2.第1実力テスト『慈悲のリンゴ』(2/2)
……学校中が、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「いやああああ!!?な、な、なんで!?どうして!?」
「ちょっとどういうことだよ!!意味わかんねえって!」
どこそかしこから絶叫が聞こえた。山口くんも和田の友だちも、腰が抜けた者を除いて、みんなその場から散り散りに逃げた。
「な、何が起きてるんだ!?」
「なにこれ……!?一体どうして……!」
震える声で狼狽える海斗と直樹の姿が、俺の目に飛び込んできた。それを見てハッと我に返った俺は、彼らに向かって「二人とも!」と叫んだ。
「俺のところへ来てくれ!」
「ああ!?なんだよ優太郎!いきなり!」
「いいから!とにかくこっちへ!」
二人は怪訝な顔をしながらも、俺の元へと走ってきた。
「いいか、海斗、直樹。まずは落ち着くんだ。深呼吸しよう」
「深呼吸?」
「ああ、今ここでパニクってたら、俺たちも知らぬ間に死んじまうぞ」
「……………………」
「さあ、俺と一緒に。吸って、吐いて、吸って……」
俺が掛け声をかけながら、三人で深呼吸をした。何度か繰り返していくうちに、海斗も直樹もさっきよりは落ち着いた表情になっていた。
正直俺も、和田が目の前で死ぬのはかなり堪えた。自分の心を落ち着かせるためにも、二人に向かって冷静な口調でいることを心がけた。
「……よし、よく聞いてくれ二人とも。ここは俺たち三人で、協力し合おう」
「協力だと?」
海斗の言葉に、俺は「ああ」と答えた。
「今はとにかく、何が起きているのかきちんと理解しよう。周りで何が起きているか分からないから、人は混乱するんだ。状況を理解できれば、それに対する解決策も見えてくるし……希望が見えてくる」
「「……………………」」
「まずは、俺が分かってる範囲で二人に伝えたい。このテストは、おそらく『悪いこと』をすると殺される」
「悪いこと……?」
直樹の問いかけに、俺はこくりと頷いた。
「和田は死ぬ直前、頭の上にある点数が0になった。この点数が無くなると、死ぬことになるらしい」
「「……………………」」
二人は、まるで信じられないといった顔で、頭上の点数を見上げていた。
「ちょっと!私のリンゴ返してよ!」
そんな時、遠くの方でリンゴの取り合いをしている二人組の女の子がいた。その子たちの喧騒が耳に届いた俺たちは、すっとそちらの方に顔を向けた。
ちなみに、彼女たちの点数は、お互いに1点だった。
「私が最初に見つけたの!返して!返してよ!」
「ウチが最初に見つけたんだし!はやくどっか行って!うざい!」
彼女たちは、髪の掴み合いになるほどに喧嘩がヒートアップしていた。そして、片方の女の子が「離してよ!ブス!」と叫んだ瞬間に、頭上の点数が0点になった。
そして。
ぱああああんっ!!!
