13.終わったなんていわせない

「おわったよ」


 床でうずくまる佐藤くんに声をかける。


「ど、どうなりました?」


「ほら」


 影人の死体があった場所を指すと、先ほどまで横たわっていたはずの黒い塊が消えて、代わりに大量の黒い砂が落ちていた。


「あれ?」


 おそらく、死体が砂に変わったのだ。どういう仕組みかはわからないけれど、きっとそういうものなのだろう。


「どうします?」


 上体を起こした佐藤くんが、不安げに尋ねてきた。どうするかという問いは、このまま先に進むのかという意味だ。階段を塞いでいた影人が消えたのだ。この機会を活かして地下の探索を続けたい気持ちはあった。


「いや、帰ろうか」


 そう口にすると佐藤くんはホッとした顔をして、その表情を見て、なぜか私も少しだけ心が楽になった。


 一度引き返して、再びここに戻ってきたとき、別の影人が現れないとも限らない。立ち入るために形を変える迷宮なのだ。それくらいの不思議は起こる想定は必要になる。


 しかし、体力も気力も限界だった。影人に身体を締め付けられ、床に叩きつけられた佐藤くんはもちろん、私もけっこうギリギリだ。このまま探索を続けても、何か成果が得られるとは思わなかった。


 もし影人が復活したり、他の個体が出てきたりしても、たぶん大丈夫だ。一度できたことは二度できる。また倒せばいい。


 ぐったりしている佐藤くんに手を差し伸べて、どうにか立たせる。


「大丈夫? 歩ける?」

「はい。なんとか」


 帰るだけなら何とかなりそうです、という佐藤くんを「そうやって油断したときが一番危ないかもね」と脅すと、 本気で怯えてしまって、何だか申し訳ない気持ちになった。


 軽口を叩く余裕がないみたいだ。私も別に余裕があるわけではない。むしろ冗談を言って気を紛らわせたかった。佐藤くんに気付かれないように、どうにかごまかしているけれど、先ほどから手足の震えが止まらない。


 帰りたい。帰らなきゃ。帰るのだ。


「よし、行こう!」


 努めて大きな声を出す。


 ようやく帰れるのだ。架神教授が残したノートに書かれたことが正しければ、これで怪奇現象に悩まされることはなくなるはずだ。部屋にいつ影人が侵入してくるか怯えて震える必要はない。


 影人のいなくなった地下は、気が抜けたような雰囲気だった。別に何かが変わったわけでもないのに、それまで充満していた悪い気のようなものをまったく感じなくなった。


 得体の知れない何かに遭遇することはなく、無事にエレベーターに辿り着く。


 二人で乗り込むと、どっと疲れを感じて身体から力が抜けた。


 エレベーターが地下一階に着くと同時に、どこかから、カラン、と金属の音がした。


 見ると床にナイフが落ちている。迷宮の物品は、外に持ち出せないはずだ。前回脱出したときは、リュックも中身も全て消えてしまった。


「これが戦利品ってこと?」


 ――ひとつだけ持ち帰れる。


ノートに書かれていた文言を思い出す。そして佐藤くんのおじいさんが言っていたという『財を成す』という言葉も思い出した。あの迷宮から持ち出したのだ。きっとこのナイフは何か特別なものなのだろう。もしかしたら、強烈なお守りになるかもしれない。


 ナイフを拾い上げて、エレベーターから外に出る。


 廊下に置いていくわけにもいかないけれど、リュックがないので、ナイフをしまう場所がない。ポケットに入れるのも怖かった。


「どうしよう?」


 佐藤くんは少し困った顔をしてから、着ていたシャツを脱いで、それでナイフをくるんでくれた。おお、持つべきものは、機転の利く後輩だ。これで帰宅途中に職務質問をされる可能性がぐっと減る。


 この日私は、人を殺した経験と、ナイフを手に入れた。重すぎる荷物は、もう二度とおろせない。




File001. ―完―

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解いたら死ぬ謎 ~超常迷宮探究記録~ 能登崇 @nottawashi

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