新たな英雄

「それで? それでその村人はどうなったの!? 誰だったの!?」


 愛娘まなむすめからの熱烈な問いに母親は頭をかく。

 やはり娘は寝付かなかった。

 気付けば布団に入るようにせがまれ、ずいぶん長く話してしまった。

 どうしたものかと考えていると、ぬっと影が落ちてきて。


「ライラ、代わろうか」


 男が──夫が覗きこんでくる。


「あら」ライラはフフッと微笑み、娘へ言う。「ほら、名も無き英雄さんご本人よ」

「えっ!」


 娘が笑顔で振り返る。するとそこには見知った父の顔があり。


「なぁんだ、おとうさんじゃん」


 肩透かたすかしを食らったと笑顔がしぼんでいく。


「ふふふ、そうねえ、ふふ、お父さんよねえ」


 ライラはニコニコと笑う。


「……ライラ? なんの話だ?」

「ちょうど昔の話をしてたのよ。昔の、私たちの話を。あなたが名も無き英雄なんて呼ばれるようになったおはなしを」

「…………よしてくれ、恥ずかしい」

「あら。照れてるの? べつにいいじゃない。あなたは立派なことをしたんだから」

「けどなあ」

「もう、胸を張りなさい。私はあなたを誇りに思っているんだから」


 わかったよ、と名も無き英雄は肩をすくめた。


「それで、俺たちの可愛いかわいい娘は、なんて?」

「見ての通りよ」


 ライラは娘の頬をむにっとまむ。娘は、柔らかい頬がもっちりと変形するのも気にせずに言う。


「ねえ、おかあひゃん! おとうひゃん! それで続きは? その英雄はどうなったの?」


 再び目を輝かせる娘のほほえましさに二人は頬をほころばせる。


「だって、お父さん。どうなの」

「そうだな──続きは明日にしよう」

「えーっ! やだやだいま聞きたい!」

「明日も話そう。その明日も、そのまた明日も、ずっと話そう。大丈夫、この話はずっと続いているんだ」

「ほんとう? そんなの、嬉しすぎるじゃん!」


 ウキウキと興奮してはしゃぐ娘。その頭がそっと撫でられる。


「ああ。ずっとずっと話してやるからな。そうやっていつか、お前も誰かに話してやるんだぞ」

「わたしも?」


 娘がキョトンとする。


「そうだ。きっと誰かが目を輝かせて聞いてくれる。お前の、お前だけの物語を」

「ほんとに?」

「ああ、本当さ」

「ねえ、おとうさん。わたしもなれるかな。名も無き英雄に」

「なれるさ」


 娘の言葉に、真っ直ぐ返す。



「──誰もが名も無き英雄なんだから」



 窓の外。

 夜の空を流星がひとすじ引っ掻いた。

 光る傷痕が闇に消えていくのを静かに見届けた。それから別の星が夜空を駆けた。あとからあとから追いかけるように、軌跡きせきはいくつも続いてゆく。

 いつまでも。

 いつまでも──……





 名も無きあなたへ捧ぐ。

            敬具









_______

最後までお読みいただきありがとうございました。

「面白かった」と思っていただけましたら「☆☆☆」→「★★★」にして評価していただけますと次回作の励みになります。


 感想などもお待ちしております。

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