頭は和田の時と同じように、粉々に弾けとんだ。
「ぐうっ!」
俺たち三人はそのあまりの惨劇から目を背けて、ごくりと生唾を飲むばかりだった。
「いやあああ!!いやあ!!いやあ!!」
生き残った方の女の子は、顔中が血にまみれて、発狂していた。
腰が抜けてその場にへたりこんでしまい、顔を地面に埋めてぶるぶると震えていた。そして、手に持っていたリンゴを小さく齧っていた。
「……今の通りだ、二人とも」
俺は海斗と直樹にそう告げた。
「わかっただろう?悪口を言ったら点数が減点された。そして、0になった瞬間に……」
この時、俺は「死んだ」という言葉を口にできなかった。あまりにも直接的すぎる言い方で、 俺自身怖くて仕方なかった。
「……悪いことっていうのは、どういうことなんだろう?」
直樹が強張った顔でそう呟く。
「何をもって『悪いこと』と判定するんだろう?さっきのブスとかは間違いなく悪口なんだろうけど……。線引きがはっきりしてないと、うっかり口を滑らせて死ぬ……なんてこともあり得るよね」
「……そうだな、確かにその線引きは曖昧だ」
「この線引きを作ってるのは、あの天使……だよね?」
「たぶんな」
「あんまり無用心に喋らない方がいいかもね……」
「ああ、確かに」
「おい、優太郎、直樹。さっさとこんな学校からずらかろうぜ。警察に行って、この話をしなきゃよ」
「……警察、か」
「なんだよ優太郎?こんな大事件、警察に言わないでどうするんだよ」
「……いや、確かに海斗の言う通りなんだけどさ……」
「だったらちんたら迷ってる暇なんかねえぞ!さっさと抜けようぜ!」
「……………………」
俺はこの時、何か言い様のない不気味な予感を感じていた。ざざざと背中に虫が這ってくるような、そんな気味の悪い予感。
だがそんな予感を感じつつも、今の俺には海斗の提案を否定する材料がなかったので、ひとまず三人で正門に向かうことにした。
てっきり他の天使が見張りでもしているのかと思ったが、拍子抜けするくらいに、そこには誰もいなかった。
それどころか、正門には施錠がされておらず、広く開け放たれていた。逆にそれが、俺には不気味だった。
(……変だな、これは。嫌な予感がする)
正門へと向かう足取りが、どんどんと重くなってきた。それに気がついた海斗が走りながら「何してんだよ!」と一括してきた。
「もっと走れよ!早くここから出ねえと!」
「……………………」
「おいって!優太郎!」
「……なあ海斗。やっぱりちょっと出るのは待とうぜ」
「なに!?」
俺は走るのを止めて、ついにその場に立ち止まった。
海斗も直樹も、俺の動きに合わせてその場に止まった。
「すんなりこの正門を潜らせるようにしてるのは……変だ」
「なんでだ優太郎?なんでそう言い切れる?」
「俺たちは今、死ぬか生きるかのテストの最中だぞ?なのに、こんなに正門が開け放たれてていいのか?普通はしっかりと施錠されてて、見張りだったりがいるのが当たり前じゃないか?」
「……………………」
「この正門を通るのも『悪いこと』判定されたら、下手すれば死ぬかも知れない。もう少し慎重に……」
と、俺がそう二人に話していた時。
「うわあああ!!もう嫌だ!嫌だあああ!!」
俺たち三人の脇を、見知らぬ男子生徒が走り抜けて行った。彼の背中は血にまみれて、真っ赤に汚れていた。彼の頭上の点数は、4点だった。
俺たちはみんな3点がスタートラインだ。だから4点である彼は、もう既にリンゴを齧ってクリアしていることになる。
それでもこうして逃げてきたのは、あまりの悲惨な現状に耐えられなくなったからだろう。
「お母さん!お母さん!」
泣きくじゃりながら、その男子生徒は正門を超えて、学校の敷地外へと足を踏み入れた。
その途端。
パアアアアンっ!!!
……頭上の点数は一気に0にされて、直ぐ様殺された。
「うわあああ!!」
直樹が悲鳴を上げた。
彼の死体はその場にひざまづき、仰向けになって倒れた。
「……あ、あ、危なかった」
直樹はぶるぶると震える声で呟いた。
「い、一瞬で4点も減点された。3点の僕たちじゃ、絶対ここは、通れない……」
「ああ、やっぱり思ってた通りだな……」
「ゆ、優太郎くんが冷静でいてくれて、よかったよ……」
「俺もお前たちが慌ててるのを見て、我に返れたんだ。ほら、他人が慌ててると、逆にこっちが冷静になったりするだろ?もし俺一人だけだったら、絶対もっとパニクってたよ」
「……………………」
海斗は、ギリギリと歯を食い縛っていた。そしておもむろにポケットへ手を入れると、スマホを取り出した。
「ここが通れないんだったら!通報すりゃいいんだよ!」
そう言って海斗が電話をかけた先は、110番通報だった。電話の向こう側で『はい、こちら東区警察署です』という受付の声が聞こえてきた。
「あ、あの!今学校で人が死んでるんでるんすけど!助けに来てください!」
『人が死んでる?一体何があったのですか?』
「なんか、天使が突然やって来て!よい子テストだかなんだか言って!今やべえことになってるんすよ!」
海斗の荒ぶる声とは裏腹に、受付の警察官は『ああ!よい子テストですね』と、明るく元気な声で答えてきた。
