おばあちゃんちのお盆のわたし

真衣 優夢

女の子が体験した、ふしぎなやさしさ




 女の子の10歳ってね、女ざかりなのよ。知ってる?

 日焼け止めクリームの色は悩みぬいて選ぶし、色付きリップはみっつも持ってるわ。

 髪留めは、お小遣いが足りなくて100円ショップだけど、すごくかわいいビジュー?ていうやつなの。

 おしゃれして、お気に入りのワンピースを着て、出かける先がおばあちゃんの家っていうのは、ちょっとテンション下がるけど。

 毎年行っているから、お盆はおばあちゃん家だってわかってるんだけど。

 去年までの9歳のコドモじゃなくて、私、10歳なのに!

 もっと素敵なところに行きたいなあ。



 ものすごく朝早くに出かけても、何時間もかかるドライブ。

 パパとママも、私もぐったり気味でおばあちゃん家に到着した。

 おばあちゃん家のエアコンは効きが悪い。扇風機も最大出力だ。



「遠いところからおつかれさん。

スイカ冷えてるよ、どう?」


「食べる!」



 おばあちゃん家はド田舎でなんにもないけど、野菜がおいしい。

 おばあちゃんが畑で育てているから産地直送だ。

 楽しめるところは楽しまなくっちゃ!



 それにしても、お盆ってなんなのかな。

 毎年、パパとママと私でおばあちゃん家に行くけど、特別なことはない。

 私はママのやってる通り、隣でお仏壇に手を合わせ、それから数日だらだらするだけ。

 正直いって、つまらない。

 友達と遊びに行く方が100倍楽しい。

 でも、一人で何日もお留守番なんて無理だし…。



 暗くなってきた。少し涼しくなった。

 遠くで花火の音が聞こえた。

 お祭りがあるのかな?

 どうせ暇だし、見に行ってみようかな。



 パパはおばあちゃんと奥の部屋で話していて、ママはご近所さんのおうちに行っている。

 ちょっと行って帰ってくるだけだし、いっか。

 私は縁側から降りて、サンダルをつっかけて庭に出た。

 おばあちゃん家の庭は、門と壁がなくて、代わりにたくさん木が立っている。

 合間をすり抜けたらすぐ外に出られて楽。セキュリティ、なってないとは思うけど。



 私は花火の音をたよりに、きょろきょろしながら砂利道を歩いた。

 きっとすぐ、屋台の灯とかにぎやかな音とか、浴衣姿の人とか見つかるはず。

 それをたどっていけば、かんたんにお祭りに到着だ。



………

………………

………………………



 ずいぶん歩いた気がする。サンダルがこすれて痛くなってきたもん。

 お祭りはどこにも見えない。

 おかしいな、絶対すぐ見つかると思ったのに。

 そういえば、花火の音、もう聞こえない。




ここ、どこだろう?




 砂利道は変わらず砂利道だけど、石の大きさが、歩きにくい感じがする。

 右を見ても木。左を見ても木。

 空はもう真っ暗。

 後ろを振り返ったら、自分が歩いてきた道も真っ暗。

 どこを歩いてきたんだっけ?

 一本道じゃなかった。何度か分かれ道を、音のほうを選んだ。

 音がなくなったら、帰りは、どっちを選べばいいの?



 じわあ、と涙が浮かんだら、もう止まらなくなった。

 こわい。こわい!

 ここ、どこなの?

 帰りたい、おうちにかえりたい。

 おうちにかえりたいよう…!!



 砂利道に座り込んで泣きじゃくる私の頭に、何かがさわった。

 びっくりして転びそうになりながら上を見ると、人がいた。



「子供がこんなとこで、なにしてるんだよ」



 浴衣姿の男の人だった。高校生くらいかな。

 やっぱりお祭りがあったんだ。花火が終わって、帰るところなんだ。

 私、道、あってた。間違ってなかった。

 でも、でも、私、わたし、ここから、かえれない、おばあちゃんち、おばあちゃんちが、わかんな、



「待て、待てって。泣いてたら、何言ってるのかわかんないから…。

 ほれ、息すって、はいて。涙ふいて、な?

 お前さ、どこの子?」



 浴衣のお兄さんは優しかった。でもって、けっこうイケメンだった。

 坊主頭なのは、野球部員とかかな?

