第11話 訪問者
自室で本を読んでいると、優しく扉がノックされた。
「入って」
返事をすると、丁寧に扉が開いて使用人のヘレナが入って来た。彼女は六十歳を超えているが、背筋はしゃんと伸びて同じ年代の人たちに比べたら若々しくてとても元気だ。
「どうしたの?」
「エイベル・リンジャック様が来られました。お通ししてもよろしいでしょうか?」
アリスは本を閉じた。
「えぇ。いいわ」
そうしてヘレナが一度下がると、次に来た時は一人の青年が一緒だった。
「入って」
青年が入るとヘレナが扉を閉めた。
「久し振り、エイビー」
「やぁアリス、元気だった?」
人懐っこい笑みを浮かべた、金髪に翠眼で麗しいという言葉がぴったりの青年はエイベル・リンジャック。
年齢はアリスの二つ上だがアリスとは幼馴染。彼もまた聖騎士を率いる聖人で、リンジャック家はサラフィエル家と同じ聖人・聖女を多く輩出する名家の一つだ。
彼には五人の聖騎士がいるのだが、今日は彼一人のようだ。
「えぇ。座って」
ソファに促し、向かい合って座る。
ヘレナがお茶とお菓子を持ってきてまた部屋を出て行く。
小さく扉が閉まる音がして、アリスは話し出した。
「今日はどうしたの?」
「しばらく会えなかったから、話をしようと思ってね」
エイベルは裏表のない笑みを浮かべた。
色んな人と話をする機会があるが、時には互いが何を知っていて、また何を知りたがっているのか、探り合い、牽制し、嫌味をぶつけと会話によるバトルが始まることがある。
アリスはそれがとてもとても嫌いで、作り笑いを浮かべ、頭を回転させて話している下でお腹が痛くなってくる。
でもエイベルとはそんなことをしなくていいから楽だ。心のままに会話ができる。
「そうだね」
エイベルが優雅な所作でカップを持って一口お茶を飲む。
彼はその容姿、生まれ、聖人としての能力の優秀さもあって年代関係なく女性にとても人気だ。どこかにパーティーに出ようものならその場にいる女性たちが我先にと駆け寄るくらいに。
でもこれまでエイベルが特定の誰かとお付き合いをしているという話はアリスでも聞いたことがなかった。学院にいた頃も数多の女子生徒の告白は全て断っていたし、じゃあ同性が好きなのかというとそうではなく、そもそも誰かが好き、ということを聞いたことがない。
身持ちが固いのは良いことだが、彼の場合は少々固すぎるような?
「新しい異界騎士が入ったんだって?」
エイベルの声で思考が現実に戻ってきた。
「そう。ルイスって名前」
「どんな人?」
一瞬ルイスについて全て話そうか迷ったが、流石にエイベルが相手でも秘密にしなければいけないことはある。
「私とほとんど同じ年齢くらいの見た目で、とても前向きで明るくて、すぐにここに馴染んだよ」
「へぇ、いいじゃないか」
「うん。彼の明るさには助けられてる。エイビーは最近どう?」
それからエイベルの近況も聞き、話がひと段落したところでアリスは話題を変えた。
「エイビー、最近魔物討伐で変わったことはない?」
「変わったことって?」
エイゼルは小首を傾げた。
「最近、私が担当した魔物討伐で門の大きさに対して出てくる魔物の数が多い事態が起きてるの。大したことじゃないかもしれないんだけど」
ふんわりとしたエイベルの表情が真剣なものに変わる。
「それなら俺もあった」
「本当?」
「あぁ。俺が担当したところだと、上級の魔物の出現が以前に比べて多くなった。新人の聖人・聖女の中には、上級の魔物の予想外の出現に怪我を負った者たちもいるって聞いた」
「やっぱりそうなんだ。そのことについて他に話は聞いた?」
「いや。各地から報告は上がってるみたいだけど、原因はさっぱり。対策は複数人でチームを組んで討伐にあたるか、俺たちなら要警戒ってところだろうな」
「何も起きないといいけど……何か分かったら互いに連絡しよう」
「そうだな」
そう言って、エイベルがじっとアリスの顔を見つめた。透き通った宝石のような色の目だ。
「どうしたの?」
「いや、元気そうでよかったなって」
「どうして?」
「あれから元気なさそうだったからさ」
エイベルの言うあれからがいつのことか、アリスにはよくよく分かっていた。でもその内容は彼もアリスも言わない。
アリスは笑顔を作った。
「私は大丈夫よ」
「そう? なら、いいんだけど」
エイベルは立ち上がった。
「急に来たのにありがとう。何かあったらいつでも」
「こちらこそ」
アリスはエイベルを玄関まで見送った。
彼が去ると周囲は静かになった。
その静寂が、妙に心に痛かった。
聖女と異界騎士 相堀しゅう @aihori_s
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