よい子テスト~悪い子は死んでください~

崖の上のジェントルメン

1.第1実力テスト『慈悲のリンゴ』(1/2)





……なんのために、人は優しくあろうとするのか。


なんのために、人は良い人間であろうとするのか。



「うわああああああああん!!」


「あわわわ、ど、どうしよう……」



……2025年、2月7日。午前8時18分。


節分の日を越えたけれど、まだまだ世の中は肌寒い。空の色はどこかぼんやりとしていて、水を混ぜすぎた水彩画のような色合いだった。


そんな中、俺……藤山 優太郎は、学校へ行く道すがらに、泣いている女の子を発見した。


見た目から判断すると、おそらく五~六歳程度。スカートを握り締め、顔を真っ赤にして泣き叫ぶその子を、俺はなんとかなだめようとしていた。


「ど、どうしちゃったんだい?ママやパパとはぐれちゃったのかな?」


「うわああああん!!うわあああん!!」


「えーと、とりあえず交番へ行った方がいいのか……?」


「うわああああん!!うわあああん!!」


「い、いや、まず泣き止ませる方が先か……。だ、大丈夫大丈夫!お兄さんがついてるぜー!?」


「うわああああん!!ママーーー!」


「ほら、見てみて!じゃーん!」


学校に遅刻するかしないかという瀬戸際の中、俺は女の子と同じ目線になるようにしゃがみ、思い切り変顔をした。


鼻を人差し指で押し上げて豚鼻を作り、目を大きく見開いた。


「うう……」


女の子がちょっと食いついてくれたのを確認して、さらに凄い変顔を挑戦した。


両手の中指を口の中に突っ込み、横へびろんと広げた。そして「はがはが、くひがのびあった」と変な声を上げてみた。


「へへ、えへへ」


女の子は面白がってくれたらしく、涙を拭いながら笑ってくれた。


(ほっ、よかった)


