第17話 聖なる夜にシュークリーム (凊冬冴・高殿波留)

【西暦2024年@地球】


 12月25日。それが今日の日付で、

 市立紅玻璃べにはり中学校生徒会室。それがわたしの現在地だった。


 わたしは凊冬すずふゆさえ紅都こうと立高校付属中学校二年生、生徒会副会長。そしてわたしがなぜここにいるのかというと、『羽里町はりまち(わたしの住んでいる町だ)合同中学校研修会』なるものに学校代表として参加させられているから、である。


 わたしの上司兼話し相手である生徒会長の羽城はじろうぐいすちゃんはいないし、書記の大野おおの弓里ゆうりちゃんはメモ帳にペンを走らせていてとてもわたしから喋りかけられる雰囲気ではない。

 すなわち。


 わたしはぼっちである。


 せっかく合同研修会なんてのに来たんだから親睦を深めるべきだとは思うが、わたしはもともとそれほど明るいほどではない。初対面の相手に話しかける、なんて芸当はとてもできないのである。さっき紹介を受けたとはいえ、万が一名前を間違ったらどうすればいいのだ。赤っ恥どころではない、黄色っ恥も青っ恥もいっぺんにかいてしまう。


 そんな風にわたしが机の表面と対話でもするようにつらつらと考えていると、長机の向こう側から誰かが話しかけてきた。


「やーっ! 今話しかけてもいい?」


 気の強そうな目元。二つにくくった髪。会議の間中眠そうにしていた、紅玻璃あかはり中学校の生徒会長さんだった。


「私っ、高殿たかどの波留はる! 冴ちゃんは都立の子でしょ? やっぱり都立って市立と違うのか?」


 言葉一つ一つにスタッカートのついているような喋り方をする人だ。


「……中学から高校に上がる際に受験が無いので」


 わかり切ったことを言ってしまった。


「おうおう、そうだよねぃ。あぁやだなー、私も一年後に受験じゃーん」


 ノリのいいひとだ。さっきからわたしは置いて行かれている。


「それはそうとさっ、冴ちゃん。この後時間あるっ?」

「え。ありますけど」

「じゃー私に付いてきてねっ。約束だよっ」


***


 付いてきてしまった。


 こういうところで人に流されるのがわたしの良くない癖で、それを克服しようと思ったからこそわたしは今日紅玻璃中学校にいたはずなんだけど……。


「おぉー。奇麗だねっ、冴ちゃん」


 隣で目を輝かせている彼女の勢いに飲み込まれっぱなしでいる。


「どうした? ……つまらなかったか?」

「いえ、そうではないんですけど」

「タメでいいよぉん。考え事?」

「——そんな感じ」


 何でわたし、今日初めて会った人と一緒に駅前でイルミネーション見てるんだろう、って。それだけ。


 わたしの身長をはるかに超える背の高いツリーと、巻き付けられた色とりどりの電飾。プロジェクターのような何かがぐるぐると回って床にも光が映され、駅前はまるで光の雨が降るようだった。


「ここの駅のイルミ毎年人気なのねっ。それで私、一人で見るの寂しいなって」


 ご自分の学校の人を誘えばよろしいのに。とは言わず、


「だからってわたし?」

「うんっ。——冴ちゃん、何で生徒会に入ったんだ?」


 立って並んでみると、高殿波留はわたしよりも少し背が低かった。その双眸から放たれる鋭い視線に頬の辺りを射抜かれる。


「……わたしは……何か大きいことがしたくって」


 今までの自分とは違うんだ、ってこと。これからわたしはこうやって生きていくんだ、って言うのを示したかった。文化祭までみたいに、『これでいいや』って流してなあなあに生きていくんじゃなくって、きちんと自分を律していく、っていうそういうスタンスを自分に示したつもりだった。


 でも、それっぽちで人が変われるわけなんてないんだ。


 わたしは結局どこまで行ってもわたしだ。今日の研修会で一度もろくに発言できていないのがその証拠だった。


 文化祭でああいうことがあって、わたしは心機一転しようと思っていたのに。


 結局駄目だった。


 羽城うぐいすちゃんは積極的に手を挙げていたし(最もそれは向かいに座って居たイケメンくんが目当てかもしれない)、大野弓里ちゃんだって数度はきちんと意見を言っていた(すべて図書館に関してだった)。


 情けないのはわたしだけだった。


 わたしの尊敬し敬愛する先輩だったのなら、きっとこうじゃないんだろう。もっと立派にいろんなことをやって見せるんだろう。

 わたしはまだまだ、少しも追いつけやしない。思っただけでは変われやしないなんてことわかっているけれど、遥か先の見えもしないゴールを追い求めるのは、わたしにとって少し辛かった。


「夢あっていいねぇっ。私は、全校生徒と友達に成りたかったんだっ」


 どう考えても高殿波留の夢のスケールが圧倒的に大きかった。


「富士山の上でおにぎりでも食べるの?」

「それもいいねっ。冴ちゃん、うちの学校市立三校の中で何て言われてるか知ってるか?」


 市立三校——羽里町周辺の三つの市立中学校を指しているのだろう。しかし都立の人間で、なおかつ市立に友達の居ないわたしには難しい質問だった。


霧園きりぞのは『秩序の霧園』。これは最近赴任してきた先生に由来してるらしいなっ。紺玻璃こんはりは『自由の紺玻璃』。結構やんちゃしてるコが多いからなっ。それで——『友愛の紅玻璃』ってわけなんだよっ」


