12.成長なんてものではない


 非力な私でも、身体ごとぶつかっていけば、それなりの力になる。


 ナイフは影人の黒い身体にしっかりと突き刺さった。


 その身体のやわらかさ、あまりの抵抗のなさに、なぜだか笑いそうになる。


 ずぶ、ずずずずずずずずず。


 ずずずずずずずずず。ずずずずずずずずずずずずずずず。


 ずずずずずずずずずずずずずずずずずず。ずずずずずずずずずずずずずずずずず。


 人を殺すと、手が温かくなる。


 知らなかった。


 私の手と腕は、ナイフを先頭に、影人の身体を切り開いて、血にまみれ、肉に沈んでいく。


 殺人とは、恐ろしい行為だとばかり考えていた。


 こんなにあたたかく、満たされるとは思っていなかった。


「サトーくん、いま助けるからね」


 自分でも不思議なくらい、やさしい声が出た。


 声だけ聞いて、私が何をしているか当てられる人など一人もいないだろう。


 手応えが変わった。力を込める。何かが抵抗している。力を込める。何かが抵抗している。力を込める。抵抗が弱くなった。さらに力を込める。ナイフをひねる。抵抗がほとんどなくなった。ナイフを引き抜く。何も感じなくなった。


 影人の身体から吹き出す血を見て、やはり人間だったと確信する。赤い血は人の証だ。


 恐怖にとらわれずに、正体を見極めることができてよかった。そうでなければ、佐藤くんが殺されてしまうところだった。


 あたたかな血を浴びながら、佐藤くんを見上げる。


 影人は力を込めていた手をゆっくりと緩めると、佐藤くんを解放した。


 ぐったりと力の抜けた佐藤くんが床に叩きつけられて「ぐふっ」と苦しそうな声を出した。


 ぽたぽたと血の滴る音がする。


 大量に流れ出た血は、低い方へ、つまり階段の下へと流れていく。


 傷を負った影人は、哀しそうな顔で自分から流れていく血を見ている。


 そっちには行きたくないのに。


 声なんて発していないけれど、そう言っているように聞こえた。


「ごめんね」


 謝って許してもらえるなら、いくらでも謝ろう。


 でも、命を奪っても許されるほどの価値が、この謝罪にあるとは思えなかった。


 影人は巨体をゆっくりと横たえる。


 息をしているのかはわからないが、身体が一定の間隔で波打っている。


 そしてその間隔が徐々に開いていく。


 影人はやはり人間だった。ナイフで刺せば死ぬという予想は当たっていた。


「やったよ、佐藤くん」


 せっかく助けてあげたのに、佐藤くんは、化物を見るような目で私を見る。


 こんなに簡単に人を殺せてしまうなんて、私はもしかしたら、人間じゃないのかもしれない。

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