『よい子テストなら、仕方ありません。お身体に気をつけて、頑張ってくださいね』
「は、はあ!?いやいや!頑張ってくださいじゃなくて!」
『それでは、失礼します』
「おい!ちょっと!ちょっと待てって!」
海斗は何回も何回も、警察へ電話を入れた。だが、結果は同じだった。
『では、頑張ってくださいね~。失礼します』
「おい!待てよ!待てってくれよ!人が死んでんだよ!人が……!」
五回目の電話を無慈悲に切られた時、海斗はいよいよ堪忍袋の緒が切れたみたいで、目にいっぱい涙を浮かべながら、「バカヤローーー!」と叫んでいた。
そして、自分のスマホを思い切り地面へ叩き付けた。
「か、海斗!待て!落ち着け!」
「落ち着け!?落ち着けだと優太郎!?こんな時に落ち着いていられるわけ……」
「いいから落ち着け!ほら!減点されてるぞ!」
「えっ!?」
そう言われて、ようやく海斗は頭上を見上げた。もう彼の点数は、既に1点になっていた。
「な、なんで!?いつの間に……!」
「……たぶん、今のが原因だ。バカヤローって言ったのと、スマホを地面に投げて壊したのが減点対象だったんだ」
「……………………」
彼はぼろぼろと涙を流しながら、その場にへたりこんだ。
ピンポンパンポン
『制限時間、残り30分。リンゴは、残り26個です』
天使の無慈悲なアナウンスが、学校中に響き渡る。
このままじゃヤバい。このテストは、制限時間内にクリアできないとマイナス1点の減点がされる。
俺と直樹はまだ3点あるから、1点減っても問題ないが……今既に1点だけとなってしまった海斗は、クリアできなきゃ死んじまう。
(この学校の様子を見る限りじゃ……一年生から三年生までの全生徒がテストの対象だ。ウチの学校は全校生徒がおおよそ500人いる……。でも、リンゴは最初から100個しかない……)
つまり、どう足掻いても400人は減点されてしまうという、とんでもなく残酷なテストなんだ。
(くそったれ!なにがよい子テストだ!400人は無慈悲に減点されるテストなんだったら、リンゴは奪い合って当然だ!こんなんでよい子かどうかとか分かるもんか!)
テストを進行させている天使へのヘイトが、どんどんと募っていく。
だが、進行役の天使に何か暴力行為や反抗した態度を見せれば、それが3点や4点級の……即死レベルの減点対象になる可能性が高い。下手な反抗は絶対しない方がいい。
となれば、もう後はこのテストを……言われたとおりの手順でクリアするしかない。
「直樹、ちょっと聞いてくれ」
俺が直樹にそう声をかけると、彼は「なに?」と言って近寄ってきた。
「なあ直樹、お前も気がついてると思うが……海斗はもう残り1点で、このテストをクリアしないと、死んでしまう」
「……うん」
「今からすぐに、手分けしてリンゴを探そう。そして、もし見つけることができたら……海斗に分けてやって欲しい。もちろん、俺もそうするつもりだ」
「……僕と優太郎くんは、まだ点数に余裕があるから……海斗くんを優先させると、そういうことだね?」
「ああ。だがこれは、あくまで俺の要望だ。お前が自分の分を優先したいって思うなら、それでもいい」
「いや、いいよ。見つけたら海斗くんに渡す」
「直樹……」
「僕だって、友だちが死ぬところを黙って見てたくない」
直樹は額に汗をかきながら、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「ありがとよ、直樹」
「ううん、いいんだ」
「さて、と。海斗!泣きたくなる気持ちは分かるが、今は俺の話を聞いてくれ!」
三角座りをして泣いていた海斗の肩を揺さぶって、俺は直樹と話した内容を伝えた。
海斗は小さな声で「わりい」と言ってから、ようやくすっと立ち上がった。
そうして俺たちは、三手に別れてリンゴを探すことにした。海斗は体育館方面、直樹は職員室方面、そして俺は教室方面へと走った。
何かあった時のために、スマホは常に他二人と電話を繋いだ状態にしていた。
『ダメだ、見つからないや』
手に持っているスマホの向こう側から、直樹の声が聞こえてくる。
『こっちもダメだ、全然分からねえ……』
海斗の方も、弱気な声でそう呟いている。
「大丈夫、まだ絶対残りがあるはずだ。根気よく探そう」
『だけどよお……もう、もう本当に見当たらねえんだよ』
「最初の10分とかで、目につきやすいリンゴは取られるから、後は見付けにくい場所にあるはずなんだ。絶対ある!そう信じようぜ海斗!」
『……………………』
海斗のか細い吐息が、微かに聞こえていた。
(うう……に、臭いがキツイ……)
廊下には、首のない死体がそこら中に転がっている。血だまりが廊下に流れていて、足の爪先でそれを踏みつける。
生臭い鉄の臭いに、頭がクラクラする。時々「うっぷ」と吐きそうになりながら、なんとかリンゴを探し続ける。
(……本当に何が起きてるんだ?よい子テストだなんて、俺は今までに聞いたことがない。でも先生も警察も、みんなよい子テストをもともと知っている風な言い方だった)
大人の間では、これが常識なのか?互いに了解し合ってるものなのか?
