第49話

「……叔母上、これはどういうことでしょうか!?」


激しい怒りを孕んだ氷点下の声が、暗い部屋に叩きつけられる。


「ん……えっ、レナード!?なぜ私の寝室にッ……え?」


突然の大声に飛び起きたアデは、己が一糸纏わぬ姿であることに気付くと慌ててシーツを手繰り寄せ、そして隣で大の字になっている男の姿に仰天した。


「この男はなに!?り、リーは!?」

「おや、私の侍従とお楽しみだったと?」


冷え冷えとした声で問い糺すレナードに、慌ててアデは首を振る。


「そ、そういうわけではないわ!でも、さきほどまで居たはずなのよ,あの子が」

「ほぉ。だが、私が来た時に居たのは、あなたとそこの青年だけでしたよ」


硬い声で


「そ、そもそも!なぜあなたが私の寝室に無断で入って来ているの!?淑女に対する行いではなくてよ!」

「叔母上が淑女と言えるのかどうかは、この状況ではなんとも言えませんが、私を呼んだのは叔母上の侍女ですよ」

「え?」


苛立たしそうに言い放って、レナードは薄い笑みを浮かべた。


「朝になっても寝室から主人が出てこない、これまでそんなことはなかった、と。嬌声かと思って控えていたが、今思えば悲鳴だったのかもしれない。物が壊される音がして、一際大きな叫び声の後、反応がない。入室の許可を与えられず入れないが、何かおかしいから助けてくれ、と。あなたの侍女に訴えられた私がこの部屋の扉を蹴破り、ならず者退治のために騎士団を引き連れて、ここに来たわけですが」


状況を理解できていないアデに言い聞かせるように、レナードが懇切丁寧に説明する。そして、冴え冴えとした笑みを浮かべて首を傾げた。


「あなたはそこの男と睦んでいただけだ、と?」

「こっ、こんな男、知らないわ!」

「それは通りますまい。あまりにも、目撃者が多すぎる」


つまらない言い逃れはやめるように、と突き放し、レナードは怒りを込めた眼差しで仇を見据えた。


「それに……こちらの方が問題です。なんですか、これは?」

「なっ、そ、それは!」


男の脱ぎ捨てた服の間から、レナードが一枚の紙を拾い上げる。もう既にが現れて、アデは明らかに動揺を見せた。


「なぜあなたは、皇帝を飛び越して、直接帝国へ便りを送ろうとしているのですか?さらにこの内容は……口にするのも悍ましいが、これは、叛逆の証拠となりますよ」


淡々と突きつけるレナードに、アデは美しい顔を歪めて叫んだ。


「お前、私を嵌めたわね!?」

「は?何を仰るのですか?」


微塵の動揺も見せないレナードを、頭に血がのぼったアデは真っ向から睨みつける。


「リーを使って、私を陥れたのでしょう!?リーを出しなさい!」

「そのリーは、先ほどから姿を見せません。あなたが使っているのかと思いましたが」

「え?」


明らかに苛立ちを露わにしたレナードが吐き捨てた言葉に、アデは固まった。憎々しげに睨みつけてくるレナードからは、本気の苛立ちと怒りが感じられた。


「私の侍従のはずのあの男が、城の中のどこにもいないのですよ。この城から抜け出した記録もない。何か、ご存知なのでは?」


アデの頭の中でかちりとピースがはまり、紅の唇から震える答えが転がり出た。


「まさか……ぬ、けみち、から……」


昨夜の情事の際に自分が口走ったことを思い出し、アデは戦慄する。アデは、この城が戦場となった場合の抜け道を教えたのだ。万に一つもあり得ないが、レナードに負けたらそこから逃げ出して再起を図れば良いと。


「ははっ、外部の者にそんなことまで教えたのですか?皇国の叡智と呼ばれた貴女が、落ちぶれたものですね」


自分が入れ込んでいた男の裏切りを理解して、呆然とするアデに、レナードはあからさまな嘲笑を向ける。そして、心底うんざりとした様子でため息を吐いた。


「まったく……南の王国からの紹介と聞いたので、雇ったというのに。とんだことになりました」

「南の…!?帝国の子ではなかったの!?」


驚愕して顔色を失くすアデに、レナードはつまらなさそうな顔で首肯した。


「ええ、南の王国の貴族が後ろ盾と聞いていますよ」

「あぁ……では、では、まさか」


どんどんと顔色を真っ白にしながらぶつぶつと呟くアデに、レナードはくすりと笑った。


「ええ、おそらく私も同じ考えですよ」

「え?」


ぎくりと肩を体をこわばらせるアデに、レナードは完璧な笑顔を見せた。


「南の王家は、叔母上を切りたかったのでしょうね」

「っ、な」


息を呑むアデに、レナードは輝かんばかりの晴れやかな顔で朗々と告げた。


「春の宴では。南の王家も、余計な面倒を引き起こす人間とは縁を切りたかったのでしょう。当然の判断ですね」

「し、知らないわ!濡れ衣を着せるのはやめてちょうだい!」


クスクスと笑うレナードに、アデが必死に否定する。だが、アデの味方など、この場には一人もいない。すでに謀反の疑いで、アデの信者達は捕えられた後なのだから、


「それはこれから調べれば分かることでしょう。……拘束して連れて行け」

「はっ」

「いやっ、いやよ!やめなさい!私は皇族よ、手を触れてはなりません!」

「あなたは既に皇族ではない」


愚かなアデの発言を、レナードは真冬の北峰の氷よりも冷たく切り捨てた。


「降嫁したあなたは、既にただの一貴族に過ぎない。皇族としてではなく、ただの貴族として、私はあなたに対処しましょう」


皇族らしい美しい微笑を湛えて、レナードは醜く足掻くアデを見下す。


「薔薇の女神と呼ばれた方が男の欲望の残滓にまみれながらひっとらえられる……惨めなことですね」

「やめ、やめなさいっ!私は嵌められたのよ!」


ねっちょりと下半身を汚したまま、廊下に引き摺り出されるアデに、レナードは嫌悪感を示して吐き捨てる。


「負け犬の遠吠えがうるさいことだ」

「なんですって!?」

「ははっ、言葉通りですよ。これで、私もゆっくり眠れそうです」


レナードの笑い声に押し出されるように、アデが目の前から連れ出される。ガチャリと取り調べのための地下牢へ続く扉が閉められ、その場に静寂が戻った。


「さて、これから忙しくなるぞ。みんな、よろしく頼む」

「はっ」


レナードの朗らかな声に、その場に集まった騎士達が使命感を胸に敬礼する。


「皇国に害なす女狐を、徹底的に叩くのだ。禍根を残さぬようにな!」

「はっ!」


レナードの輝く金髪が、シャンデリアの下で清らかに輝く。彼こそが夜を司る悪の女神を討つ、光の勇者に相応しい。そう誰もが思ったことだろう。


「……レナード様も、名役者なこと」


そんな喜劇のような一幕をケイトは騎士に紛れてのんびり観察していた。

何もかもあっさりと、大変うまくいったものだ、と満足しながら。

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泥まみれの宝石〜潔癖皇子に恋した奴隷〜 燈子 @touco_

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