第10話 中の人の日常

 10歳の頃からテレビゲームにのめり込み、37歳のおっさんになってもゲーマーである根深蔵人ねぶかくろうど。彼の職業は銭湯『高松湯』の従業員である。


 と言っても、オーナーはまだまだ現役である彼の両親。跡取りの蔵人にとって、仕事らしい仕事は、ある様で、ない様で。


 その気になればゲームに勤しむ時間を何とでも出来てしまうのは、いわゆる『子供部屋おじさん』だからである。



 さて、『高松湯』では偶数日の日曜日恒例のイベントが催されていた。


「いらっしゃ~~い。 よしおちゃんは430円、おちびさんは130円だよーー。2人で560円ね」


「おばさん……。毎度も言うけど俺も37歳なんだから、よしおちゃんはもうよしてくれよ」


「あら、ごめん。蔵人の同級生はいつになっても同級生だからね~~。蔵人~~!よしおちゃんが遊びに来たわよ」


 受付に立つ蔵人の母、佳子よしこは上機嫌だった。ご近所さんに永く愛され続けている『高松湯』ではあるがイベントの日は親子連れで特に賑わう。実に微笑ましく、活気に溢れた1日となるからだ。


 それに、そんなイベントを息子の蔵人が提案してくれたのが嬉しかったのだ。日頃、銭湯の仕事に興味なさ気の息子が「少しでも集客に繋がれば」と言ってくれた事に陰で涙したものだった。


「おう、来たかヨッシー。さっさと風呂入ってアレな」


 男湯の脱衣場を掃除していたところだった蔵人が姿を現すと、胸の前に両手を上げ親指で何かを数回叩く様な仕草をした。


「まあ、その為に来たんじゃないかっ! じゃあ、後で」



 それから、続々と親子連れが訪れ入浴を済ませた後の『高松湯』エントランスでは。


「やった~~!」


「苦しい……」


 床に幾人もの大人と子供が寝そべっては喜び声を上げる者、唸り声を上げる者、それぞれである。皆が頭にVRヘッドギアを装着していた。


 その様子を眺めながら蔵人の父、平蔵は冷蔵クーラーに普通の牛乳瓶やらフルーツ牛乳の瓶やらを補充しては怪訝そうな表情を浮かべていた。


「母さんや、その、いつも思うんだが。蔵人たちのやっているアレは本当に大丈夫なものなんだろうね?」


「蔵人たちが小さい頃にファミコンで遊んでたでしょ? アレ、今時のファミコンみたいなものらしいわよ。お店で普通に売っているものだし大丈夫なんじゃないの」


「はぁ……、それにしても37歳にもなってピコピコとはのぉ……」


「みんな仲良しでいいじゃない」


 偶数日の日曜日、『高松湯』は実質的にゲームセンターと化すのである。蔵人の友人たちが子連れで訪れてはそれぞれが『アナザー・ダイヴ・リワールド』にインしての一時を過ごすのだ。


 蔵人と友人の柏木義男がログアウトした様子でVRヘッドギアを外すと冷蔵クーラーの缶ビールに手を伸ばして乾杯した。


「ぷはぁ~~、ゲームの後の一杯はうめぇ。それにしても、蔵っちには『バルーンファイト』で勝てないもんだな」


「フルダイヴ化したお陰で360°警戒、あれはもうオリジナルとは完全に別物のゲームだと思った方がいい。昔のプレイは一つもあてにならん」


「なるほど、さすがは歩く攻略本」


「古い呼び名を。ところで、お前の息子さんは何をやってんの?」


 蔵人は柏木義男の横に寝そべる子に目をやった。


「なんか『魔界村』に妙にハマってるらしい。9歳でアレが丁度いい難易度とか言うんだぜ? 将来、eスポーツのプロプレイヤーにでもなってくれねぇかな~~」


「ははっ。今からその腕前なら有り得るかもな」


「そしたら、いい歳しても家で悠々とゲームが出来そうな気がする」


「家でゲームがしたい、か……。ヨッシーの恐怖体験を思い出してしまうな……。VRヘッドギアはめて寝ころんでいたらカミさんが顔に掃除機当てて来た、か」


「あぁ……、ゴミに見えたんだそうだ……。でも、それを聞いた蔵っちがここでイベントを始めてくれて、ゲームをする場所を作ってくれてありがたい」



 蔵人と義男がしばらく語らった後。2人の同級生である友川晢夫がVRヘッドギアを外した。どこか目がうつろだ。


「うぅ……。すごい目にあった……」


「どうした?」


 義男が哲夫に缶ビールを差し出すと一気に飲み干した。


「『ドラクエⅢ』のワールドへ行ってたんだけどさぁ。もう、何十年も前の事だからすっかり忘れていたんだ……」


 蔵人が眉間に皺を寄せて考え込み始めた。そして、僅かばかりの時をおいて何かに気付いた様に哲夫に語り掛けた。


「忘れていた事ですごい体験ならば。まさかアッサラームの町で?」


「そうだ! それにしても、よくわかったな。昔と同じ様に引っかかってしまった……」


「ぱふぱふ、か。誘ってきた娘さんの父親にされてしまうのだったな。しかも、アレをフルダイヴで受けたとは……」


 蔵人と義男は哲夫に向かって手を合わせていた。




 こうして、今月最後の『ふれあいの湯』イベントは終わった。ただ、それは表向きの名前であり、蔵人の友人である父親世代は別の名前で呼んでいる。銭湯でゲームするから『ゲー銭』、なのだとか。


 この様におっさんゲーマーは時々、大好きなゲーム世界に帰省しながら日々を過ごしていくのである。



 END

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おっさんゲーマー、懐かしのレトロRPGがフルダイヴ型にリメイクされたのでゲーム世界への帰省を思い立つ カズサノスケ @oniwaban

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