(3)

「おい、帰ったぞ」

「巧くいかなんだか……」

 度重なる洪水で、都が、この平安京に移ってからほどなくして貴族が住まなくなった場所・右京。

 その右京に並ぶ雨露は凌げるが、冬になれば八寒地獄と化すような粗末な小屋。

 そこが龍水達の住まいだった。

 隣に住んでいるのは仕事の上での相棒である陰陽法師の猿丸。

 龍水より一〇以上若い筈なのに、顔色はいつも悪く、老人よりも腰が曲り、遠くに行くには杖が欠かせない。

 この時代、貴族以外の出身で、朝廷に仕えていない知識人……例えば医師など……は仏僧のように頭の毛を剃る慣習が有ったが、この猿丸は、その必要が無い。何故か、いつまで経っても頭の毛が伸びないのだ。

 龍水は、猿丸が行水をしている所を、たまたま、目にした事が有るが、陰毛を含めた一切の体毛が無かった。

 更に、陰茎も睾丸も幼児のもののように小さかった。

 どうやら、陰陽師として一人前になったばかりの駆け出しの頃に大きな失敗をして、このような体になったらしい。

 本人は「俺は四〇まで生きられそうにないから、その分、人生を楽しむつもりだ」と言ってはいるが、少量でも酒を飲めば酷い二日酔いになり、さりとて、女を悦ばせるのも無理そうな体なので、長い付き合いの龍水も、猿丸が何を楽しみに生きているのか、さっぱり、見当が付かなかった。

「礼は出なかった。食い物もない。酒もない。さて……ん……?」

「どうした?」

「何か……妙な……」

 龍水もまた、端クレとは言えペテン師などではない真の力を持つ修験者であり、気・霊力などの超常の力を感知する能力は持っている。

「近所で、また死人が出た」

「おい、それとは違うぞ、この気配。まるで何者かが……」

「術か呪を使ったような気配か……当然だ」

「何が起きた?」

「死体が消えた。昨日の夕刻に死んだ筈の3軒隣の鮎鮨売りの婆さんの死体が、夜が明けたら消えていた」

 この時代の合理性は現代における合理性とは異なる。

 不可解な出来事が起きた場合は、超常の存在や力の関与を仮定する事こそが、合理的だったのである。

「関わらん方がいいか?」

「当り前だ。何に使うつもりか見当も付かんが……この気配、かなり手練の術者が、何かの理由で人の死体を欲したか……さもなくば……」

「さもなくば? 何だ?」

「死霊だ。元陰陽師か元陰陽法師の」

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神探陰陽師:蘆屋道満の巻 @HasumiChouji

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