月見バーガー2
「月が綺麗ですね」「死ね」
平日のカフェで、ゆり子と出会った。役所に離婚届を出したその日のことだった。別れに心を痛めるには年を取りすぎた俺は、普段仕事でこれないのだからと女ばかりがたむろする店で、愚かにも平日限定のランチセットなど頼んでしまったのだった。
先にきたコーヒーを飲んでいた。ゆり子は俺を認めると、この世の全てに退屈しているような顔をしてそっと足を組み替えてみせた。一挙手一投足がわざとらしく、何もかも鼻につく女だと思った。いい女だとも。
ゆり子の飲みかけのワイングラスに、真昼の月が浮かんで揺れていた。彼女の目には涙の膜が張っている。泣きそうだ、と思った。もう、ほとんど泣いていたかもしれない。涙がこぼれ落ちる直前、とっさにグラスをとりあげ、白い月をひと息に飲み込んだ。ゆり子はきょとんとして、少女のような顔をした。女狐気取りの初対面より、素朴でよっぽど魅力的な表情だった。
手を取ってタクシーに詰め込み、ホテルの前で降りたところまではよかった。ゆり子を甘く見ていたことに気がついたのは、そのときだ。
「あたし口説かれてないわ」
「は?」
「あなた、誰なのよ」
「君が誘ったんじゃないか」
「足を組み替えただけよ」
最低だった。俺は、バツイチのくせに何も学んでいなかったのだ。カフェで胃に落とした月が、戻ってきそうになったことを覚えている。なぜか突然、殺したくなるほどに憎み合った元妻に、会いたくてたまらなくなった。
◯
月が地球にぶつかる前に 水野いつき @projectamy
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