チャプター3
次の日。
オフィスに向かった周助は、受付で大河を呼び出した。いつもの会議室に通されるかと思ったが、大河は笑顔で、
「ドライブにでも行きましょうか。時間はありますよね?」
と言った。
若干困惑している周助の背中をポンと叩いた大河はエレベーターに向かった。周助も慌ててあとに続く。
エレベーターは地下1階に降りた。
そこは駐車場だった。コンクリート造りの駐車場に停まっている車は、品川の一等地ということだけはあり、どれも一目で高級車だとわかる。
大河がそのうちの1台である、白いスポーツカーに向かうと、周助は目を丸くした。流線型で車高が低く、リアウィングもある。
大河はポケットからキーを取り出してドアのロックをはずし、乗り込んだ。
「乗ってください」
周助は無言で頷き、助手席に乗った。
程なくして、ドルンという太い音とともに、重低音が響き始めた。
「すごい車ですね……これって、いくらぐらいするんでしょうか?」
大河は車を発進させながら、
「2000万ぐらいだったと思います」
と言った。2000万といえば、周助の10年分の年収だ。税金や生活費があるので全額使えないことを考えると、20年や30年貯金をして、やっと買えるようなものだ。
車は駐車場を抜け、歩道に出た。道路はそこそこ混雑している。
大河がウインカーを出し、道路に頭を出すと、後続の車はさっと停止し、入れてくれた。これが高級車の持つパワーなのかどうかはわからないが、すぐに流れに乗れた。
「仕事はどうでした?遠方でしたが、問題ありませんでした?」
「はい、小田さんにも良くしてもらいました」
「それはよかったです」
大河は何気ない雑談を始めた。それは、首都高に乗るまで続いた。
高速道路に入ると、彼は話題を変えた。
「それで、来年からの話なのですが……継続でいいんですよね?」
「もちろんです。できればずっと続けたいです!続けるために俺にできることがあれば、頑張ります!」
「『聖杯』については、調べてみました?」
「はい、すぐに。絶対に儲かる手法のことで、例えばチャートがこの形になった時に買えばあがるとかそういうものがあるって話ですよね?」
「ほかには?」
「聖杯は無いということもわかりました。ただ、俺は仮にあるとしても、オモテには出てこないんじゃないかと思っています」
大河は黙っていた。それが不安になった周助は、言葉を付け加えた。
「でも、サラマンダー・エクスプレス社には聖杯があるんですよね?ただ、そう考えるとちょっとおかしくて……いえ、すいません。なんでもないです」
「遠慮なく言ってみてください」
「前に幸村さんが運用側のリスクがあるようなことを言っていましたけど、聖杯があるなら、なんでそんなものがあるのかって思うんです」
大河はふっと笑った。
車は中央道に入っていた。スピードの出る車のようだが、制限速度よりも少し早いぐらいで流れていた。
「絶対に儲かる手法というのは、物凄く単純なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。例えば為替……そうですね、ドル円としましょうか。今いくらかわかりますか?」
周助は申し訳無さそうに、知らないと返した。
「まあ、いくらでもいいです。相場はここから動きますが、どっちに動くと思いますか?上がるか下がるかを絶対に当てたい場合、どうすればいいと思います?」
「うーん……もしかして、誰かに聞くんですか?インサイダー取引とか、聞いたことがあります」
為替にインサイダーはないと、大河は笑った。
「買いポジションと売りポジション、両方持てばいいんですよ。どっちかは当たります。競馬だって、全部買えば1つは当たりますよね?」
「えっ?い、いや、でもそれじゃ……」
大河は周助の反応を楽しむように、無言でアクセルを踏んだ。
しばらく待ったあと、
「その通りですよ。半分……といっても、ある程度の期待値は計算していますので、ポジションの量は均等ではありませんが、両方のポジションを持ちます。だから、負けるポジションもあります」
と言った。
「ドル円がここから上がりそうだとしましょう。佐多島さんたちアルバイトの人が100人いたとすると、70人分のお金で買い、30人分のお金で売るわけです。順調にあがれば、売りポジションは早めに解消します」
実際にトレードをしたことがない周助には、確かに儲かりそうだなと感じる。だが、こんな手法でいいのなら、世の中のトレーダー達は全員やっているはずだ。ということは、なにかコツのようなものがあるのかと考える。
察した大河は、
「コツなんてものはありませんよ」
と微笑んだ。
「つまりですね、負けは当然ありますし、負けたら撤退なんですよ」
「撤退?でも、俺は毎月配当を貰えていますよね?ということは、今のところは手法が上手く行っているということですか?それに、それじゃ、必ず儲かるっていうのはウソってことになりませんか?」
「ウソではありません」
車は高尾のあたりで圏央道に向かった。北上して青梅のほうに向かうようだ。
ガラガラの道路になると、大河はアクセルを踏み、スポーツカーはポテンシャルを発揮し始めた。
日の出インターで降り、更に進んだ。青梅を抜けて山道に入っていく。
「先程の話ですが、弊社ではエントリーの前に投資家を二つのグループに分けます。買いポジションを取るグループと、売りポジションを取るグループです。そこでポジションを持ち、基本的には多数のほうに動くので、勝ちます。ですが、稀に少数側に動いてしまい、マイナスになることもあります。ここまではいいですか?」
周助は頷いた。
「負けた場合は当然、回収しなければなりません。これもわかりますか?」
「……ええ」
