第2話散歩仲間
八女井さんの転入から一夜明けた今日、新入生の入学式によって俺たちは休校日となっていた。
「休みといっても別にすることがあるわけじゃないんだよなぁ」
俺は自分のベットに寝転がりながら、スマホを眺める。
……あ、そうだ。散歩に行こう。人間にはある……ふとした瞬間に散歩に行きたくなることが。
「そうと決まればあそこに行くか」
家の近くにある大きな公園。この時期ならまだ桜も咲いてるはずだし、コンビニで飲み物でも買ってから行くか。
俺は片手にミネラルウォーターを持ちながら、公園が設定している散歩道を歩く。
「4月上旬といえど、もう桜は落ち始めてるな」
俺は桜の木の前で立ち止まり、ひとり呟く。ちょうど喉が渇いてきたし、ここで水でも……。
「あ、慧君。どうしたの?こんなところで」
そういいながら八女井さんが遠くから俺のもとに小走りでやってきていた。びっくりした。水を飲む前で良かったな。
「八女井さんこそ、どうしてこんなところに?」
俺の当然の疑問に八女井さんは、少し考えながらおれの質問に答える。
「私?私は散歩が趣味だからね。この辺じゃ大きな公園なんてここ位しかないでしょ?引っ越してきたときからここを歩いてるんだ」
へぇ、てっきり最初からこの辺に住んでいたかと思っていたが、どこか別の場所からここに引っ越してきたんだ。……俺って自己紹介したっけ?
先ほどの会話の中にあった違和感を八女井さんに聞いてみることにした。
「そういえば、どうして俺の名前知ってるの?八女井さん、昨日は皆に囲まれてたから俺とは会話して会話してないはずだけど?」
俺の疑問を聞いた八女井さんは、やってしまったという顔をしながら口を動かす。
「あ、え~っと……あ!教卓、教卓の上にあった席順を見て覚えたの!」
……嘘だよね?自己紹介をしていたのは20秒あるかどうか、そんな短時間で翌日も覚えていられるほどの記憶力……天才?
「そうなんだ、じゃあ俺はここで……」
この辺りに住んでいるキト生が少ないとはいえ、いないわけではない。もし、八女井さんと一緒にいられるところを見られ、勘ぐられるのは勘弁である。
そんな風に考え、別のほうに足を向けようとした時、俺の腕が八女井さんに引き留められた。
「どうしたの?」
そんな風に聞いても八女井さんからの反応はない。
「あの~八女井さん?いい加減放していただけると~」
「あ!ご、ごめん。でもさ、どうせならもう少し歩こうよ」
そういって八女井さんは俺の体ごと引っ張って行ってしまった。どうか、ほかのキト生に見つからないことを祈りながら、さっさと切り上げよう。
八女井さんに連れられてから何分が経っただろうか、先程から八女井さんは少し離れた位置で俺と一緒に歩いていた。
「あの、八女井さん……」
「ダメ」
「でも……」
「ダメ」
「……はい」
少し前から帰る旨を伝えようとしても、伝える前に断られてしまう。
でもなぁ、こんな所をキト生に見られるわけにはいかないんだよなぁ。
しばらく歩いたら満足してくれるかもしれないし、もう少しだけ歩くか。
そう思いながら、また数分が経過した。
「ねぇ、慧君ーー」
ついに八女井さんが話し始めた。ついに帰る話かと思い、八女井さんの次の言葉を待つ。
「散歩って好き?」
「へ?」
「だから、散歩は好き?」
俺の予想とは全然違う言葉が俺の耳に届いてきたため、つい呆けてしまったが……散歩、散歩が好きかどうかなんて考えたこともなかったな。
「どうなんだろうね、嫌いではないけどーー」
「じゃあ好き?」
その質問に悩みながら俺は答える。
「たぶん違う……と、思う」
曖昧な答え、それでも八女井さんは満足したような表情をしながら歩き出した。あんな微妙な回答のどこに満足できたのだろうか。
「じゃあ、さ……学校は好き?今でもーー昔でもいいから」
学校、休みや休校になった時は当然滅茶苦茶嬉しいし、勉強はめんどくさいし、でも……。
「今はよくわからないけど、昔……小学生低学年ぐらいまでは少なくとも、学校を楽しんでたと思うーーってこんな話をしてもだよね、忘れて」
少しの恥ずかしさを感じながらも、俺たちは歩く。腕時計は四時に差し掛かっていた……そろそろ帰るか。
「ねぇ、八女井さんーー」
俺が時間を伝えるために振り向くと、先程よりも遠くに、顔を俯かせながらゆっくり歩いていた。
「ちょ、八女井さん!大丈夫?」
そうして、八女井さんに近づく俺に気づいたのか、八女井さんは俺から距離をとる。
「だ、大丈夫……そろそろ帰るね!じゃあ、またね」
「あ、うん」
そういい終わると、八女井さんは物凄いスピードで帰っていった。確かに帰りたいとは思ったけど……。
「何かマズイこと言ったかなぁ」
そうして俺は手に持っていたミネラルウォーターを飲み干し、家に帰っていった。
可愛い転入生が俺の幼馴染かもしれない 隼 @yabusou0107
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