耐えろ!予防接種!

ひよ🐣

注射やだ〜〜〜〜〜!!!!!

鳴り響くアナウンス。ざわざわと混み合う、秋のとある大学病院。

そんな中、俺はインフルエンザの予防接種をしに呼ばれるのを待っていた。


俺は偉いので健診も定期的に、予防接種も毎年欠かさず受けている……のだが。

仕事もあるし病気にかかりたくないのもあるが。それを理由に欠かさず受けているのだが。


俺は注射が嫌いだった。


嫌いというか苦手だ。嫌いじゃない、苦手なんだ。うん、そういうことにしておこう。

痛いし、あの肌に刺さる感覚がどうも苦手でねぇ……ほら、蜂に刺されるみたいでさぁ……


俺はここをかかりつけにしている。健診で受けられるあらゆる設備が充実しているし、何かあった時でも直ぐに診てもらえる。それと、主治医となっている先生が俺の専属産業医のように体調をチェックしてくれるからだ。これはVIPだからできること。俺は大物芸能人だ。

しかし診察にはちゃんと待合室で待つ。ただ名前は呼ばれないようにしている。配慮はそれだけだ。全身黒い服を着て、ウレタンマスクと眼鏡をしてしまえばオーラも消し去りほぼバレない。だから奥の方で一人ちょこんと待っている。


この待ち時間、スマホでメールを確認したりと作業を終わらせたら、いつも人間観察をしている。仕事にも活かせるからだ。

さて、今日はどんな人がいるんだろう。


最初に見かけたのはいつもいるお爺さん。あの人いつもいるな。通院が趣味なの?年齢的にも定期健診が大事だからなぁ。偉いなぁ。どこか悪くて通院しているかもしれない。いつから通っているんだろう、もしかしたら難病とかかもしれない。治ったと思ったらまた次に悪いところが見つかり……と永遠に通院しているのかもしれない。俺も老後通院しなくても大丈夫なように頑張ろ。そうだな、筋トレメニューも見直してみようかな……

次に気になったのは男の子と母親であろう女性。4〜5歳くらいだろうか、母親に抱っこをされ、首に手を回してしがみ付き、ぐずぐずと泣いている顔がよく見える。冷えピタのようなものを貼っているから熱を出したのかな?よしよしと慰めている母親の焦りが伝わってくる。俺もこんな時があったなぁ懐かしい。でもそれから風邪ひいてないんだよなぁ。なんでだろう、馬鹿は風邪ひかないとか言うけど……いや誰が馬鹿だ!!!!!とにかく男の子くんは早く治ってほしいものだ。

そう頷いていたら、俺の目の前を一人のサラリーマンだろうか、マスクを付けたスーツ姿の男性が通り過ぎた。俺から距離を取って座り、ゴホゴホと咳をしていた。風邪をひいたのだろうか。俺から距離を取ったのは移さない為か。優しいなぁ、今は昼過ぎだから早退したのだろうか?周りに心配されて帰ったか、「移されると困るんだよ!」と怒られて帰ったか、それとも自分から限界だと悟って早退したか。結構良いスーツを着てるなぁ、IT系かな?いや、それだけで判断するのは危険だ。まぁ何にせよ、どんな職種であれ働いているのは人間なんだから体調が悪くなるのは当たり前だ。俺もマネージャーや後輩が体調不良を訴えたら優しく受け止めたいものだ。仕事に支障が出るようなら焦りはするが、怒ってはならないなと考えた。

おや、受付であくびをしている女性がいる。彼女の仕事は暇そうに見えてとっても忙しい。この日本の中でも有名な大学病院なら尚更だ。このあくびは暇という意味では無く、睡眠不足なのかもしれない。彼女らがいなければ診察には辿り着けない。本当にお疲れ様です……


「おや、また人間観察していたのか?」


横から聞こえ、顔を上げればそこには主治医である荒井先生がいた。

「あ、先生。今日は風邪多めなの?」

「……まぁ、季節的にも乾燥してきてるからな」

新緑のスクラブにインナー、その上に白衣を着た先生は周りを見渡して言った。

「えぇと、今日はインフルだったよな」

その言葉にどきりとして、先生から視線を逸らす。

「予約してきたのお前だろうが。ここまで来て逃げんなよ僕も仕事あるんだから」

「…………はい、」

「声が小さい」

先生とは長い付き合いであり体調のことなら何でも相談し、時々一緒に飲みに行く。なのでお互いタメ口に話せる、そんな仲だ。でも共通点は同性で歳が近くて顔が良いくらいしかない、不思議な関係である。

