第48話

「あの女狐は、美しいものに目がない」


辺境伯領への道すがら、レナードが言った台詞だ。


「享楽的な愚か者であれば良かったが、なまじ目端が効いて能力が高いから、手に負えないんだ」


大きなため息ともに、レナードは指を折って数え上げる。


「美酒、美食、美しい宝玉、美しい男、美しい己。あの女の興味は、それで全てだ」


不愉快そうなレナードの言葉は、自身の叔母に対する嫌悪に満ちている。


「国のためではなく、未来に美しく己の名を残すために、あの女は帝位に舌舐めずりしているんだ。……叔父上との間に子がなく、あの人の血を引く人間がいないことが唯一の救いだ。もしいたら、確実に俺はもっと早い時期に、消されていただろうからな」


そう笑うレナードの言葉に真剣な顔で頷きを返しながらも、ケイトは心の中で驚きを禁じ得なかった。

レナードが意識しているのかいないのか分からないが、きちんと自分ケイト使としていることに。

そして、心の中でストンと何かが腑に落ちた。


なるほど。

あぁ、そうか。

自分には、自分の美しさには、そういう使もあったのだった。


そう再認識して、ふわり、とケイトの顔に自然な笑みが浮かぶ。


だから自分が連れて来られたのだろう。

あの堅物のエリックでは、なく。


そして、だからこそあの堅物のエリックは、レナードがケイトを連れて行くことに同意したのだろう。

あの堅物のエリックには出来ないことを、自分ならば出来るから。




美しいものに目がない享楽主義者。

己を強く賢く偉大であると勘違いしている愚かな権力者。

それは、これまで相手にしてきたのと同類の、ケイトにとってはひどくだ。

ハレム仕込みの手練手管を使えば、女狐一匹、堕とすのは容易だろう。

そしてきっと、それが一番早くて確実だ。


辺境伯領で事を荒立てることなく、を堕とすことが出来れば、最善なのだから。


レナードに例え、ケイトはそう判断した。

自分がこれまで重ねてきた経験が、レナードの役に立つ。

レナードがケイトの過去をどれほど悲しみ忌むべきモノと考えていたとしても、その過去があるおかげで、ケイトはレナードの役に立つことが出来るのだ。


それは確かにケイトにとって救いであり、希望であり、胸の中に湧き上がったのは高揚感と、まぎれもない歓喜であった。






だから。

ケイトは実行したのだ。


それだけの話だ。


そして、片田舎の皇国の皇位争いにすら敗れた女は、やはり他愛無かった。






「……こんなことまでしろと、誰が頼んだ」


寝台の上で何度も絶頂を極めた挙句、気絶したように眠るアデ。

そして、その横には彼女に心酔する年若い貴族の男。

泥酔しているらしい男の下半身は丸出しで、白濁液が陰部にこびりついていた。


「この男は、ウェルズリー子爵の嫡男だろう?なぜこんなところにいる?……こいつの実家は、かなり遠いはずだが」

「あぁ、アデ様の信奉者からなる親衛隊のお一人ですよ。数日前に実家からこちらに戻ってらっしゃったらしく、最近はよくお茶に招かれてらっしゃいました。お顔がよろしいので」


嘲るように言って、ケイトは寝台に転がる男を眺めた。間抜けな格好で目を閉じていても伝わる美形の青年である。アデのお気に入りだった。


「……冤罪を、作り出したのか」

「おや、不思議なことを。……レナード様は、情報と、証拠を、お望みだったのでは?何か御心に違うことがございましたか?」

「だが……」

「はぁ、まったくお優しいことでいらっしゃる」


硬い表情のレナードに、ケイトは苦笑して肩をすくめた。


「この男はアデ様のお言葉があれば皇帝を弑すと高らかに宣言されておりましたので、反逆罪を問うことも可能です。御心を痛める必要はございません」


彼の実家は帝国と近い位置にあり、帝国と通じる人間としては、最適だった。だからケイトに選ばれた。けれどこの男はアデに心酔し、レナードと皇帝を己の剣で刺し貫いてみせると嘯いていたのだ。死んで当然の男である。


「さて、レナード様。これで出来上がりましたよ?皇妹が、あろうことか帝国と通じて皇国の転覆を図り、帝国の属国に成り下がっても己が皇帝とならんとしたという証拠が。しかも……偽物のスルタンの御璽に騙されて!見比べれば御璽が偽物であることなど簡単に分かりましょう。こんな、帝国に聞かせられるものでもありませんし、皇国内でしてしまうしかありません。処刑は無理でも、病を得て皇族の職務を果たせなくなりご療養となるのも、頃合いを見てご逝去して頂くのも、容易では?」

「お前……」


朗々と歌い上げるように、この後の道筋を予定してみせるケイトに、レナードは苦々しい顔を見せた。


「後で、話がある」


何を怒っていらっしゃるのやら。

険しい顔つきでケイトを見るレナードの甘さを嗤うように、ケイトは囁く。これが最速にして最善の方法であったという確信と共に。


「ほら、早くお動きください。そろそろ叔母上がお目覚めですよ?」



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