Episode.16...あの頃の摂動.

 達郎は由真とあの頃の場所に向かっていた。Bossはまたあの頃の職場に戻ろうとしていた。蔵人は亜紀のあの時の気持ちをやり直そうと、ホログラムのDVDをスイッチオンした。

 「ああ……こん……にちは……蔵人……元……気……?」

 「何ていえばいいのかな。いろんな出来事があった。神もいたし、君の姉さんもいて、楽しかった。……なんて小学校の感想文みたいな感想しか言えないよ。君はもう壊れる?」

 「ちょっとまって。今三次元に姿を現すから」そう言って亜紀は出てきた。またあの頃の残像がフラッシュバックする。熱を出した亜紀。一緒にプラネタリウムを作ろうと天体望遠鏡を担いで夜空を二人で占有した時の頃。

 「違うの、まだあの時の体には戻れない」亜紀は言った。「しかし、あたしがいることを示すことは今辛うじて出来ているけどね。そんなことじゃなくってね。実はあたし、今は魂が具現化しているだけよ」

 そう言って、亜紀は蔵人の隣に来た。空間は開いたまま空虚。空白の時だけは彼女が刻んでいる。

 しょうがない。亜子の部屋に置いてあったねじ式時計を軽く回す。回転させて西暦がカタカタとデジタル表示されていく。それを亜紀が蔵人と出会う前にセットする。

 また―――あの頃に戻れと祈って。

 〈鏡の向こう側の僕〉

 また出会ったようだね。君は未練がある。亜紀にじゃないよ。あの時の楽しかった思い出をワンコインで買えたらいいななんて勘違いしているんだよ。実はあの頃の思い出は金では買えないから、未来に楽しい思い出を作っていかないといけない。人生を回顧している暇はないよ。

 

 何分かり切ったことを。ふざけるな。僕は電話した。達郎さんに。達郎さんは電話に出て驚いていた。

 どうしたんだい?何かあったのかい?

 実は―――。

 説明する前に、達郎を蔵人の部屋に寄こすことにした。達郎は驚いた。壊れた懐中時計と、女性の姿を光に移したまま、ぼんやりと一人で立ち尽くしているままだったからだ。

 「どうしたの?」達郎は聞いた。

 「亜紀は死んだんだ」蔵人はそう語った。「ずいぶん前に熱にうなされて」

 「夜風に当たろう」達郎は話題を切り替える。「蔵人君はお酒飲める?」

 「まあね」

 「じゃあジンビームでも飲もう」そう言ってハイボールを手にした。また過去の正論ばかり宣う自分と幽霊みたいな女に酔わされるよりかは百倍マシだった。

 「ああ旨い」蔵人は言った。

 「エリザに君のこと伝えておいたよ。精神的に大変なことになっているってね。ここに来なって、後はあたしが面倒見てあげるってさ。良かったな」そう言って蔵人の手を取って握った。「後は君自身だ」

 「分かったよ。―――僕は、達郎さんが全てやってくれるって信じたから、助けて貰ったんだ。僕は自分の人生に賭けをしたくない主義だったんだけど」

 「……そんなカッコつけてる場合か?」達郎はベランダから部屋の中に入る。アサリと貝柱でリゾットを作った。「君は背負いすぎている、何もかも」

 「それもそうですね」蔵人は部屋に入った。部屋ではラジオが流れていた。ニュースキャスターはいつも平静を気取っていて、先生みたいに全うな暮らししか送れていないんだろう。安全圏をいつも手にした生活はさぞかし楽だろうと思う。

 「ニュースは聞きたくない。いつだって誰かが隠れておべっか使っているんだ」蔵人は言った。「とくに澄ました顔のキャスターは」

 「気取ったニュースと言えば、僕は今朝作家になろうと立ち上げたよ。Dark Cherriesとして」達郎は言った。「特に僕は今は調子が悪いから、歌手活動と言い、いつだって辞めてもおかしくない。社会から逃げて孤独になっていても君は僕のニュースを聞いてくれるかい?」

 「良いよ。DVDを立ち上げよう」蔵人は言った。「古ぼけたDVDだけど、「星と共に落ちる夜に」という映画なんだ。少女のユキが由貴さんという彼氏を連れる前に猫のお人形と友達になる映画なんだ」

 「それは僕の小説の作品だ。どうして君が持っている?」達郎は言った。「君はどうして……?」

 「この作品の中に亜紀の魂は実体として入っていったんだ」

 達郎は首をかしげる。不思議なことが続くものだと思った。

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〈Novels.〉Good bye myself. Dark Charries. @summer_fish

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