ダンジョンのラスボス、ママになる

ガビ

ダンジョンのラスボス、ママになる

「‥‥‥暇だ」


 数多くの探索者が夢を持って挑んでは命を落とすダンジョンの深層100階。つまり最深部で俺は欠伸混じりに呟く。

 ラスボスのくせに威厳がないと我ながら思うが、どうか多めに見てほしい。なんせ、もう87年仕事をしていないのだ。そりゃ、やる気もなくなるだろうよ。


 想像してみてほしい。無駄に広いだけで娯楽品もない石でできた部屋で1日8時間拘束されるのを。

 考えただけでウンザリするだろう?

 何故、俺ともあろう者が新手の拷問みたいなことをされたくてはいけないのだ。もっと仕事を! やりがいを寄越せ!


 ‥‥‥とか言っても、部下の連中は「ボスの手をわずらせるわけには参りません!」とかトンチンカンなことを言うだけだろうなぁ。


 繰り返す。暇だ。

 生まれたばかりの頃は、人間どもに迫害されて暇なんて言えない状況だったが、今やこの様だ。


 邪竜の父と人間の母のハーフとして生まれた俺は、とある人間が言っていたことによると「呪われた存在」らしい。何でも、存在するだけで災いをもたらすとか。あいつらの相手をするのは大変だったが、退屈を感じる暇は無かった。

 基本的には人間の造形をしているが、漆黒の翼を持っている、割と格好いいビジュアルだと思うのだが、奴らの琴線には触れなかったらしい。


 ダンジョンの他の層のボスと違って、無駄にデカい図体はしていない。シンプルイズベストな外見を自分では気に入っている。

 そして、言うまでも無い話だが、俺は強い。


 炎や雷、毒などを自在に操れるし、肉弾戦でも負ける気がしない。87年前に殺し合った男も強かったが、最後は殴り合いの末に俺の勝利に終わった。

 あの時は楽しかった。全力を出せるというのは気持ちのいいものだ。あぁ。あの頃に戻りたい‥‥‥。


「いやいやいや。何老害みたいなことを言ってるんだ!」


 齢167歳だが、いつまでも若々しくいたい。過去をやたら美しく語り、現在を貶すジジィにはなりたくない。

 しかし、先ほどの思考で分かった。俺は老いてきている。


 身体ではなく、心が。

 この問題を解決するには、やはり殺し合いしかない。


「誰でも良いから、挑戦者こいやー!!!」


 と、絶叫したタイミングで、重い扉が開いた。

 あの扉は、メシを持ってくる部下は使わない。それ故に、87年の間、開かれることのなかった扉が開いた。

 ついに、念願の殺し合いができる。一体どんな奴だ。個人的には剣士が良い。斬られることで生じる痛みは直接死に近づく感覚がするので嫌いじゃない。


 さぁ。どんな強者が現れるだろう。

 しかし、そんな俺の期待は裏切られることになる。


「‥‥‥」


 扉から姿を見せたのは、小さな女のガキだった。人間の違いはイマイチ理解できていないが、それでも分かる。


(あぁ。こいつはダメだ)


 ガキだからというわけではない。ズタズタな様子を見ての判断だ。

 血だらけの鎧は、もはや防御の機能は失われているであろう。もはや鎧ではなく重いだけの服と化している。

 唯一、顔だけが見えていたが、生きているのか疑問に思うくらいに覇気がない。


「‥‥‥殺して」


 ガキが言う。

 期待はずれにもほどがある。


 殺し合いとは、生きるためにするものだ。それを諦めた奴を殺したところで楽しくも何ともない。せっかく、待ち人が現れたと思ったのに、こんな腑抜けとは。


「‥‥‥いや。待てよ」


 今はこんなんでも、ここまで辿り着けたということは、それなりの能力があるということだ。だったら、こいつを万全の状態にしてやってから殺し合いに望めば、待ち望んだ生命のやり取りができるのではないか?


「‥‥‥ッ」


 考えている間にガキが気絶してしまった。

 これ以上時間をかけたら、せっかくの暇つぶし相手が死んでしまう。

 そうなる前に、こいつを治療しよう。


 後悔するかもしれないが、また無の時間に耐えるよりは、ずっと良い。

\



「おい! こんな安物ではなく最高級の薬草を寄越せ!」

「は! 申し訳ありません!」


 医務官の蜂女に怒鳴る。


「87年ぶりに俺の相手になれるかもしれない者だ。人間だと思って舐めているようなら許さん」


 医務官と言ってもある程度の深階のモンスターになると回復魔法で自分で傷を治せる。だから、浅い階層の馬鹿のザコとしか相手していないものだから、ここまで死に近づいた患者を診たことはない。