大河は左手をズボンのポケットに入れた。スマートフォンを取り出すと、周助に渡した。自分と同じハイエンドモデルだ。
パスワードは1が4つということで、周助が入力すると、アニメの犬のキャラクターを壁紙とした、ファンシーなホーム画面が表示された。大河のもとは思えないが、誰のスマートフォンかと思う。
メッセージを開くように言われ、アプリを開いてみると、周助は目を見開いた。
「それはですね、岩室さんのスマホですよ」
「えっ?いや……でも、なぜ……?」
いくつもの疑問が周助の頭の中に湧いた。
なぜ彼女のスマートフォンを大河が持っているのか。そして、なぜそれを自分に伝えるのか。
周助は、大河が自分に対して何かをテストしているのだろうかと思う。投資の運営に近づくためのなにかと思われる。
仮にこれが犯罪として、追求する側になるなら終わりだろう。だが、受け入れ、ついていくことを選択すれば、昨日の長髪の男が乗っているような車や、今自分が乗っているような車を買える日が来るかもしれない。
周助は即答に近い形で、受け入れることを選択した。奈々子が結婚したわけではなく、何かに巻き込まれていることは薄々気がついていたが、受け入れることにした。
黙っていると、大河が言った。
「岩室さんは踏み込みすぎたんです。軽トラックの荷台の扉は開いてはいけないとあれほど言っていたのに、見てしまったんです。まあ、中のボックスは開けられなかったようですが、あれにはバレる仕組みがあったんです」
「あの……中身というのは?」
「気になりますよね?まあ、佐多島さんもこちら側に踏み込むことになりますので、ちゃんと説明しますよ」
やはり、テストのようだと、周助は息を飲んだ。心臓の鼓動が高鳴っていく。
「投資で負けた場合、どうやって負債を回収するのか?という話ですが、幸い弊社は商社なので、色々なコネがあります。使い道がないほどお金を持っている富裕層なんてのも、何人もいるんです」
「援助を求めるんですか?」
「似たようなものですね。佐多島さんは『デスゲーム』ってわかりますか?メンバーを集めて殺し合いをするようなものです」
「あの、漫画や小説にあるようなやつですか?」
大河は頷いた。
「負債を回収するために、負けたポジションのグループから6人を選んで、デスゲームに参加してもらいます。富裕層の顧客はお金を出して楽しんでくれます。もちろん、優勝者にもものすごい賞金が出ますよ」
それを聞いた周助は、軽トラックの中身がなんとなく想像できた。
それは、想像通りのものだった。
「林業のレポートは参加者候補のリストです。身元がバレにくい方がいいですし、個性も別れていたほうが面白いですからね。そして、軽トラックの荷台にあるものは、佐多島さんの想像通りのものが、6つ入っています。港から船に乗せて、海に沈めて終わりです」
大きく深呼吸した周助は、疑問を得た。
参加者が6人で、なぜ死体も6つなのだろうかと。
疑問を投げてみると、大河は笑顔で言った。
「優勝者の資金もこちらで回収しますからね。それだけの話です」
つまり、参加者は全員死ぬということだ。
「な……なるほど……」
車は山道に入っていた。大河の話に聞き入っていた周助は、どこを走っているのかわからなくなっていた。このドライブの目的地も聞かされていない。
今までの話を統合すると、自分はこれからデスゲームの運用側にでも回るのだろうかと考え始めた。やれるかと言われると、当然、イエスだ。非合法ではあるがワクワクしてくるのは事実だったし、大金を得られるチャンスであることは間違いがなかった。
やがて大きな洋館が見えてきた。高い塀に囲まれた大きな両開きの門の前に車を停車させると、誰かがカメラで見ているのか、鈍い音とともにゆっくりと開き始めた。
再び山道を走ると、広い駐車場が見えてきた。
高級車が20台ぐらい停まっている。もう一つ、銀色の大きなボックスが取り付けられた軽トラックもあった。ここがなんなのだろうと思っていた周助だったが、軽トラックを見てデスゲームの会場だと理解した。あれで死体を運ぶのだろう。
大河は駐車場に車を停めると、周助にも降りるように言った。寒いので急ぎましょうという声に駆け足で洋館の入口に向かう。
こちらもカメラで見ているのか、自動的に扉が開いた。
シャンデリアのある大きな広間だった。黒いタキシードを着た二人の男が、大河を見て深くお辞儀をした。
周助は彼らの顔に見覚えがあった。
それは、約1年前にオフィスの受付で見た2人だった。つまり、彼らも運営側だったということになる。
大河は周助の背中をポンと叩くと、周助は声をあげ、お辞儀をした。
「よろしくお願いします!」
二人の男は近寄ってきて、周助の肩をポンと叩いた。
その瞬間、周助は口元にハンカチのようなものを当てられた。
抵抗しようと思うが、意識が徐々になくなっていくのがわかる。
どうやら、運営側として参加するのではなく、プレイヤーとして参加させられるためにここに連れてこられたようだと気づいた時には遅かった。勝利しても生還することが無いから、大河は何もかもを話したのだ。
自分も奈々子のように踏み込みすぎたということらしい。
普通に投資をして儲かればよし、負けた場合は投資家をデスゲームに参加させてお金を取り返せばいいというビジネスは、確かに完璧だった。サラマンダー・エクスプレス社にとっては。
意識を失い、二人の男に支えられている周助に向け、大河は笑顔で言った。
「だから言ったじゃないですか。『必ず儲かる投資』だって。」
必ず儲かる投資があります Master.T @mastert
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