ピンポンパンポン
『制限時間、残り15分。リンゴは、残り14個です』
(くそっ!いよいよもう後がない。どうにかしてリンゴを見つけないと……)
バクバクと心臓が鳴るのを必死に抑えながら、俺はリンゴを探し続けた。
『あった!リンゴだ!』
そう叫んだのは、海斗だった。俺はすぐに「あったのか!?」と彼へ言葉を投げかけた。
『ああ!体育倉庫にある、跳び箱の中に隠れてやがった!』
「よかった!じゃあ、すぐに齧れよ!それでお前も生き残れる!」
『あ、ああ!』
そうして、リンゴをシャクっと齧る音が聞こえてきた。
(よし!これで海斗は救われた!)
俺は強張っていた身体の力が、すーっと抜けていくのを感じた。
「海斗くん!もうそこから一歩も動かないでね!テストが終わるまでは、そこでじっとして、何も話さない方がいい!」
『あ、ああ直樹!分かってる!もう減点はされたくねえからな!』
これでひとまずは安心だ。後は、俺も直樹もリンゴを見つけられたら、万々歳でテストを終えられる。
(確か天使は……このテストは3月1日まであるとか言っていた。この期間まで点数が0にならないようにするには、ここで少しでも点数をあげておくべきだ……!)
俺は抜けた気合いをもう一度取り戻すため、自分の頬を両手でパーンと叩いた。
(よし!探すぞ!)
そうして俺はまた、草の根を掻き分ける勢いで、リンゴを探していた。いろんな学年の教室の中に入って、ロッカーの中や教卓の中など、くまなく見て回った。
ピンポンパンポン
『制限時間、残り3分。リンゴは、残り2個です』
長い時間が経ち、校内にそのアナウンスがされたのと同時刻。
「やった!ついに見つけたぞ!」
俺はようやくリンゴを発見していた。見つけた場所は、二年B組の教室にある掃除用具入れの中だった。
(よし!これで俺もクリアに……)
そう思って、口を開けてリンゴを齧ろうとしたその時。
「ねえ!お願いだから助けてよ!」
廊下の方から、懇願するような絶叫が聞こえてきた。俺はつい気になって、廊下へと出てみた。
廊下には、一人の女子生徒が床に座り込み、友だちらしき女子生徒のスカートを掴んでいた。
友だちらしきその女子生徒の手には、リンゴがあった。
「私!もう1点しかないのよ!クリアできなかったら死ぬのよ!?私が死んでもいいの!?」
床に座っている女子生徒は、喉が枯れるほどにそう叫んでいた。待てよ、あの女子生徒、どこかで見たことあるような……?
──私が読者モデルやってるの、知ってるでしょ?写りの悪い写真投稿して人気落ちたら、どう責任取ってくれんの?