「あるだけ持ってこい。後は俺がやるから下がっていて良い」


 もちろん、俺も回復魔法を取得している。しかし、人間のパーティに高確率にいる僧侶とかいう奴らに比べたら効率良くできない。そもそも、自分以外に回復魔法をかけるのは初めてだ。保険として薬草はあるだけあった方が良い。


 清潔なベッドに寝かして、回復魔法をかけ続ける。少しずつ息の呼吸も整ってきたが、動けるようになるのは、徹夜で10日はかかるだろう。

 しかし、そんなもの屁でもない。

 こちとら、87年休んでいたのだからな。

\



 ガキは目を醒めたのは、キッチリ10日目の夜だった。


「‥‥‥あれ? 私、生きて‥‥‥」

「動くな。俺の質問にだけ答えろ。お前の名前は?」

「‥‥‥ジーン」

「歳は?」

「11歳」

「よし」


 脳の機能も、ある程度は回復したようだ。


「じゃあ、こいつを食え。人間はメシで栄養を摂るのだろう」


 わざわざ作ってやった料理を突き出す。

 野菜とか言う、何が美味いのか全く分からない食物でスープを作ってみた。


「食い終わったら、もう少し寝ていろ。動くのはもうしばらく後でいい」


 こいつの治療のために人間の構造を調べてみたが、面倒なことこの上無かった。治ったからといって直ぐに派手に動いたら再発するらしい。何故、こんな弱々しい生き物が地上で偉ぶっていたのか本気で不思議に思った。


「えっと‥‥‥はい」


 さて。俺がいたら休めるものも休めないだろうから、医務室から出る。



\ 

 8時間後。様子を見に行く。

 ガキは目が覚めていたが、キチンと横になっていて安心する。


「おぅ。調子はどうだ?」

「あ。えっと、えっと、あの、あ。あのアレですあ、す、すみません」

「ゆっくりで構わない」


 喋るのが苦手なタイプらしい。俺も同じようなものなので気持ちは分かる。内容がまとまるまで待ってやろう。


 待つのは得意だからな。


「あ、あ、はい。ありがとうございます‥‥‥。えっと、おかげさまで大丈夫です」

「そうか。では、風呂に入ってこい」

「え?」

「臭いから入ってこい」

「あ! はい! すみません!」

「? 何故謝る? 懸命になった証拠だろう」


 働く者のかく汗は嫌いではない。


「‥‥‥グスッ」


 何故か泣いてしまった。やはり人間は分からない。


「どうした? 何か気に触ることを言ってしまったのなら申し訳ない」

「いえ。逆です。そんなこと言ってもらえたの始めてだから嬉しくて‥‥‥」

「涙というのは、嬉しくても出るものなのか?」

「えっと、えっと、たぶん、そうだと思います」

「ほう」


 では、母上が俺を抱きながら泣いていたのは、産んだことを後悔していたわけではないのかもしれないのか。

 ‥‥‥まあ、今更どうでも良いがな。

\



 ジーンは、順調に回復していく。

 人間にしては珍しく、俺にぎこちない笑顔を向ける変わり者のジーンとは、一緒にいても苦痛ではなかった。

 だが、そろそろ俺の目的を話しておくべきだろう。


「ジーン。俺はお前が全快したら殺し合いをしようと考えている」


 直ぐにパニックになるジーンだが、このカミングアウトに対しては落ち着いていた。


「はい。そうですよね」

「あぁ。この調子だと3日後には全快する。その時は頼む」

「分かりました」


 そこに居たのは、私の知る汚い人間の姿はなく、勇敢な戦士がいた。

 かと思ったら、身体をモジモジさせる。


「あの‥‥‥ラスボスさんのお名前を聞かせて頂いても良いですか?」

「あ? そんなもん無いよ」


 母上は俺のことを「ぼくちゃん」と呼んでいたが、さすがにアレでは無かっただろう。キチンとした名前で呼ばれることが機会を逃したまま、あの人は殺されたから私の名前は迷宮入りだ。


「あ。そうなんですね。じゃあ、あの、ママって呼んで良いですか?」


 これは、人間というよりジーンが変なのだろう。こんな男の化物をママ‥‥‥俺を守って死んでいった恩人と同じ立場で呼ぶなど。

 完全に役不足だが、ジーンが望むのなら仕方がない。


「良いだろう。好きなように呼べ」

「や、やった! ママ! ママ!! ママ!!!」

「はいはい。分かった分かった」


 小さな身体を寄せてくるジーンを軽くあしらう。


「あ! ママ、今笑った!?」

「あ? そんなわけないだろう。俺は笑ったことがない」

「そっか。ママがそう言うならそうなんだろうね!」


 笑顔なんて油断の極みのような表情を俺がすることがないだろう。

 何を言っているだろうな。この子は。

\



「ジーン。殺し合いの時間だ。準備しろ」

「うん! ママ!」


 この日まで、俺はあえてジーンの戦闘スタイルを聞いてこなかった。本番の楽しみにしようとしたのだ。

 最初に出会った無機質な戦闘専用部屋に移動する。


 その部屋に入った瞬間、お互いが炎の魔法を使用した。

 威力はほとんど同じ。いや、少しだけ俺に分があるか?