そうして安堵していた最中、「止めてください!!」と凄まじい怒声が聞こえてきた。


女の子の背後から、血相を変えた女性がこちらへ走ってきていた。


「うちの子に何するんですか!?」


その女性は女の子を抱き上げると、俺のことを鋭い目で睨み付けてきた。俺は慌てて立ち上がり、「いえいえ!違うんです!」と叫んで弁明しようとした。


「俺はただ、この子が迷子になってるかなって……」


「止めて!うちの子に近寄らないで!!」


「い、いや、だから……」


女性は俺の言葉には聞く耳を持たず、くるりと背中を向けると、女の子へ「怖かったね、もう大丈夫よ」と優しい声でなだめていた。


「……………………」


俺はがっくりと肩を落とし、肌寒い冬の風を浴びながら、学校へと向かって行った。








「よう、優太郎」


「優太郎くん、おはよー」


教室へと向かう廊下の途中で、俺は友人の海斗と直樹から挨拶をされた。俺も二人に手を振り、「よお」と言って返した。


海斗は清々しいほどに髪が短く、一重の眼が切れ長に伸びている、精悍で爽やかな男だった。


反面、直樹の方は輪郭が丸く、あどけない少年のような童顔を持っていた。線が細く、小説なんかを手に持っているのが似合う男だった。


「なあ二人とも、聞いてくれよ。俺さっき迷子を見つけたんだけどさー……」


俺はついさっきあった出来事を、海斗と直樹に話した。海斗は「ははは!」と声を上げて笑い、直樹は「あらら……」と苦笑していた。


「相変わらずついてねえな、優太郎。お前なにかに取り憑かれてるんじゃないか?」


「くそっ、海斗め、嫌なことを言いやがる」


「優太郎くん、この前も似たようなことなかった?確か電車の中で、痴漢を見つけてそれを通報しようとしたら……」


「そう、なんでか俺が痴漢したことになっててさ。ほんと悲しかったわ……」


「優太郎はそういう運命なんだよ。一生カッコつかねえのさ」


「ちぇ、幽霊の次は運命か」


「でも、僕は優太郎くんの良いところだと思うよ。思いやりが届かなくても、めげずにまた優しくできるところがさ」


「うおー!!直樹ー!!お前が友だちでいてくれてよかったー!!」


そんな他愛もない雑談を交わしながら、俺たち三人の教室である二年A組へと向かっていった。


「じゃあ、またな」


「またね優太郎くん」


「おう、またな海斗、直樹」


教室に入ると、各人それぞれの席へとばらけていった。


「ぎゃははは!やべーなそれ!」


「だろー!?これすげーんだって!」


教室の中は、がやがやと賑わうクラスメイトたちで溢れていた。席の近い者たちとの談笑に花を咲かせていて、朝早くからみんな元気だなと思わせられる。


俺は一番窓際の最後尾である自分の席に着き、鞄を下ろしてから、頬杖をついた。そしてまじまじと、その騒がしいクラスメイトたちを見渡していた。


「なあ山口くん!マジごめんけどさ!宿題やっておいてくんね!?」


髪を金色にし、第ニボタンまで開けているチャラ男の和田は、隣の席の山口くんにそう懇願していた。


真面目で気弱な山口くんは困った様子で、「しゅ、宿題……?」と聞き返した。


「俺、母ちゃんが病気でよー!家で看病するのに時間取られて、宿題全然できてねーんだ!マジ頼む!やっといてくれ!」


「そ、それほんとなの……?」


「おう!まじまじ!昨日すげー具合悪くってさー!」


「わ、分かった……そういう事情なら」


「マジ!?さんきゅー山口くん!」


そうして、和田は山口くんへ大量のプリントを渡した。仕方なしにそれを受け取った山口くんは、一旦そのプリントを机へ置くと、「ちょっとトイレに行ってくる」と言って教室から出ていった。


「へへへっ、あいつちょれーわ」


和田はニタニタと意地の悪い笑みを浮かべながら、近くに周りにいる悪友たちにそう告げた。


「あんな嘘で宿題やってもらえるとか、マジ最高過ぎるわ!」


「ずりーぞ和田ー!俺も山口使わせろよー!」


耳がキンキンするくらいにうるさく話している彼らの会話は、俺にとって気分のいいものではなかった。


山口くんの善意を利用して、自分だけいい思いをする。まったく、なんて酷い奴らなんだろう。


「ちょっと、何よこれ?」


今度は、また別の席から苛立った声が聞こえてきた。俺たちはふいっと、そちらへ目を向けた。


声の主は、長谷川 さやかという女の子だった。


彼女の長い黒髪は、背中の肩甲骨辺りまで伸びている。驚くほど端正な顔立ちをしていて、眼は大きく、まつ毛も長い。一流の画家が美女を絵に描けと言われて描いた絵が、そのまま現実に飛び出してきたと言われても、なんら不思議ではなかった。


そんな彼女は腕を組んで、眉間にしわを寄せていた。


「ねえ、なんでこの写真アップしてんの?ひどくない?」


長谷川が怒りを向けているのは、彼女の周りに立っている三人の女友達だった。彼女たちは長谷川の席の横に立ち、強張った笑みを浮かべている。


「え、えっと、ごめんさやかちゃん、ウチが持ってる写真で一番良かったの、これだったから……」


その三人の内一人がそう答えると、長谷川はあからさまに嫌そうなため息をついた。


「マジ止めてよね、あんたのスマホって古臭い安物の機種なんだから、私の肌の白さがちゃんと映らないのよ」


「そ、そっか……ごめん……。みんなで仲良さそうに撮れてた写真だったから、つい……」


「私が撮ったやつ送るから、それをSNSに上げ直して」


「う、うん」


「写真は乗せていいって言ったけど、こんなブサイクに映ってるのを乗せられるなんて思わなかったわ。私が読者モデルやってるの、知ってるでしょ?写りの悪い写真投稿して人気落ちたら、どう責任取ってくれんの?」


「……………………」


「はあ……。もういいわ。ほら、さっさと行きなさいよ。そろそろホームルーム始まるじゃない」


長谷川の言葉を受けて、女の子たちはみんなしゅんとした顔で席へと戻った。


まったく長谷川のやつ、いつにも増して高飛車だな。あんな言い方されたら誰だって傷つくのに。


(はあ……。嫌なやつっていうのは、本当にどこにでもいるなあ)


この世は理不尽だ。良い人は悪人に利用されて、煮え湯を飲まされる。善人が幸せになるべきなのに、なんでこんなにも不公平なのだろう。


良い行いは、正しく評価されて然るべき。俺はいつもそんな風に思ってる。


もちろん、見返りを求めすぎるのは良くないとは思うけど、それでも……無理やり宿題をさせられたり、意味不明な理由でぐちぐち怒られたりする必要なんか、絶対ないはずなんだ。



『うちの子に何するんですか!?』



(あー、思い出したら悲しくなってきた……)