「心の準備は出来た?行くなら行くぞ」

あぁ……遂にやって来てしまった……さよなら俺の腕……副反応で2日くらい……

そう思いながら立ち上がり、先生に付いて行く。

「どうぞお座りになって」

診察室へと入り、置いてある椅子に着席を促される。

「え〜〜と問診はよくて……あ、体温いくつだった?」

「36.3……」

「はい。前受けたのは一年前か……」

「はい…………」

「冷や汗かきまくってない?大丈夫?」

先生はパソコンでカルテを確認しながら笑った。

「笑わないでよ……」

「ごめんごめん、ファンには見せたくない顔してんなぁと思って」

「じゃあ早くして……」

「ふふ、じゃあ聴診するから服上げて」

「からかってない!?」

「からかってないです静かにしろ」

もう大人しく聴診器を当てられるしかなかった。あぁ抵抗が出来ない……注射のカウントダウンが、今始まった…………

「次後ろ」

「……。」

「早く」

「……はい……」

くるりと後ろを向く。早く帰りてぇ〜〜〜〜〜〜…………

「……うん、大丈夫。服下ろしていいぞ」

「ぅん……」

服を下ろしてそのまま背中を向ける。

「諦めてこっち向けよ」

先生の声は何だかイラついている。こんな成人男性が注射やだやだと抵抗するんだからそりゃそうなのだが。

「次口腔内診るから。とっとと終わらせてくれ、僕もう疲れた」

疲れさせたのは何だか申し訳なかったのでゆっくり先生の方を向く。

「……口」

「先生のえっち!」

「あ゛?怒るぞ」

「ごめんなさい許して」

必死な抵抗も効かないようだ…………

「喉見せやがれ。さもなくばこれをお前の目に」

「ごめんなさい今見せますからぁぁ」

先生はペンライトをカチカチと電気を付けたり消したりした。瞳孔測定と言われても眩しいからやだって。ごめんってば。

また大人しく口の中を見られてしまった…………

「おいお前今全医師を敵に回したな?」

「なんで!?」

の違いくらい分かれよ。こっちは仕事なんだよ」

「お見通しなの怖いよ」

「そんな口押さえて震えてたら分かるよ。あとちょっと顔触るぞ」

「せっ先生そんな」

「視診だ馬鹿!!」

「えぇん…………なんでぇ……」

何故か目のところを押さえられ……なんでぇ……

「……貧血っぽいな。ついでに採血しとくか」

「なんでぇ!?!?」

「倒れたくないんじゃないのか?最近忙しいからか?食事もちゃんとしてるだろうに珍しいな」

「えぇ……いや……そうだけど……」

「じゃあ一緒にやっちゃうから。先採血な」

「なんでぇ!?!?!?」

「インフルワクチンは接種直後に採血出来ないの。それとも日にち空けてまた来るか?」

「もう1回注射!?!?やだーーー!!!!!」

「じゃあ今頑張れ。急だけど準備してくる」

「やだやだ嫌だぁぁぁ」

「僕がするから安心しろ」

「安心出来ないよ痛いもんだってぇぇぇ」

「……。とりあえず逃げるなよ?」

そう言って先生は一旦席を外した。いつになったら帰れるのだろうか……


再び戻って来た先生は採血セットとワクチンセットを一緒に持って来た。

「俺倒れちゃうかもよ〜?」

「じゃあそこの診察台に仰向けで寝ろ」

「しないの選択肢は!?!?」

「あるわけないだろお前は」

「ひどい……」

「妊娠してるとか循環器系疾患持ってるとかだったら考えるけどな」

「じゅんかんきけい……」

最後の抵抗も効かなかった。先生は手袋をしながら「寝ろ」と無言の圧をかけている。気がする。怖……

「左腕でいいな?」

「はい…………」

「じゃあこっちを頭にして寝ろ。今すぐ。」

「うぅ……」

渋々仰向けになる。

「駆血帯巻くねー」

「やっぱやだ怖い無理無理無理無理だってむり」

「無理じゃないよー。……ここにするか」

「ここってどこぉ!?!?」

「橈側皮静脈ー」

「なんて???」

「チクッとしますよー」

「絶対チクッとじゃないでしょうわ痛い刺さってるなんかやだ痛い〜〜〜!!!!!」

「うるせぇ黙れ、痺れたりしてないよな?」

「してない……してないから…………」

「はい採れたえらいえらーい」

「棒読みなのムカつく!!!!!」

「はいはいこれで3分押さえてろ」

「3分……???」

「お前は3分。で、インフル打てたら帰っていいから」

「早く帰りたい…………」

「早く帰れたさ。お前が抵抗しなければ。」

「うぅぅ……」


3分後。

「……そろそろ大丈夫か、見せろ」

「はい……」

「うん、止まったっぽいな。じゃあ次」

テープを貼られたかと思えば直ぐに別の注射器を手にした。

「待って心の準備が!!!!!」

「大丈夫これはSCだから」

「どこが大丈夫なの!?!?!?」

「だからうるせぇな。もう打つから動かすな絶対動かすな」

「はい…………うっ刺さってる…………」

「はい終わった。絶対揉むなよSCだから」

「えす……」

「あぁ皮下注射の略。ごめん癖で」

「分かった、分かったからもう終わりだよね?帰っていい?」

「……分かったよ。採血結果はまた連絡する。もう毎年言ってるが僕を疲れさせないでくれ……」

「わざとじゃないよ……」

「そうだけどさ……せめて大人しくしてろ……」

「え〜〜だって嫌なんだもん……」

「本当に中身成人男性か???」

「そりゃそうだよ〜!終わって良かったぁ!」

「そりゃそうて……態度が思えない……」

先生は頭を抱えた。でも俺は終わったことで機嫌が良くはしゃいでいた。

「帰れ、もう帰れ……つかれた……あ、今日はもう激しい運動するなよ……筋トレもするな……」

「えぇ〜〜!?筋トレも?」

「お前のメニューは余裕で激しいに入るんだよ。やめとけ」

「えぇ〜〜……はぁい……」

「お会計いってらっしゃい」

「うん、先生ありがと〜〜!」

「おうもう僕を疲れさせるなお願いだから」

疲れた顔をした先生を眺めながら俺はドアを開け、ルンルンと気分が上がりながら診察室を出た。


*****


「あ、荒井先生!先程の患者さんですが、また定期検診のご予約が入りました。全て荒井先生にお任せしたいと」

「僕を何だと思ってんだよ…………もうやだ…………」

「……お断りしますか?」

「やりますやらせてください、あいつは僕じゃないと暴れるんで」

「???、承知しました……」


|終|



この作品はフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。また実際の診察・医療行為とは異なります。

Special thanks for アイデア出しを手伝ってくれた友達……

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