第4話人類の敵「傀儡」

「お前さん、年齢はいくつだ」


 空蝉と名乗る男がそう問いかけた瞬間、カイトの喉が緊張で詰まった。

 それは、カイトが服を貰い、着替え終えた直前のことであった。


「…………」


 カイトは今まで、父以外の人とまともに会話をした経験がほとんどなかった。言葉のやり取りは本や漫画で学んだだけであり、実際の会話に慣れていない。だからと言うべきか、何を最初に言えばいいのか、迷ってしまったのだ。

戦闘中であればこんなことにはならない。……が、今は戦闘中ではない。


(……まずい。このままでは、不気味がられてしまう。年齢だったな。そう簡単なことだ。十五歳ですと答えればいいんだ。ハハハ)


 カイトは、緊張で閉まった喉を無理矢理にこじ開け、不自然に空いた間を埋めようと声を出す。


「……ぅえと、年齢は十五歳くらい……あ、です」


 声は予想外にも裏返る。

「ぎこちないな」と自己嫌悪に陥るカイトを他所に、気にすることなく「そうか、若いな」と空蝉は言い放ち、カイトの背中を軽く二回叩いた。


「何故、こんな地上で暮らしているのかは知らんが、お前さんのような強さならこの地獄でも生きていけるだろうな」


「地獄、ですか?」


 カイトは震える声を必死に抑える。


「あぁ、そうだ。ここは傀儡という化け物に支配されてしまった。人類にとっては……」


 空蝉は会話を止め、カイトの数歩前を歩きながら、荒れ果てた街並みを懐かしそうに見つめている。


「もう地獄だな。こうして、立っていられるのも奇跡に違いないな!」


 乾いたように笑った空蝉は、かつての部下の亡骸に向かって歩き始めた

「傀儡は俺たちの言葉を理解はしているが、俺たちを親の仇のように憎み襲ってくる」


 空蝉は部下だったものの元へ着くと、膝をつき開いていた瞼をそっと優しそうな手で閉じる。


「こいつはな、両親とも傀儡に殺されたんだ。いつか必ず殺した奴を倒してやると、息巻いてやがった」


 空蝉はどこか悲しそうに話す。

 カイトは彼らの歴史を知らない。最近会ったばかりであるため、彼らに何も思い入れなどが無い。だが、何故か胸が締め付けられているようだった。


「この人たちの、名前を、聞いてもいいでしょうか」


 カイトの問いかけに、「あぁ」と短く了承した空蝉は鼻をすする音を鳴らした。


「こいつは加賀見。お調子者だが、熱い男だった。そして、こいつは……」


 空蝉は亡くなったかつての部下のことについて話し始めた。彼らが嫌いなものや好きなもの。家族はいるのか。もしいたら何人いるのかなど。

 カイトにとっては、彼らと過ごした歴史はないため、ほとんどが単語の羅列にも思えたが、それでも、彼らの人となりが分るような気がした。


「すまんな。お前さんには、退屈に感じただろう。大丈夫だ。もう吹っ切れた。ここは戦場だ。クヨクヨなんてなぁ、してられないよな」と空蝉は鼻の詰まった声で言い、「よし!」と何度も何度も強く太ももを叩いた。


カイトはどう彼を慰めればいいのか分からず、空蝉の後ろで、自分自身の頬を強く叩いた。

パァーン! と言う軽い音が鳴り、空蝉はその音に反応し振り向いた。


「私が来たんで、空蝉のりとはもう大丈夫ですよ。安心して眠ってください」


カイトは空蝉の部下に向けて言い放った。

その言葉を聞いた空蝉は、「面白いな、お前さん」と大きく笑った。








「空蝉さん。その……カイライという単語について教えてもらえないですか?」

カイトは段々と温まってきた喉を、それでも気にしながら、遺品の整理をしている空蝉に気になっていることについて話した。

びっくりした顔を空蝉はこちらに向けたが、少し考えたのち「そうだったな」と納得した表情を見せる。


「お前さん、いやカイトは地中の街とは離れていたんだったな」


 そうかそうか、と空蝉は何度も頷き、遺品整理を終えたのか、立ち上げる。


「傀儡は、お前さんが倒したことがある化け物の名称だよ。人型やら先程、カイトが倒したデカブツの総称だな」


「あれらが……ですか?」


「ああ、そうだ」


 空蝉が首を縦に振った。

 カイトは今まで倒してきた人型の化け物に、名前が付いていることを初めて知った。知ったから何だという思考が過るが、知って損することもないだろうとカイトは考える。ただ、あの化け物のことは、これから傀儡と呼ぶべきだろうな、とカイトの頭のメモに書き記す。


「傀儡は、元は人間。だが、もう人間ではない」


空蝉は続けて話す。


「俺もあまり詳しくないが、異界から訪れた精神構造体が、俺たち人類に憑りつき、完成し出来た物体。それが傀儡だ。だからって、心配するな。奴らはもう死んでいるらしいから」


 「まぁ、学者の意見だけどな」と言った空蝉は、カイトの肩にポンと手を置いた。


「俺たちもそう思わないとやられるんだ。彼らを人間とは思わず殺す。奴らにはひとのこころがない。そう思うことでな」


 「悲しいことだが、仕方ない」と空蝉は続けて言った。


「でも、傀儡は言語を話せるんじゃ……」


 カイトが今まで出会った傀儡と言う名の化け物は、意思疎通が出来ていた。人の言葉を話し、カイトたちのように意思疎通が出来る。これらが死んでいるとカイトは理解が出来なかった。生きていたから手足が動き、殺生が出来なのではないか。

 困惑しているカイトを見て、カイトの肩を優しく二回叩いた空蝉は、少し苦笑いを浮かべていた。


「まぁ、正直言って俺たちも分からない。詳しいことは、地中の街に学者たちがいるからそこで聞けばいい。ただ、俺たち人類は奴ら傀儡を人類の敵と認識している」


 カイトから手を離した空蝉は、カイトの目をじっと見て、口調を強めて言った。


「そのことは、いずれ人類代表になるだろうカイトも認識しておいてくれ」


 カイトは訳の分からぬまま空蝉が言ったことに深く頷くと、空蝉はニカっと口角を上げ笑った。そして、「よし、早速だが……」と強引に話を続け始めた。


「カイトよ。お前さんと一緒にやり遂げたい任務があるんだが……」


 空蝉の真剣な顔に、カイトは乾燥しきった喉を鳴らす。

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地上を奪われた人類が地上を取り戻すまで 村野ナナシ @murano_noname1

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