俺はため息をつきながら、窓の外へと目線を切った。


優しさがちゃんと評価される世界だったら、こんな嫌な思いをせずに済んだのに。


(いっそのこと、学校のテストで『優しさ』とか新しく教科作ってくれたらいいのに)


俺はふて腐れたせいで、最早意味不明な思考になっていた。


「お前ら静かにしろ~。ホームルーム始めるぞー」


教室へと入ってきた先生が、いつものように騒がしいクラスメイトたちへそう言った。


これからまた、いつもと同じ毎日が始まるんだなと、そう思っていた……その時だった。



ガララッ



教室の扉が、突然開かれた。もう全クラスメイトも入っているし、先生も今しがた来た。もうここへは誰も来ないはずなのにと、この教室にいる人たちみんながそう思ったことだろう。開かれた扉に、全員の視線が集まった。


そこにいたのは、天使だった。


自分でも何を言っているのかよく分からないが、間違いなく天使だった。


よくヨーロッパの街中とかで見る、天使の石像だった。それが開け放たれた扉の向こう側にいたのだった。


「え?なにあれ?」


「天使?」


クラスメイトたちのざわつく声が聞こえる中、その天使の像は、教室の中へと入ってきた。


その動きも異様だった。生き物のように足を一歩前に出して歩く……というものではなく、そのままズズズと、見えない誰かが石像を押し、床を擦って動かしたかのように見えた。


「な……なんだ、これは?」


さすがの先生も驚いているのか、その石像のことを、目を真ん丸にして見つめていた。


『これから、テストを始めます』


突然、見知らぬ女の人の声が教室の中に響いた。おそらく、その天使の声だった。天使は石像であるためか、口元が全く動いていなかった。


「テ、テスト?」


先生がそう聞き返すと、天使は『はい』と答えた。


『今日から、よい子テストを始めます』


「……………………」


『よい子テストについて、説明を致しますが、よろしいですか?』


「……………………」


「せ、先生……。なんですか?そのテストって」


教室の最前列にいたクラスメイトが、固まっている先生へそう告げた。


「……よい子、テスト。よい子テスト。あー!そうでしたね!今日からよい子テストの日でした!」


しかし、しばらく時間が経つと、突然先生は何か思い出したかのようにそう叫んでいた。


全く意味の分からない俺たち生徒は、先生へ質問を投げかけた。


「あの、なんですか?それ」


「先生ー!どういうことですかー!?」


だが先生は、にこにこと笑みを浮かべるばかりで、何も答えなかった。


『よい子テストについては、私の方から説明しましょう』


天使は先生に代わって教卓の前に立って、俺たちのことを一望していた。


『今からみなさまに、点数を与えます』


天使がそういうと、俺たち生徒の頭の上に、突然数字の「3」がホログラムのように浮かび上がった。


「わあっ!?」


「な、なにこれ!?」


突如現れた数字の3に、クラスメイトたちは怯え出す。


(……全員一律、一人の例外もなく3だ。一体、これはなんなんだ?)


俺は頭の上に浮かぶ3を、手で触ってみた。感触が全くない。指は数字をすり抜けてしまって、本当にホログラムとして写されているみたいだった。


『あなた方には、これから3月1日の午前9時まで、テストを行ってもらいます』


天使は固く嘘くさい笑みを浮かべながら、淡々と話を進めていく。


『減点対象の行動を行うと、行為の度合いに応じて頭上の点数を差し引いていきます。点数が0になったら、その瞬間に失格となります』


天使の首がギギギギと、ぎこちなく動いていく。


『点数が0にならないよう、みなさま、頑張ってくださいね』


……いや、いやいやいや。


頑張ってくださいじゃなくってさ。いろいろ教えてほしいことがたくさんあるよ。まずこのテストってなんなんだ?なんのためにやるんだ?