「ッッ」


 しかし、ぶつかり合う炎の中からナイフが飛んできて、俺の頬に当たる。

 魔法を使いながら、飛び道具も使えるのか。

 やるではないか。楽しくなってきた。


 お前がそうするなら、俺は距離を詰めて肉弾戦に持ち込もう。炎によるダメージは請け負ってやる。その代わり、拳による1発がどれだけ重いのかを教えてやろう。

 熱い。息ができなくなるほどに熱い。


「クハッ! クハッ!! クハッ!!!」


 俺は今、笑っているのだろうか。

 ジーンの目の前まで辿り着き、力一杯に顔面に殴りつける。


「アハッ! 痛い! 痛いよ!!!」


 血だらけになった顔面で、ジーンは叫ぶ。


「ねぇ、ママ!!! 楽しいねぇ!!!!!」

「あぁ‥‥‥。今まで生きてきて、1番楽しい!」


 認めよう。

 俺は今、笑っている。


 全力で殺し合えている今が、異常に楽しい。

 地上で流行っているらしい麻薬というものを使用しても、これほどの興奮は味わえないだろう。

 間違いなく、今この瞬間で最も幸せな生物は俺に違いない。

\



 そろそろ、この楽しい時間も終わる。


 俺の計算が正しければ、あと3手でジーンは死ぬ。

 俺も限界が近いが、経験の差か。ギリギリ生き残りそうだ。


 楽しかったぜ。

 そう思った瞬間、脳裏に今までジーンと過ごした何気ない日常が一気に蘇った。


<ママはお野菜食べないの?>

<植物だろう? 食べたいとは思わねーな>

<それ、食わず嫌いってやつだよ。ほら、ナスとか美味しいから食べてごらんよ>

<‥‥‥まあ、1口だけなら>


 あの時に食べた茄子、意外と美味かったな。


<そろそろ寝るね>

<あぁ。‥‥‥トイレに行っておけよ>

<えー。なんで?>

<漏れるからだ>

<私、もう11歳だよ? 絶対大丈夫だよ>

<ちなみに、俺は167歳だが2年前に漏らしたことがある。しかも両方だ>

<‥‥‥トイレ行ってきまーす>


 今思えば、あの時ジーンは引いていたのだろうか。


<今更だが、俺は男なのに何故パパではなくママなんだ?>

<‥‥‥パパは怖いから。優しいママのことはママって呼びたいの>

<ふむ‥‥‥それは分かるかもしれない>

<そうなの? 私、変じゃない?>

<まあ‥‥‥変ではない。俺の父もおっかない龍だったからな。母上は優しかった>

<へぇ。ママのママかぁ。今はどこにいるの?>

<死んだ>


 そう言ってから、自分の失言に気がついた。

 この、妙に繊細なガキは、他人のことでも泣いてしまうだろうと。

 しかし、俺の予想はハズレ。

 ジーンは、目を瞑り合掌したのだ。


「‥‥‥」


 私は神が好きではない。一応、私にこの仕事を紹介してくれた恩はあるが、好きなことしかやらないダメな奴なのだ。だから、不幸な生物が跡を絶えない。

 しかし、ジーンが私の母上のために祈ってくれているの光景は悪くないものだった。


「‥‥‥ッッッ!」


 そんな、どうでもいいことを殺し合い中に考えていたからだろう。


 ジーンの雷魔法をモロに喰らった。

 致命傷であることを受け止める。


 まあ、こいつ‥‥‥娘に殺されるのなら、そこまで悪い最期ではないだろう。


 だが、ジーンの今後について憂いが残る。

 俺を殺したとなれば、神が次のラスボスにジーンを指名するだろう。


(どうか、ジーンが退屈に殺されませんように)


 娘に習って、祈りとやらを捧げてみた。


 おい。神様よぉ。

 こんなに長いこと、アンタの言うことを聞いてやったんだ。これくらいの願いは叶えろよ。

\



「‥‥‥暇だ」


 ダンジョンのラスボスとなった私は勤務中にそう呟いていた。


 今日も挑戦者はこない。

 まあ、ラクではあるんだけど、やりがいがない。


 そんな時は、ママのことを思い出すに限る。

 唯一、私に優しくしてくれた、変わり者さんのことを。


 この思い出だけで、あと87年は生きていける。


<了>

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