「あ……」
そうだ、思い出した。あいつ、同じクラスの長谷川 さやかだ。今日の朝も、友だちに対して横柄な態度取ってた、あの意地悪な長谷川だ。
「ねえ!あなた友だちでしょう!?だったら、あなたには私を助ける義務があるわ!さっさと私のこと助けなさいよ!」
「……………………」
「そのリンゴ、寄越しなさいよ!あなたはまだ2点あって、点数に余裕あるじゃない!私の方を優先すべきよ!分かるわよね!?」
長谷川はこんな局面になっても、相変わらず横柄な態度だった。いや、こんな局面だからこそ、いつもの本性が出るのだろう。
「……友だち?友だちだって?」
リンゴを持っている女子生徒は、眉をしかめてそう言っていた。
そして、パシンッ!と長谷川の手を払うと、彼女ははっきりとした口調でこう言った。
「あなたを友だちなんて、思ったことないから」
「な、なんですって!?」
長谷川は目を大きく見開いて、そう叫んだ。
「いつもいつも、私たちをバカにして……。ほんと、心底ムカついて仕方なかった」
「な、何よ……!ちょっとした冗談じゃないの!」
「冗談?あれを冗談だと思ってるなら、いよいよあなたのことなんて友だちと思いたくない」
「な……!」
「あなたみたいな『悪い子』が、よく今まで生き残ってたね。でも、もうそれもここで終わり」
女子生徒は心底冷たい眼差しを、長谷川へと送った。
「さようなら、さやかちゃん」
そうして、彼女はリンゴを持ったまま、廊下の奥へと走り去ってしまった。
長谷川はすっかり腰が抜けてしまってるみたいで、廊下にへたりこんだまま、遠ざかっていく彼女の背中を凝視するばかりだった。
「や、止めてよ……」
長谷川の声が、弱々しく掠れていた。
「止めてよ、嘘でしょ……?お、お願いよ、戻ってきてよ。今までのこと謝るから。ねえ、お願いよ。もうバカにしたりしないから。ねえ、ねえ、ねえ!」
そうして長谷川は、思い切り泣きくじゃりながら、「戻ってきてよーーーー!」と絶叫した。
「うわああああああ!!!ああああああああああ!!」
「……………………」
周りの目も気にせず、子どものように泣き叫ぶ彼女の背中を、俺は黙って見つめていた。
その姿は、俺が登校前に助けようとした、迷子の女の子の姿にそっくりだった。
ピンポンパンポン
『制限時間、残り30秒。リンゴは、残り1個です』
……残り1個。つまり、今俺が持ってるこのリンゴが、最後の1個ってわけか。
「……………………」
正直言って、長谷川がこんな目に遭ってるのは、自業自得だと思う。彼女の態度は、間違いなく悪かった。あんなの、敵意を持たれて当然の行いだ。
身から出た錆……。ここで彼女が死ぬのは、もう避けようのない運命だ。悪いことばっかりする長谷川がいけないんだ。
そう思いながら、俺は彼女に背を向けて、リンゴを齧ろうとした。
「うう……ううう……」
だが、背中越しに、長谷川のすすり泣く声が耳に届く。それを聞いていると、胸がズキズキと痛んで、開いた口がまた閉じてしまう。
「……い、嫌よ。お願い……」
「……………………」
「死にたくない、死にたくない……」
「……………………」
「ううう、やだ、怖い……怖い……。助けて、助けてよ……ママ……」
「……………………」
俺は、目をぎゅっと閉じた。そして、思い切り歯を食い縛った。
ピンポンパンポン
『制限時間、残り15秒。リンゴは、残り1個です』
「……長谷川!」
意を決した俺はくるりと振り返り、彼女の名前を呼んだ。俺がいることに気がついていなかった彼女は、びくっと肩を震わせて、俺の方へ目を向けた。
「これ、やる!」
俺はすっと腕を伸ばして、リンゴを彼女の前に差し出した。
「え……?」
「早く!もう時間がないぞ!」
「な、なんでくれるのよ……?」
「俺はまだ点数に余裕がある!だから……だから仕方なくだ!」
「……………………」
「ほんとはお前にあげたくなんかないが……目の前で死なれるのも後味が悪い!さあ早く!受け取れよ!」
「……………………」
ピンポンパンポン
『制限時間、残り10秒、9秒、8秒』
くそっ!カウントダウンが始まった!