「あ、あの、すみません」


俺はすっと手を上げて、天使に質問を投げかけた。


「これって……その、なんなんですか?なんのテストなんですか?」


天使は、またギギギギとゆっくり首を動かして、俺の方を見た。目があった瞬間、俺はつい身構えてしまった。


『このテストは、よい子テストです』


「よい子、テスト?」


『あなた方が本当に“よい子”かどうか、試すためのテストです』


「……………………」


『みなさまがよい子でありますことを、心よりお祈りいたします』


いや、待って待って。ここで話終わるなよ。まだ聞きたいことがたくさん……。


『それではみなさま。本日は7日なので、ただいまよりよい子テスト期間中の“実力テスト”を行います』


天使はどこからかリンゴを取り出して、それを手に持ったまま腕を上げた。


『これから一時間以内に、リンゴを探し出してください。捜索範囲は、この校内の中です』


「リンゴを探す……?」


『この校内のどこかに、100個のリンゴが隠れています。そのリンゴを、1人1個、見つけてください。リンゴを見つけたら、その場で齧ってください。制限時間内にそれができたら、クリアです。今の点数からプラス1点されます』


「……………………」


『しかし、もし制限時間内にリンゴを見つけられなかったら、マイナス1点されますので、お気をつけて。なお、リンゴを2個以上齧ったとしても、1個目のリンゴ以降は点数が加算されませんので、ご注意ください』



キーンコーンカーンコーン



午前9時を知らせるチャイムが、教室の中に鳴り響いた。それと同時に、天使が『では、始めてください』と合図を出した。


訳が分からなかった俺たちは、まだ誰も教室から出ようとしなかった。お互いにキョロキョロと、困惑する顔を見合わせるばかりだった。


『制限時間、残り58分。リンゴは、残り100個です』


「「……………………」」


天使がそう言って俺たちにアナウンスをした。それを聴いて、ようやく数人が、おそるおそる席を立って廊下に出ていった。


「ねえ先生、本当にこれなんなんですか?」


また、クラスメイトの何人かは先生の前へ行き、何度も質問をしていた。


「ほらほら、お前ら早く探しに行けよー?時間なくなるぞー?」


だが先生は、やはり何も教えてくれることはなく、そうやって俺たちを急かすばかりだった。


仕方がないので、俺も教室から出ることにした。


「……………………」


廊下には、怪訝な顔をする生徒で溢れていた。うちのクラスだけでなく、他の教室からも出ている者がいることから察するに、全クラスで同じように天使のアナウンスがあったのだろう。


「優太郎」


声をかけられた俺は、後ろを振り返ってみた。そこには海斗と直樹が立っていた。俺は友人の顔を見れて少しホッとしたが、二人とも他の者たちと同様に、怪訝な表情を浮かべていた。


「マジで意味が分からんな。いきなりテストだとか言われても」


海斗の言葉に、直樹が頷いた。


「見たところ他のクラスも対象みたいだし、こんな大きなテストだったら、事前に告知されそうなものなのに……」


「どうする?とりあえず言われたとおり、リンゴ探すか?」


「……そうだね、そうするしかないんじゃないかな。先生の反応を見るに、一応公認?のテストみたいだし」


「そうだな、そうするか。優太郎、とりあえず探しに行こうぜ」


「え?あ、ああ」


俺は二人に連れられて、キョロキョロとリンゴを探しながら、廊下を歩いていた。


……公認、か。


確かに直樹の言うとおり、先生が認めているテストっぽいから、普通に参加しておいた方がいいとは思う。



──な……なんだ、これは?



でも、先生があの天使を初めて観た時は、俺たちと同じように驚いた表情だった。それからいきなり、最初から知っているかのような対応をし始めた。


俺はそれが、どうも引っ掛かる。拭いきれない、不気味な違和感……。


俺たちはもしかしたら、何かとんでもないことに巻き込まれているんじゃないだろうか……?







「……あ、リンゴだ」


探し始めてから、およそ10分が経過した頃。俺たち三人は中庭にいた。


そこで、朝方に宿題を押しつけられていた、クラスメイトの山口くんが、花壇の中にリンゴが落ちていたのを発見していた。


「ほんとだ、リンゴだね」


「あるんだな、本当に」


直樹と海斗が、山口くんの背中を遠巻きに見ながら、そう呟いた。


「おー!でかした山口くーん!」


すると、リンゴを見つけた彼の周りに、山口くんへ宿題を押しつけていた和田と、その仲間たちがわらわらと集まってきた。


「山口くんよー!そのリンゴ、ちょっと貸してくれや」


「う、うん」


「へい、あざーすっ!」


和田は山口くんからそのリンゴを受け取ると、ぱくっと一口齧った。


その瞬間、天使が説明していたとおりに、和田の頭上の点数が1点あがり、合計で4点となった。


「あっ!そ、そんな……僕が見つけたリンゴなのに……」


山口くんがそう言うと、和田は「わりぃわりぃ!」と言いながら、まったく悪びれのない笑みを浮かべていた。


(ひどいな、相変わらず。山口くんのを横取りしやがって)


俺は遠巻きに和田を睨みながら、心の中でそう毒づいた。


(……ん?)


