ネコと和解せよ

C-take

ネコと和解せよ

「なぁ、いい加減許してくれよ~」


 俺は、幼馴染で彼女である音子ねこに食い下がる。彼女は、一度機嫌を損ねてしまうと、なかなか機嫌が直らない。


 ことの発端は、俺がデートを当日キャンセルしてしまったこと。デート当日の朝。お世話になっているバイト先から連絡が入り、病欠が三人も出たから、急遽出勤してくれないかと打診されたのだ。


 日頃散々世話になっているバイト先。思い入れもあるので、音子には悪いと思ったが、俺はバイトの方を優先させてもらった訳である。


「しつこい~。私よりもバイト先の店長の方を優先させる彼氏の話なんて聞きたくありません~」


 音子がここまで怒っているのは、何もバイトを優先したことだけが理由ではない。助け合いの精神自体には理解のある彼女だ。単純にバイト先の状況だけを考えれば、俺がそちらを優先することを拒否したりはしないだろう。


 問題は、そのバイト先の店長というのが、えらく美人のお姉さんだということ。つまるところ、俺は彼女よりも美人なお姉さんを優先してしまった形なのである。


「だからさ~、それは何度も説明したじゃんか。俺は店長とは何もないし、そもそも店長は彼氏持ちだって」

「でも美人なんでしょ? 店長さん」

「それはまぁ、世間一般では、あの人は美人に分類されるだろうな」

「ほら」

「なのが「ほら」なのさ。俺が好きなのは音子であって、美人なお姉さんでないってことはわかってくれてるはずだろ?」


 俺の彼女である神山かみやま音子は、美人というよりは可愛い系。小動物的可愛さを誇る、我等がクラスのマスコット的存在。幼馴染という前提条件がなければ、こうして付き合えるということはなかったはず。


 そう。俺が好きなのは、店長のようなグラマー美人ではなく、守ってあげたくなるような小動物系幼馴染なのだ。


「でもデーとすっぽかした」

「それに関しては本当にごめん。だからこうして許してもらえるまで何度だって謝るし、埋め合わせ出来るならなんだってする」


 その言葉に、ピクッと彼女が反応する。


「今、何でもって言った?」


 妙な迫力。相手は小動物のはずなのに、猛禽類、あるいは肉食獣のような気配をまとっていた。


「『何でも』ってことは、『何でも』ってことだよね?」

「そ、それは、まぁ。俺に出来ることなら」


 ゴクリと唾を飲み込む俺。


 いったい何を要求されるというのだろう。まさか音子に限ってエロいことを要求してくるはずはないだろうし、金銭――いや、スイーツ食べ放題一年分とかだろうか。もしそうなら、俺のバイト代は、彼女の腹の中にすっぽりと納まることになる。


「それじゃあ、さ」


 急にしおらしい態度になった音子は、俺に向って左手を伸ばす。


「手、繋いで。恋人繋ぎ」


 何だ、その可愛らしい要求は。そんなこと、わざわざこんなシーンで言わなくてもいいだろうに。


 とは言え、恋人繋ぎをするのはこれが初めて。普通に手を繋いだことはあるが、それも幼少の頃の話だ。ここ最近は、気恥ずかしさが勝って、手を繋ぐには至っていなかった。


「わ、わかった」


 俺は、ゆっくりと右手を伸ばし、音子と手の平を重ね、それから指を絡めていく。


 手の平から伝わる熱は、彼女の平温よりもずっと高いように感じた。それくらい、熱がこもっているということなのだろう。


「これで、許してもらえるのか?」

「まだ」

「え? じゃあどうすれば――」


 繋いだ右手がグッと引かれ、俺は前のめりに姿勢を崩す。その瞬間、唇に何やら柔らかい感触を覚えた。


「音子……。今の……」


 一瞬の出来事。何が起こったのかはわかっていたが、これは彼女の口から確かめずにはいられない。


「……察しろ、バカ。本当はデートの時にするはずだったんだぞ?」


 確かに、俺はバカだったらしい。自分の彼女がここまで腹を括って計画していたのに、それをご破算にしてしまったのだから。


「ごめん。謝る内容が増えちゃったな」


 俺は、今度は自分から彼女を抱き寄せて、相手の目を見つめる。


「謝罪の意味を込めてもう一回。いいかな?」

「……そういうのは、わざわざ確認しなくてもいいの」


 夜の自室。俺は、付き合い始めたばかりの幼馴染と、初めてのキスをした。だいぶ遠回りになってしまった俺達の関係だが、今後も何だかんだ、俺は彼女に振り回され続けるのだろう。


 けど、それでいい。そんな、目を離せない可愛い音子が、俺は大好きなのだから。

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