 友愛。

 友達百人。


「……高殿波留がやったの?」

「私一人ってわけじゃないねっ。でも私は一年から生徒会だったからねっ」


 すごいしょ、と高殿波留がはにかんだ。イルミネーションが髪の毛に映っていた。


「そういうわけでいろんな人と話すんだけどなっ。やっぱみんな色々悩んでるんだっ」


 進路とかー、勉強とかー、恋愛とか? と高殿波留は指を折った。拳の形になった手をわたしに向かって突き出す。


「完璧な人間なんて居ないねっ」


 みんな均等にやな奴で、均等にいい奴なんだと高殿波留は言った。


「私だって嫌いな人間だっているぞっ」


 ……へえ。全校生徒と友達になるような人間は博愛主義者さんなのかと思っていたけど。——先輩のように。


「まーでもなっ、話してみれば意外と悩みってのは何とかなるもんだっ。——だからな、冴ちゃん。私に言って見なっ」


 ドン、とさっきの拳で高殿波留は自分の胸を叩いた。


 その姿を見つめて居られなくなって目を逸らしたのはわたしだった。一番初めに目に入ったのは床のタイルで、沢山の人が踏むのに奇麗だなって思ってから周りを見渡した。

 容赦ない光に人々が照らされる。家へ帰るのかな、足早に歩く人。離れがたくってくっついたままの恋人たち。わたしたちみたいに学校帰り、制服姿の少年少女。


 みんなみんな、笑顔だった。輝く笑顔がたくさん見えて、クサいけれどイルミネーションの光と同じくらい眩しかった。


 あーそっか、って急に腑に落ちた気がしてた。



 高殿波留、見る目あるじゃん。きっと、わたしが悩んでるのわかってここまで連れてきたんでしょ? わたしがこのことに気づくってわかってたかは、知らないけどさ。その行動力とか、尊敬する。


 それに対してわたしは、ってこういうのがいけないんだよね。


「ね、高殿波留」

「何でフルネームで呼ぶかなっ」

「前を向いたら眩しいかな」


 ん、と高殿波留は少し考えたようだった。


「眩しかったら目を瞑ればいいんだねっ。十秒もすれば慣れるなっ」

「名案だね」


 どういう意味だ、と首を傾げる高殿波留は本当にわかっていないみたいだった。そっちから気付かせようとしてきたのに、随分無責任だ。


「わたしって結構、下を向きがちな人間なんだよ」


 前を向いたら、何か変わるかなって。思ったんだよね。


「ほら、生徒会に入ったところでわたし自身は変わんないじゃん。『前に進もう』って思わなきゃ」


 下を向いてちゃ前に進めないもの。


「それはいい考えだなっ」


 高殿波留が激しく頷いた。両手を大きく上に上げてその場で回る。


「では手始めに、目の前に見えるあの駅ビルを向いてみようかなっ」

「え? 駅ビル?」

「これから二人でお買い物ってのはどうかなっ。最近シュークリーム屋さんができたんだぞっ」


 ちょっち遅くなるけどね、と高殿波留は舌を出した。


「——いいよ、高殿波留」

「だから何でフルネームなんだなっ」

「言いやすいからじゃないかな」


 そうか、と高殿波留は少し不思議そうに頷いた。


「そういえば私の小学校にも冴ちゃんの学校に行った娘がいたな、確か……」


 思い出そうと頭をひねりながら前を歩く高殿波留に半歩遅れて、わたしも歩を進めた。

 不意に今日がクリスマスだって思い出す。

 ここに一緒に来たのが高殿波留で良かったな、と思った。

 もしかしたらこの偶然ラッキーは、神様がくれたプレゼントなのかもしれない。


 馬鹿なことを考えるな、と言うように風が強く吹いた。目が乾く感覚がして、遠くで葉っぱが舞い上がった。その動きを追うように、勝手に目線が上を向く。

 冬だけあって日が暮れるのが早い。もう暗くなった空の向こうに、星が輝いていた。


 ほんの一瞬だけ、目を閉じて。星に願いを、何て柄じゃないけど。


 ——先輩。

 貴女はもう銀河の向こう。わたしがここから手を伸ばしても届かない場所にいる。

 けれど貴女なら心配いらない。一人で歩いていけるから。


 わたしのことも、もう心配しないでください。


 わたしももう、あなたの手は要りません。一人できちんと行けますから。


 だから、いつかまた逢う日。わたしが生きてきたこと、褒めて下さいね。



「どうしたっ、冴ちゃん。行くぞっ、シュークリームが私を待っているっ」


 高殿波留がぶんぶんと左手を振った。


「うん、今行く」


 最後にもう一回だけ振り返って、わたしは床を蹴った。


☆☆☆


 同じころ、銀河の向こうで一人の少女が


「スズちゃん元気かな」


 って呟いていた。




 全ての人にメリークリスマス!

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短編集 フルリ @FLapis

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