その時、俺ははっきりと目にした。和田の頭上にある数字……それが4から3へと減った瞬間を。


(なんだ?減点されたぞ?)


不思議に思っている最中に、和田はまた山口くんへ嘘の言い訳をしていた。


「ほら、俺朝に言ったじゃん?母ちゃんがビョーキだからさー、リンゴ貰わねえといけねえんだよ。母ちゃん、リンゴ好きだからよー!」


そうして和田はニタニタ笑っていた。すると、また頭上の点数が1点減点されて、残り2点となった。


「自分のまた探してこいよ!どっかにかあるべ!」


「わ、分かったよ……」


山口くんは和田からそう言われて、渋々その場を後にした。


「おい、和田」


和田の隣にいる悪友が、彼へこっそり耳打ちした。和田はまたニタッと笑って、「いいなそれ!」と言った。


そして、彼はリンゴを手に持ったまま、思い切り振りかぶり、山口くん目がけて投げた。


「いたっ!」


リンゴは山口くんの頭にダイレクトに命中した。それを見て、和田たちは「ぎゃはははは!」と笑っていた。


「山口くん!」


直樹は咄嗟に、彼の元へと走っていった。


「おい!和田!もういい加減にしろよ!」


いよいよやり過ぎだと思った俺は、和田たちに向かってそう叫んだ。すると海斗もそれに続いて、同じように和田たちへ怒りを露にした言葉を告げた。


「みっともねえことしやがってよ。やることがダセえんだよ、てめえら」


しかし、和田たちは俺たちの言葉をまったく意に介さず、むしろ「うっす!真面目くんたちじゃーん!」と煽るように笑ってきた。


……その時だった。


和田たちのグループ全員の点数が、全員一気に減った。


和田以外の者はマイナス1点されて、残り2点に。そして和田だけはなぜかマイナス2点されて、ついに0点となった。


すると。




パアンッ!!!




……和田の顔が、突然破裂した。


血と肉片が辺りにバラまかれて、そこらじゅうに飛び散った。


花壇に植えられた白いチューリップに、その鮮血がかかって、真っ赤に染まった。


首が無くなった和田の身体は、その場にどさりと仰向けに倒れた。齧られたリンゴは血の上をコロコロと転がり、俺の爪先にこつんと当たった。


「うわああああ!?」


「な、な、なんだこれ!?!?」


和田の仲間たちは血にまみれながら絶叫した。「なんで!?なんで!?」と言いながら、パニックになっていた。


「うわーーー!和田ーーー!」と泣き出す者もいれば、呆然としたまま失禁している者もいた。


俺の心臓も、とてつもなく激しく鳴っていた。ドッドッドッと音が聞こえてくるくらいに、身体の奥から鼓動が響いていた。


歯がカチカチと震えて、上手く噛み合わなかった。知らず知らずの内に呼吸が浅くなっていることが、ようやく自覚できた。


「な、なんだ……!?なんで和田がいきなり!?」


普段は落ち着いている海斗も、この時ばかりは動揺していた。


……なぜ和田が死んだのか。


それは、朧気ながらに理解していた。


(……点数だ)


和田は死ぬ直前に、頭の数字が0になった。その瞬間顔が破裂した。




──あなた方が本当に“よい子”かどうか、試すためのテストです


減点対象の行動を行うと、行為の度合いに応じて頭上の点数を差し引いていきます。点数が0になったら、その瞬間に失格となります




天使の言葉が、俺の頭の中に反響する。


(そうか……この上の……この上の数字は!)


俺は顔を上げて、自分の頭上にある『3点』を見つめた。


(この数字は!悪いことをすると減点されるんだ!)


山口くんへ嘘をついたり、物を投げつけたりした時に、和田の点数はどんどん減っていった。


しかも、山口くんをからかった他の奴らも、同じく点数が減点された。


最後の瞬間は、なぜか和田は2点減点されていたが、とにかく何か悪いことをすると、点数が引かれるんだ。


(よい子かどうか試す……!つまり、“よい子”じゃなきゃ生き残れない……!)



ピンポンパンポン



『制限時間、残り45分。リンゴは、残り83個です』



校内放送で、天使の無機質なアナウンスが流れていた。


あちこちから、悲鳴が聞こえてくる。


見上げた先に見える空は、この惨劇とは裏腹に、清々しいほどに青かった。






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