 髪はもうちょっと伸ばしたほうがいいと思う。



 私はひっくひっく鳴る喉を押さえながら、おばあちゃん家から来たことをお兄さんに伝えた。



「ああ、そうか。お前、そこの子か。

 だったら道がわからなくもない。

 …と言いたいが」



 お兄さんは困ったように砂利道の向こうを眺めた。

 あー…真っ暗だもんね…。

 懐中電灯があっても恐いくらい、なんにもみえない。

 星はすごくきれいで大きいから、なんとかあたりが見えてる感じ。



「今年に限って、道がわからないな」


「うん、暗いもんね」



 お兄さんは、私の言葉に意外そうな顔をしてから、にかっと笑った。

 笑うとイケメンがアップした。

 やっぱり髪はもう少し伸ばしてほしい。



「あ、ついた!」



 お兄さんが嬉しそうな声を上げた。

 私もお兄さんの見ているほうを見たけれど、なんにもなかった。



「なにがついたの?」


「道しるべみたいなものかな。

これで送ってやれる」



 お兄さんが私に手を差し伸べた。

 イケメンのエスコートを断るなんてありえない。私は手を取った。

 お兄さんの手は冷たくて、とても心地よかった。



 来た時よりもずいぶん早く、おばあちゃん家まで帰ってきた。

 私、回り道してたのかな?

 あっけないくらいあっさり帰ってきた私に、庭をうろうろしていたママが走ってきて、私をぎゅっと抱きしめた後、めちゃくちゃ怒った。

 パパもやってきて、頭をなでながら、やっぱり怒った。

 ごめんなさい…。

 お祭り、すぐ見つかると思ったんだもん…。



「お兄さんが送ってくれたんだよ。

 お祭りのお兄さん」



 私は、いつの間にかお兄さんがいなくなっていることに気づいた。

 しっかりつかんでくれていた手。いつ手を離したっけ?

 途中、会話はなかったけど、お兄さんの気配ですごく安心した。

 ちゃんとお礼したかったのに。帰っちゃったの? シャイなの?



 私は、パパとママとおばあちゃんに、お兄さんのことを説明した。

 パパとママは変な顔をした。

 今日はお祭りなんかない、と言われた。

 高校生の男の子が、普段着で浴衣なんか着ないと。

 それは……確かに普段着で浴衣ってナイと思うけど、でも花火の音はしたし、お兄さんはいたし、お兄さんは浴衣を着てたもん。

 藍色の浴衣が格好良かったから!イケメンだったから!



 パパとママは、近所の誰かが送ってくれたんだろうと思ったみたいで、明日聞いてみてくれるらしい。

 お礼はちゃんとしないとね。私、義理堅いオンナだもの。



 そろそろ寝ようとした私を、おばあちゃんがそーっと呼んだ。

 おばあちゃんの部屋で、内緒でお饅頭を食べる。深夜のあんこ、罪の味だわ。



「ねえ、ゆいちゃん。

 ゆいちゃんが会ったお兄さん、この中にいる?」



 おばあちゃんが出してきたのは、ぼろぼろの古い写真だった。

 写真が全体的に茶色っぽくて、色がよくわからない。

 でも、何人か立ってるうちのひとり、坊主頭に浴衣のお兄さん……このイケメンは確かにお兄さんだ!



 私が「この人」と指をさすと、おばあちゃんはごくりと唾をのんで、それから、ほんのり笑った。

 おばあちゃんは、今日は私と寝たいからと、ママの隣にしいてあったふとんをおばあちゃんの部屋へ移動させた。



「ねえねえ。おばあちゃん。

 あのお兄さん、誰?」


「私のおじいさんだよ」


「!?

おばあちゃんに、おじいちゃんがいるの!?」


「あはは! ゆいちゃんはおかしなことを言うのねえ。

 私も、ゆいちゃんくらい小さなころがあったし、おじいさんもおばあさんもいるのよ」


「おばあちゃんは、最初からおばあちゃんだと思ってた!」


「まあまあ、あはははは」



 おばあちゃんは話してくれた。

 おばあちゃんは、自分のおじいちゃんには一度も会っていないのだと。



「おじいさんはね、四男坊だったからね。

 若いのに、すぐ召集令状がきてしまったそうでね。

 兵隊になると決まった次の日に、近所の別嬪さんと祝言……ええと、結婚して、すぐに戦争に行ったの。

 それきり帰ってこなかったそうなのよ。

 私のおばあさんは、ひとりで赤んぼを育てて大変だったらしいわ」


「帰ってこなかったって……。

 死んじゃったの?」


「たぶんね。

 遺骨も帰ってこなかったそうだから、いろいろ、よくわからないんだよ」



 おばあちゃんの話は、難しい言葉が多くて、全部はわからなかった。

 でも、おばあちゃんのおじいちゃん……つまりひいひいおじいちゃん? は、戦争に行って死んだということはわかった。



 私の手をつかんでくれたイケメンお兄さんは、ユーレイだったみたい。

 ちっとも怖くなかった。あんなイケメンユーレイなら、何度だって会いたいと思う。



「家に帰れもしないで死んじゃうなんて、戦争って嫌だね。

私、今の時代に生まれてよかったよ」


「ゆいちゃん。

 今の時代にも戦争はあるんだよ。

 日本は戦争をしていないけれど、今もたくさんの国が戦争をしてる。

 おじいさんと同じように、若くして亡くなる人もいっぱいいるんだよ」


「今も……!?

