兄の決意

「勇者殿、この後に及んでまだ諦めないのですか」


「俺を勇者と呼ぶな」


 自称護衛係の騎士が俺に苦言を呈するが、実際のところは、こいつらは護衛なんかじゃない。奴隷の見張り役だ。奴隷はもちろん、俺のことだ。


 この世界に無理やり召喚されてから2か月。地獄のような日々だった。


 拉致された俺は、この忌々しい首輪をつけられて、勇者と呼ばれるようになった。魔王を倒すものとして役割が与えられて、従わなければ脳を犯される。


 気が狂いそうだった。


 何度抵抗してもダメだった。耳に指を突っ込んで、入って来れないようにしても、鼻から入ってくる。鼻と耳を塞げば口から。呼吸を我慢しても、俺が耐えられなくなってほんの少しの隙間で呼吸しようとした途端、隙間を広げてぬるりと口腔に侵入し、脳へと昇ってくる。


 首輪から引っこ抜いてやろうとしても、滑りを帯びた管を容易に掴むことが出来ない。なんとかして掴んでも、首輪の中に収まっているとは到底思えない長さだ。2メートル程度抜き出したところで、首を長い管で締め付けられて気を失った。


 それでも、俺は抵抗を続けた。


 物理的に拒否できないのであれば、意思の力で耐え切ってやると。


 無駄だった。


 俺が魔王の討伐に否定的な態度を取ったり、意志を持ってそれを実行しようとすると、感じ取った首輪が俺の行動を操作しようと、管を伸ばす。


 耳に管が触れた瞬間に、ぬるりとした感触が、皮膚を撫でる。物理的な妨害をしない時、こいつは敢えてゆっくりと、俺の耳を犯していく。


 先端が入り口に触れ、撫でるように一周すると、ゾクゾクとした快感が首筋から昇ってくる。そうなってしまえばもう抵抗はしない。出来ないのではなく、したく無くなってしまう。どんなに意志を保とうとしても、抗えない。ぬぷぬぷと、音を立てながら外耳をゆっくりと進み鼓膜まで到達すると、どんな方法を使っているのか知らないが、鼓膜を突破してさらに奥へと侵入する。


 そこから先はあまり覚えていないが、俺は醜態を晒しているのだろう。俺の傍にいるレナがいつも泣き崩れているのを見れば分かる。


 拉致されて3日で、俺も、レナも、従うしかないのだと悟った。


 だが、諦めたわけではない。


 この世界には、魔法や、スキルがある。


 まるでゲームのようなこの世界で、俺は奴隷のような扱いを受けてはいるが、勇者らしい力を持っていることもまた事実だった。


 あらゆる身体能力が、常人よりも優れていること。スキルと呼ばれる特殊能力を得たこと。


 俺に限らず、レナもまたそうだった。何もない空中から炎や氷を生み出すことが出来るようになった。


 魔法なんていう不思議な力があるんだから、この、まるで呪われた装備のような首輪を、壊したり、解呪したりする方法だってあるかもしれない。


 そして元の世界に帰る方法だって、あるはずだ。


 俺とレナがこの世界に召喚される時に足元に広がった光、後から思い返してみればあれは魔法陣だった。つまり俺たちは魔法でこの世界に召喚されたということになる。であれば、送り返すことだって可能なはずだ。


 ならばその方法を見つけ出して、呪われた首輪を外して、この狂った世界から抜け出して見せる。必ず。


 俺たちにとっての唯一の希望で、奴らの誤算は、俺が1人じゃなかったことだ。


 勇者適正のある俺に、レナが巻き込まれてしまったことは胸が痛いが、俺1人であれば、企みは全て首輪に見破られ、抵抗が出来ない。帰還の可能性はゼロだった。だがレナがいる。レナは首輪をつけられていない。だから奴らにバレないように内密に、首輪の無効化と帰還の手がかりを探ることが出来る。


 ひとまずは、首輪の無効化方法を探さなければならない。


 俺が魔王を倒したとしても、用済みになった俺を王国の奴らが真面に扱うとは思えない。こんな首輪をつける外道だ。他国との戦争に利用され、最後には殺されるだろう。


 今の俺に出来るのは、魔王を倒さずに時間を稼ぐことだ。レナが策を練る為の時間を。


 俺たちは必ず、元の世界に帰ってみせる。




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転移したら呪われた装備を渡されて不意に脳クチュされるので魔王ヲ倒シマス スケキヨに輪投げ @meganesuki-

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