11.殺人なんてしないはず
学食での会話から三時間後、私たちは再び地下迷宮に潜っていた。
目的はひとつ。影人を倒して、さらに奥に進むことだ。影人を倒そうという私の考えに佐藤くんは賛同してくれなかったけれど、私が一人でも行くと言うと、それはさせられないとついてきた。
「じゃあ、地下迷宮の奥にいるかもしれない、架神教授は見殺しにしていいっていうの?」
「そんなことは言ってません!」
「言ってるのと同じじゃない!」
私たちは命の選択を迫られている。トロッコ問題のように、空想上の命ではない。架神教授の命がかかっている。目の前の怪物を殺さなければ、大切な人を助けられないのだとしたら、多くの人は怪物に立ち向かうことを選ぶだろう。
私の発想を佐藤くんは「とんでもない」と断じたが、むしろありきたりで自然なものだと思う。
架神教授と影人の命を天秤に乗せるのであれば、秤は当然架神教授に傾く。影人には思い出も、思い入れもないからだ。
「そんなに言うなら、ぼくがやります」
教授室からリュックを持ち出して、再び地下に向かった。もしかしたらリュックが増えているのではないかと思ったのだけれど、教授棟の部屋は昨日立ち去ったときから変化はなく、私が持ち出した分だけリュックは減っていた。
二人でエレベーターに乗り込んで、再び地下に赴く。
佐藤くんの話では、出入りするたびに地形が変わるとのことだったけれど、ぱっと見た感じでは違いはわからなかった。そもそも、同じような壁と同じようなドアが延々と続く地下迷宮は、どんなに歩いても光景が変わらないのだ。
「じゃあ、行きますよ」
ロープをエレベーター近くの金具に結びつけて、もう一端を自分たちの身体に巻く。道しるべの必要性は前回痛感したばかりだ。
「とりあえず、階段を見つけましょう」
ナイフを片手に持ちながらおそるおそる通路を歩く。今のところ、影人以外の化物には遭遇していないけれど、他に何が出てきてもおかしくない。
エレベーター前に落ちていた棒にナイフを括り付けて槍をつくろうとしたが、棒が長過ぎてエレベーター内に持ち込めないとわかり諦めた。
ナイフで攻撃するためには、どうしても相手に近寄る必要がある。自分よりも二倍ほど身体が大きくリーチも長い影人を相手にするには、ナイフだけでは心許ないかもしれない。
自分の部屋すら安全ではないという状況を一刻も早く打破したくて、あまり準備もせずに地下に突撃してしまった。今更ながら後悔の念が湧き上がってくる。いや、そんな気弱なことを言っていてはだめだ。守りに入ったら消耗するだけだ。まだ気力があるうちに道を切り開くべきなのだ。
自分に言い聞かせながら、左手に持った懐中電灯で暗闇を照らして先へ進む。
「階段、まだかな?」
「結構歩いてきたんで、そろそろあってもおかしくないと思いますけど……」
私たちの会話を聞いていたみたいに、角をひとつ曲がると唐突に階段に行き当たった。
二人で顔を見合わせる。
だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん、だん。
足音だ。
「のぼってくる!」
逃げよう、と提案する佐藤くんに対して、首を左右に振って答える。ここで逃げ出しては、なぜここに来たのかわからなくなる。
私は先に進まなければいけないのだ。
佐藤くんがおじいさんの記録を解読するのをのんきに待ってなんていられない。思いついたことを試し続けるしかない。
階段をのぼりきった影人と正面で対峙する。私の数歩後ろにいる佐藤くんが息をのむ音が聞こえた。影人は、頭が大きく、身体が細い。バランスの悪い形をしているせいか、体幹が妙にふらふらしていて、行動が予測できない。
懐中電灯を床に置いて、両手でナイフを持って構える。
ナイフの輝きが目に入ったのか、影人が目のない顔でこちらを見る。
「あぶない!」
まったく振りかぶる様子も見せずに、影人が手を伸ばしてきた。とっさに左に跳んで避けると、私の後ろにいた佐藤くんが巨大な手に捕まってしまう。
「あああ!」
「ちょっと、何やってるの? 大丈夫?」
「あああああああ!」
手に掴まれた佐藤くんは叫び声をあげる続けて意思の疎通がとれない。前回と違って影人は最初からこちらに敵意がある。身体の傷は消えているけれど、佐藤くんが斬りかかったことを覚えていて、怒りをぶつけているように見えた。
影人は佐藤くんの身体を握りしめたまま、手を上に掲げ、佐藤くんの天井に頭を擦りつけている。
たぶん、外に出たがっているのだ。外から来た私たちなら、天井を超えて、その先に行けると信じている。それくらいの知能はあるのかもしれない。
「
「
「
影人は、何らかの言葉らしき不快な音を繰り返す。このままだと、佐藤くんの首が折れてしまう。
「ごめん、何て言ってるか、わからないんだ」
影人が人間だとすれば、言葉を理解することで意思の疎通がとれるようになるかもしれない。しかし、今はそんなことをしている時間はなかった。
私は両手でナイフをしっかりと持ち、お腹の前で構えたまま、目の前の黒い身体に飛びついた。
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