 今って、令和の今も!?」


「そうだよ」



 知らなかった。

 ううん、ぜんぜん知らないってわけじゃなかった、ほんとは知ってた。

 名前を覚えられない、カタカナの国で戦争が起こってると、どこかで見たような、聞いたような気はする。

 でもそんなの、私には関係ないことだと思ってて。



 私の手を引いて笑ってくれたイケメンお兄さんは、戦争で死んじゃった?

 お兄さんは……こわい思いをして、高校生くらいで、死んじゃったんだ……。



「今はお盆。亡くなった人が帰ってきて、この世をゆっくり堪能する時間なんだよ。

 ゆいちゃんに出会えて、おじいさんは喜んだと思うよ。

 ゆいちゃんはとっても可愛いからね。

 送ってもらえて、よかったねえ」


「……うん。

 ねえ、おばあちゃん。

 戦争ってなに?」


「難しいね。私もうまく言えないから、学校で調べたり、先生に聞いてごらん。

 私も、戦争が終わってから生まれたからね。

 少なくとも、空から爆弾が落ちてくることはなかったよ」


「空から爆弾!? 死んじゃうよ!?」


「そうだよ。たくさんの人が、そうやって死んでいった。

 お盆くらいは、みんな、穏やかに故郷で過ごせたらいいねえ」



 空からふってくるのは、雨か雪くらい、レアなやつでもカミナリとかひょうくらい。

 爆弾はふってこない。

 爆弾がふってくる空なんて……



 かみさま。おねがいします。

 爆弾がふってきませんように。

 パパもママもおばあちゃんも、爆弾に当たりませんように……。



 おばあちゃんは、お盆の行事についても教えてくれた。

 その中で私が食いついたのは、「迎え火」だった。

 ご先祖さまが道に迷わないよう、ともす炎。

 今年は、パパといろいろ話しこんでるうちに、迎え火をともすのがいつもより遅くなっちゃったんだって。

 私は、お兄さんが言ってたことを教えた。

 『今年に限って道がわからない』って困ってて、そのあと『ついた』って、言ってたの、ちゃんと覚えてる。



「まあまあ、今年は遅くてごめんなさいって謝らなくちゃ」



 おばあちゃんは微笑んだ。



「おばあちゃんのおじいちゃんにありがとうって言うには、どうしたらいいの?」


「お仏壇にいつも手を合わせてくれてるでしょう?

 あれでいいのよ。

 明日お線香をあげて、心の中でお礼を言ってあげてね」


「うん」



 私は次の日、おばあちゃんに言われた通り、お仏壇にお礼を言った。

 お兄さんかっこよかったよ、ありがとう、って。

 生きてたなら、カレシにしてあげてもよかったのに。

 あーでも、フリンはだめね。

 おばあちゃんにこっそりお礼の言葉を教えたら、大笑いされちゃった。



 お盆が終わって、また長時間ドライブして、私たちはマンションに帰った。

 そこで私は、あることを思い出した。

 一気に青ざめた。



「朝顔……!!」



 夏休み中、つけなきゃいけない観察日記がある。

 お隣に預けて、水をあげてもらう約束してたのに、渡し忘れた!

 きっと枯れてる、あああ、先生に怒られる……



 ベランダの朝顔は、青々としていた。



 そんなわけない。



 葉っぱはみずみずしくて、今朝も咲いただろう花のしおれたあとがあった。



 なんで!?!?

 この暑すぎる中、お盆まるごと放置したんだよ!?

 いや、うん、すごくありがたいけど……ありがとう朝顔。



『 彼氏になれない おわびかな 』



 とおく、とおく。

 空の上のほうで、声がしたような気がした。

 空耳かもしれないくらい遠い声で。

 消えかけるような声だったから。



 私はベランダの柵に手をかけて、大声で空に「ありがとう!」って叫んだ。

 消えそうに遠い声のもとまで届くくらいの大声で。

 もちろん、即座にママに怒られた。



 今年の夏休みももうすぐ終わり。

 あの日から、一日も水やりを欠かさなかった朝顔からは、種がたくさんとれた。

 おばあちゃんに送ってあげようと思う。

 おばあちゃんのおじいちゃんが助けてくれた朝顔だよ、 って。




おわり

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おばあちゃんちのお盆のわたし 真衣 優夢 @yurayurahituji

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