第3話 橋本哲也

 橋本は本来休む予定だったが、実家からお菓子が届いたので、お裾分けを置いていこうと香澄の実家に車で寄った。


 玄関に、香澄とみのりの靴がある。二人は出かけていないようだ。橋本は香澄に貸していた本のことを思い出し、返してもらおうと2階にある香澄の部屋に向かった。


 香澄の部屋の前に立ち、ノックをしようとした時だった。



「あ……っ……んあっ……!」


 と、何とも言えない声が聞こえてきた。


 え? ヤッてる?

 いや……うん、二人でアダルトな物を見てるのかもしれない。どちらにせよ、帰ろう。


 橋本は素早く判断し、その場を離れようとした。



「香澄さん……好き……大好き……あうっ……」


 そうハッキリ聞こえて、橋本は滑り落ちるように階段を降り、とりあえず台所の食卓の椅子に座った。呼吸を整える。今、車を運転したら事故るかもしれない。



 ヤッてるよね。

 うん、前々から怪しいと思ってた。お互いよく見つめ合ってるし、香澄さんがみのり君の肩やら腰やらにやたら手を回してて、彼女かよ!って思ってた。朝食の時も、味見だなんだってあーん、とかしてるし、時々みのり君から、「邪魔なんですけど……」みたいな目で見られてた気がしてた!!

 まあ、俺も、今ドキの若者として否定はしない。みのり君は特に女の子みたいな見た目だし。アリだよアリ。



 そんなことを一瞬で考えながら、橋本は少し落ち着いてきた。



 いいじゃないか、自由恋愛。香澄さん、幸せそうだし。運命の人に出会えるなら、もう男でもいいよ。いいって。


 橋本は何度か一人で頷き、一度深呼吸をして立ち上がった。


 よし! 帰ろう!

 とりあえず家までの正気は取り戻した。


 そう思った橋本が台所を出ようとしたとき、台所に入ろうとしたみのりと鉢合わせした。



「わああ!」


 橋本は声をあげた。


「橋本さん?! どうしてここに?」


「え、あ、お菓子のお裾分け! 持ってきて、置いてあるから、そこに……」


「あ、ありがとうございます……」


 みのりはたとたどしく言った。みのりは香澄のTシャツを着ているが、体格が違うのでTシャツはお尻まで隠れるくらい大きい。下はズボンもハーフパンツも履いていない。さすがにパンツは履いているだろうが……。



「すみません、変な格好でっ。あんまり暑いからトメさんもいないし、油断しちゃって……」


 みのりは恥ずかしそうにうつむいて、Tシャツの裾を握って少しでも下を隠そうとする。髪が汗で濡れて、首にはキスマークまでつけている。



 お前ら……夏にキスマークって、隠す気ゼロか。脳内お花畑にも程がある。なんか腹立ってきた。


 そう思った橋本は、ひょいっとみのりのTシャツの裾をめくった、


「あああっ」


 みのりは慌てて裾を直した。


 ちっ。やっぱりパンツ履いてた。一体どれだけのモノをお持ちか見てやろうと思ったのに。



「す、すいません、本当……こんな格好で! 下履いて来ますね!」


 みのりが立ち去ろうとしたので、橋本はみのりの腕を後ろから掴んで抱きしめた。



「え!? あのっ! な、何か?!」


 みのりが慌てた声で言う。


「前々から思ってたんだけど、みのり君って本当に男の子なの?」


「お、男です! 全然男らしくないけど!」


「せっかくの薄着だから、あらためさせてもらおうと思って」


 みのりがまさに、ぴえん、みたいな反応をする。

 

 なんか可愛い。あれ? 俺ってそんなにSだったかな?


 橋本はそう思いながらも、みのりの鼠蹊部に手を這わせた。


「あぅ……」


 と、みのりが声を漏らすので、何でいちいちエロい声出すんだ、誘ってんのか? と、橋本は妙に煽られた気持ちになった。



「橋本君?」


 そう呼ばれて橋本が顔を上げると、香澄がそこに立っていた。香澄はちゃんと服を着ている。


 みのりが、うわーん、と言わんばかりに橋本の緩めた手をすり抜けて、香澄に抱きつく。


 ヤバい、いくら相手が香澄さんでも、これはボコられる。と、橋本は覚悟した。



 だが、予想に反して香澄の声は穏やかだった。


「……ごめんね、橋本君。みのりさんがエッチな格好してたから、魔がさしたよね」


 香澄は申し訳なさそうだ。


 ……うん、まあ、ソウデスネ……ウソではないかな……。



「橋本君ですらその気になるの、わかるよ! みのりさん、可愛いから! 本当、このお尻から尻尾生えてたら完璧だよね!」


 そう言って香澄は、みのりのTシャツをめくり、細い腰から柔らかそうな尻のラインを橋本に見せつけながら、尻をなでた。みのりが香澄の首元に顔を押し付けたまま、あうっ……と喘ぐ。



「でも、ごめんね。みのりさんの可愛らしさをわかってくれる人がいるのは嬉しいんだけど、実は私たち……付き合ってるんだ」


 ……ズレてるけど、妙に男らしいな香澄さん……。橋本は無駄にそう思った。



「ね、みぃちゃん」


 香澄はそう言って、みのりにあごくいをすると、橋本の目の前でキスを始めた。みのりも目をつむり、うっとりした表情で香澄の唇に吸い付いている。


 俺は悪い夢を見ているんだろうか。



「わかりました、ご馳走様です。どうかお幸せに」


 橋本はそう言って、その場を去った。


 このたった30分足らずで、大切なものをたくさん失った気がした。

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みのりと香織 千織 @katokaikou

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