聴こえないメロディー

犀川 よう

聴こえないメロディー

 夏休みもあと数日。

 宿題である作文が終わらぬ小六の少女は、母親にブツクサ文句を言いながら取材を試みている。作文のお題が「身内の意外な一面」であるからだ。

「あのさぁ。ママって何か意外な一面とか、そんなのないよねぇ?」

 小ばかにしたような娘の物言いに、母親は腹を立てることなく、それどころか顎に人差し指をつけ、しなっと身体をくねらせながら考えるフリをする。

「……そうねえ。娘ちゃんにはまだ早いと思ったから、言ってなかったけど」

「けど?」

「ママはね。この夏までね」

「うん」

「 売れっ子Vtuberなの」

「え?」

「あら、知らない? Vtuber」

「いやいや、知ってるし。つか、そこじゃなくって。え? Vtuber?」

「そうよ」

「Vtuberって、だってママ、ママの声ってダミ声じゃん! あんな声優みたいな声じゃないじゃん?」

「甘いわね。最近は声もデジタル加工できるから、ママの声も可愛い女の子の声で放送されるのよ?」

「え、絵面も声もバーチャルって、もはや全部Vじゃんwww ママの意味あるの?」

「馬鹿ねぇ。ダンスはちゃんと、モーションキャプチャーしているのよ。だから、あれはママのダンスなのよ」

「いやいや、こんなところでそんな事実を持ち込まれても困るし。第一、クラスのみんなや先生が信じるわけないし」

 混乱気味の娘に、母は「仕方ないわねえ」とわざとらしく咳払いする。

「じゃあ、踊ってみせるわね」

 そう告げると、母親はダンスを開始する。

「え? え? ちょ、ちょっと待って! そのダンス! Vtuberっていうか船長の曲じゃないのwww 待ってwww ママのダンスを見ていると、音楽が流れていないのに、聴こえないメロディーが聴こえてくるwww うはwww マジモンなのwww」

「もちろん船長ではないんだけどね」

 母親はダンスをやめると、娘の肩に手を乗せる。

「ごめんね。今までなかなか家にいなかったり、部屋に籠って配信してたりして、淋しかったでしょう」

「いや別に、っていうか、配信してたんだ。小説書いていたんだと思ってた」

「でもね。安心してちょうだい。これからはずっと、娘ちゃんと一緒にいられるからね」

 ニッコリとする母親に、まだ事態が上手く呑み込めない娘は真顔で問いかける。

「どうして、これからはずっと一緒なの?」

「だって――」

 母親はスマホから自分のVtuber姿を見せる。

「ママはね。この28日で引退だから」

「うちのママ、湊〇くあだった!(白目)」

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聴こえないメロディー 犀川 よう @eowpihrfoiw

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