、
気持ちよさそうに寝転がっていた。
他に視線を感じるが、その連環からは、私は一度も目を離さなかった。
「やっぱり気に入ってくれた。ずっと見てるもんね」
「うん。ありがとう。うれしいな」
いつもの通りに丸くなった物言い。
彼女は立ち上がって、デスクで寝そべるタマの背中を見下ろした。
「ねぇ。タマの背中にこんなデキモノあったけ」
彼女の背中越しにそれを見る。
さっき見たのと同じ、薔薇畑、花をかき分け、土壌に近い場所に見える、
三粒の赤い蕾。鮮血が溜まったしこり。彼女はその三つに触った。
昨晩、彼女の乳房が露になったときに、私が両手で擦り当てた二つの蕾を、
いや、というよりも、むしろ、彼女を背後から愛撫した時に、酔った私は、
たった一粒のしこりを、私が彼女と交尾をし、しかも私自身を、
被りのない、隔たりのない、僅か零点零三ミリの裏切り行為をしたとき、
ヴァギナの他に、その一粒を、私は愛していた。舐めてもみた。
渋い汗の味だ。
無数の産毛が揺れる中、私は肥えたムカデと、
薔薇の棘に刺されていた。
「なんかね。俺もさっき見つけた」
彼女の背中がはっきりと見える。
背筋に生えた、産毛もそうだ。
彼女の背にぴったりと接して、しこりをのぞき込むと、
薔薇の芳香が、臭う。タマの向こう側には、一凛の薔薇が花瓶に刺さっていた。
未だ枯れずに、棘を持っている。
「大丈夫かな。可哀そう」
「なんで。そんなの誰にもあるでしょ」
アヤカは棘に刺さった指を、私の黒ずんだ傷跡を抓った。
威張った態度で、椅子を退いた。
勢い余ったせいで、私はよろめいた。
「お腹すいたー」
「なんか買ってくるよ」
私は台所に行って食材を探した。
空の容器をゴミ袋に入れた。
タマの飯だけが残った。
リプトンの袋も中に落ちた。
私を刺す渋さ。存在なき鮮紅に、未練はなかった。
震える手からゴミ袋を置いて、玄関で靴を履いた。
スマホは持った。
「何が欲しい」
「なんでも」
突き出した鋳造のドアノブは、私の手に刺さる。
傷口から存在なき鮮血が流れた。
絆創膏を取りにリビングに戻ると、タマだ。
アヤカだ。タマの薔薇だ。アバが破瓜だ。
アヤカがまた、タマとだ。
アポローンがアヤカを当てる。
黒が虹彩を明けた、花瓶の薔薇の棘が、立ち眩みの中。
太陽のせいだ。
薔薇の棘を忘れた午後、君への愛憎 聖心さくら @5503
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