天文 -strangers-

一畳半

第1話 江島戊信、17歳

 人類は、変わった。

 近代化の光はこの世界を、人の世を照らした。

 士農工商といった人を縛りつけていた言葉はその効力を失った。

 法律は人を平等に裁く。

 誰であっても教育を受ける自由がある。

 誰であっても働く自由がある。

 誰であっても、生きる自由がある。

 

 そして――誰であっても表現をする自由がある。

「表現の自由、万歳」

 

 右の小指でエンターキーを弾く。

 カチっと快い音が静かな部屋に響く。

 小説執筆。それが、高校生になってから見つけた新しい趣味だ。

 小説とはいっても、純文学とかそういうのではなくて、いわゆるライトノベルだ。


 ネットに投稿して最初の1ヶ月は閑古鳥がけたたましく鳴いていたが、たまたまツイッターで拡散されたおかげでだいぶ読んでもらえるようになった。ネットミームやらジョークなんかも取り入れて面白くする工夫も怠らなかった。

 その結果、今では投稿から一週間もすれば1000回のPVくらいに届くまでに成長した。嬉しい限りだ。

 

 正直、小説を書くのは手間だ。文字を書き連ねるだけだが、単なる妄想にすぎない断片と断片を、キャラという生きた存在を用いて縫合する。エモいシチュエーションと面白いストリーを両立させなければいけない。ハイレベルなものを追求すると、とにかく手間がかかる。

 けれども、僕は帰宅部で時間なら掃いて捨てるほどある。勉強もそこまで頑張る気はない。恋愛だと彼女なんて微塵もない。

 

 それに、暇つぶしという側面もあるが、中1の春にネット小説にハマったときから、密かに胸のうちに抱えていた夢に近づけているのだ、という実感こそが私の心の主動力だった。

 呼んでくれる読者がいて、「面白い」とコメントしてくれるファンがいて、その人たちの期待に応える自分。「小説家」という存在に着実に近づいていることが本当に嬉しかった。


 成すべきことをしたという達成感と安心感が、ベッドに横に倒れ込んだ僕の身体を包む。

 目がしょぼしょぼして、少し痛い。朝からカーテンも開けずにずっと作業をしていたのだから、当然だ。

 

 時計を確認すると、時刻は夜の23時51分。

 そうだ、明日から学校じゃないか。早めに寝てやろう。

 

 一応、一通りの支度はしてある。ちなみに宿題ももちろん終わっている。高2にもなれば、それくらいの計画性はある。


 もう、いい時間だし寝るか。

スマホの目覚ましを開いて、明日の六時に鳴ることを確認したら丸眼鏡を枕元に置く。

 消灯。

 そっと目を閉じる。世界から、自分が少しずつ離れていく感覚がする。


 今の自分は違う。違うんだ。

 中学までの、生き方を知らなかった自分とは違う。

 生きるべき場所がある。そうだ、小説に――

 

 高二の4月5日。江島戊信、17歳。

 人生で一番に充実した、と思える誕生日であった。

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