「願い」「星空」「雨」「景品」「タオル」で一本

真衣 優夢

雨の日は、嫌いで好きで




夏祭りは、急な雷雨で中断になってしまった。

明るく賑わっていた境内からは、小走りで去る人影が、次々と雨霞に消えていく。


浴衣では走れそうになくて、私は、大きな杉の下で雨をやり過ごすことにした。

跳ねる飛沫が下駄に冷たい。

降りやむ気配がない雨。

無事に帰れるかどうか、不安になってきた。


ひとりで祭りなんて、来なければよかった。

本当は彼と来るはずだった夏祭りは、あっさり破局でおひとりさまに変更。

今日のための浴衣がもったいなくて、半ば意地で来たから、神様のご機嫌を損ねたのだろうか。


裾の泥跳ねがひどい。

綺麗な朝顔模様の浴衣、気に入ってたのに。

鼻の奥がつんとして、うつむいた私の頭に、柔らかいものがぽふんと乗っかった。


「タオル、使って。

遠慮とかしないでくれな。福引きの景品で山ほど余ってる」


思わず声の方を見ると、緑の袴の男の人がいた。何故か、私の方を見ようとしない。

神社の関係者にしては、すごく若い感じ…高校生くらいに見える。


「その、とりあえず濡れたとこ拭いて…、

でもって、これもう一枚、その、

濡れると…、透けるからっ」


彼に言われて、私は反射的に胸元をタオルで覆った。

透けてる!?暗がりではよくわからないけれど、見ず知らずの異性からタオルを差し入れられるくらいに透けてる!?!?

恥ずかしさで顔がかあっと熱くなる。

逃げ出したい気分だったが、あいにく逃げ場はどこにもなかった。


「ええと、俺、同じ学校なんだけど…。ここの宮司の息子で」


「ここって、日向(ひむかい)神社の?」


「うん。名字も日向。

知らなくて当然だと思う。俺、いっこ下だから」


なぜ、神社の息子さんが私を知っているのか。

毎年おみくじやらお守りを買いに来ている神社だから、向こうからすればよく見る顔なのだろうか。


「えっと…日向、くん?

その格好、祭りでなにか、お祓いみたいなのしてたの?」


「しないしない、なんでさ!?

俺は社務所でお守りとかお札渡す、家バイト。

神事は資格ある人しかやらねえよ」


「え、資格ってあるんだ」


「大学で単位とって…」


「割と普通なんだね」


「割と普通ってなんだよ!?」


喋っていると、年近い親しみが感じられてきて、少しほっとした。


「お祭り、残念だったね」


「まあな。天気はしょうがねえよ。

終わり頃だったからマシかな」


話しているうちに、雨足が弱くなってきた。

この調子なら、走って駅まで行けそうだが…。

濡れ浴衣で電車に乗る勇気は、さすがに…。


「このまま雨、やまなきゃいいのに」


やけくその願いは、声に出てしまったようだ。

驚いた日向くんは一瞬私を見たが、すぐに目をそらしてくれた。


「やみますように、じゃなくて?」


「やまなかったら、帰れない言い訳ができるかなって」


「ああ…その格好だからか…

あんた、彼氏いたんじゃなかったっけ?

迎えに来てもらえねえの?」


「半月前に別れたよ」


なんで知ってるの、と聞きたかったが、同じクラスに彼氏がいた私は、悪目立ちしてたのかも知れない。

それに、もう別れたんだし。


「…タクシー呼ぶ?」


「お金そんなに持ってきてない」


「……うーん……」


日向くんは、そっぽをむいたまま、私に手を差し出した。


「うち、替えの浴衣くらいあると思う。

母親のだから…柄は年寄りくさいかもだけど」


「お母さんが聞いたら怒るんじゃない?」


「いや、母さんに言うなよそれ!?

その…、えっと、

今着てるような、綺麗で鮮やかな浴衣はないって意味で」


日向くんは、特に深い意味はなく言ったのだろうけど。


ふいに涙があふれて落ちた。


この浴衣を着て、彼氏とデートして。

きれいだね、って、言われたかったんだなあ。私。

ひとりで来ても、意味なかった。

馬鹿だなあ…。


「………」


日向くんは無言で、私の手を引っ張って社務所に連れていってくれた。

中は賑わっていた。ほとんどがお祭りの関係者だろう。壮年の人が多かった。

場違いで身をちぢこめていると、日向くんは奥へ行き、入れ替わりに日向くんのお母さんが出てきた。

巫女服姿のきれいな人は、にこにこと私を部屋にあげてくれて、浴衣を貸してくれた上に車で送迎までしてくれた。

巫女服で高級車のハンドルを握る姿は、なんというか、すごかった。


日向くんがどうして私を知っていたか。

道中で日向くんお母さんから聞いた話は、本人がここにいたら、やめろと叫んだことだろう。

私が逆の立場なら、絶対そうするから。




次の日は快晴だった。

日中の祭りである昼宮に、私はワンピース姿で出掛けた。

彼と彼のお母さんに、お世話になったお礼を言うために。


「日向くん」


私は、あの時の景品のタオルではなく、来る前に買ってきたハンドタオルを日向くんに差し出した。

袴に似た、若葉色を選んだ。


日向くんは聞いただろうか。

日向くんお母さんが私に、まるっとばらしてしまったこと。


私が覚えていないくらい小さな頃、私は迷子になった日向くんの手を引いて、神社まで連れてきたことがあったらしい。

泣きじゃくる日向くんを鼓舞しながら、私も怖くて目を真っ赤にしていたんだという。


『もうー、白馬のお姫様よね~!

息子の片思い拗らせ期間、なかなかすごいと思わない?

ね、村上さん。フリーになったんなら、うちの息子どうかしら。

就職先確定してて、将来安泰の良物件よ~?』


日向くんの顔が真っ赤なところからして、たぶん全部聞かされたのだろう。


「昨日はありがとう。

それから」


私は言葉につまり、考えて、どうにか続けた。


「…雨が降ってよかった、な…と、思う」


「………う、ん」





まだ夏休みは終わらないから。

私たちは約束した。

あの朝顔柄の浴衣を着て、晴れた日に満天の星を見に行こう、と。


そこで言いたいことがある、と日向くんは言葉を濁したから、私は。



その日から、雨と神社が大好きになったんだ。

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「願い」「星空」「雨」「景品」「タオル」で一本 真衣 優夢 @yurayurahituji

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