「長谷川!早く!早く受けとれって!!」
「……………………」
俺からそう促されて、彼女はリンゴを手に取った。震える口で、たとだとしくリンゴを齧った。
そうしたら、彼女の頭上にある点数が1点追加されて、合計2点となった。
「よし!これでお前はクリアだ!長谷川!そのリンゴをまた俺へ渡してくれ!」
「え……?」
「いいから早く!」
長谷川は困惑しながらも、俺へとまたリンゴを返した。俺は直ぐ様そのリンゴに齧りつき、パッと自分の頭上の点数を確認した。
だが、加点はされていなかった。点数は3点のまま、動いていなかった。
(くそ……!やっぱり誰かが最初に齧ったリンゴじゃ、加点はされないよな……!)
望み薄だと分かっていながらも試してみたが……やはりダメだったようだ。
仕方ない、もう今回は……やるだけのことはやった。大丈夫、減点されるのは1点だけだ。ここで死ぬわけじゃない。大丈夫、きっと大丈夫だ……。
『5秒、4秒』
俺は何度も深呼吸をして、目を瞑った。目蓋の裏に、今まで死んでいった人たちの姿が浮かんで、思わず拳を握り締めた。
『3秒』
『2秒』
『1秒』
キーンコーンカーコーン
校内全体に、チャイムが鳴り響いた。そして、それと同時に天使のアナウンスが流れ始めた。
『みなさま、お疲れ様でした。これにて、第1実力テストを終了します』
「……ねえ、ちょっと」
長谷川から声をかけられて、俺はまた目を開けた。彼女は俺の頭上を指さして、「なんでそんな点数なの?」と告げた。
どういうことか意図が分からなかった俺は、ふっと顔をあげた。
「……え?」
俺は思わず、声を出してしまった。てっきり俺は、テストをクリアできなかったから、3引く1の2点……。その点数になると思っていた。
だが、実際に頭上に浮かんでいる数字は、『8』だった。
「は、8点……?なんだ?5点も加点されてるぞ?」
その疑問へ回答するかのように、天使のアナウンスがまた流れた。
『第1実力テストの結果を発表します。ノーマルクリア、84名。トゥルークリア、3名』
「ノーマルクリア?トゥルークリア?一体、なんの話だ?」
『ノーマルクリアの条件は、制限時間内にリンゴを齧ること。トゥルークリアの条件は、自分が見つけたリンゴを、他人へ譲渡することです』
「…………!」
『ノーマルクリアの者には、+1点。トゥルークリアの者には、+5点の得点が加えられます』
そこまでの説明をしたら、天使はまた『お疲れ様でした』と言って、アナウンスを終了させた。
なるほど、俺は知らず知らずの内に、トゥルークリアの方を達成していたのか。だから点数が8点に……。
「……………………」
点数が増えて嬉しい、と思うのはほんの一瞬だった。そのすぐ後に、堪えきれないほどの怒りが込み上げてきた。
(……意図的に伏せられてたんだ、トゥルークリアの条件は)
あの天使の連中は、この極限の中で善い行いができるかどうかを測ってやがる。だからノーマルクリアの方だけが事前に知らされていて、トゥルークリアの方は伏せられていたんだ。リンゴをあげても点数が貰えることを知っていたら、みんなそっちに流れるからだ。
(……クソ野郎)
俺は心の中で、天使に向かって毒づいた。口に出したら減点される可能性があるから、心の中でしかそう言えなかった。
(お疲れ様でしただと?ふざけやがって。この一回のテストだけで、一体何人死んだと思ってるんだ……)
目の前にある景色が、じんわりと滲んでいく。
俺は拳を、力いっぱい握り締めた。爪が手の平に突き刺さり、じくじくと皮膚を痛めた。
俺が怒っている一番の理由は、人をたくさん殺したからじゃない。人の心を試すようなことをして、生き死にを弄んでやがるところだ。
なにがよい子テストだ!ばか野郎!
(クソ、クソ、クソ!見てろよ天使ども!)
──何がなんでも、絶対生き残ってやる。
俺は眼から溢れる涙を拭いて、顔を上げた。
これが、生き死にを懸けた地獄のテスト……その第一実力テストの結末だった。
よい子テスト~悪い子は死んでください~ 崖の上のジェントルメン @gentlemenofgakenoue
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