宝物が眠る海辺で
瑞葉
第1話
君がくれた5000円の指輪は海に流した。
そこまでしたら、もう君のことを思い出さないだろうと思ったのに、わたしはかえって、戻らない時間に未練タラタラになった。
9月のさみしい海で、戻らない時間に想いを馳せる。
去年の4月から付き合い始めた高校生のわたしたちは、隣同士のクラスで、人並みにいちゃついて、いい時間を過ごしていた。そして、別れたのは今年の4月だった。1年間のおつきあいだった。
わたしが「花見に行こうよ」と3月半ばに能天気に送信した時に何も返してくれなかった君。ほんとはその頃、ご家族と東京の病院そばのホテルに泊まり込んで、大学病院に入院しているおばあさんを看取っていた。君は男気があるから、そんな愚痴を一言も言わなかったよね。
おばあさんの葬儀のために君が学校を休んでいると、君のクラスメイトに3月の終わりに聞いた。今更、「連絡をくれなかった時にメッセージを送り続けた」ことを謝ってももう遅かった。
指輪を捨てた9月から1週間後の日曜日の今日、捨てた場所、江ノ島の浜辺に来ている。水族館の脇の舗装された海沿いの道にはカップルや親子連れ、犬を連れた人やサーファーがいて、みんな静かに海を楽しんでいた。
そこはわたしにとっても、彼との時間が詰まった場所だった。
わたしたちは横浜の高校生。月に一度は江ノ島や新江ノ島水族館で遊んでいた。神様を深く信じているわけでもないのに、江島神社にお参りしたりもしていた。
スマホの写真を遡ってみる。指輪は捨てられても、あの景色もこの景色も、スマホから消去できるはずがない。
「もう一度、連絡してみよう」
いま、二人でこの景色が見たかった。隣にいる相手は君しか考えられない。
非表示にしていた彼のアイコンを元に戻した。懐かしい彼のアイコンが、前に一緒に撮った江ノ島の海のままなのを微笑ましく思う。
お元気ですか? 指輪はなくしてしまったけれど、わたしは変わらず元気でいます。
宝物が眠る海辺で 瑞葉 @mizuha1208mizu_iro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます