海の藻屑と消える
鳥羽ミワ
海の藻屑と消える
ここでいう藻屑とは藻を指す言葉に限らない。
冬の海は意外と冷えにくい。海底で揺れる藻屑はたらたらと魚たちを眺めていた。光は旋回しながら海の中を通っては果て、藻屑を照らしはせず、けれども藻屑からは光が照らす魚群の影がよく見えた。藻屑の近くには海底を住処にする魚や貝や蟹や、生き物たちがいて、彼らのえらから出入りする水が藻屑をなでた。
藻屑は砂底をころころ転がりながら生き物の間を通り抜ける。大きい貝小さい貝、中には真珠や小さい蟹を孕んでいる。そしてガラスの破片、流木、通り抜ける。魚の群れ、群れ、大魚の影が下りる。藻屑は揺れる。
海水は重く、しかし不意に流れを変えて藻屑をふわりと浮き上げた。藻屑の緻密な組織の入り組みを、光が照らす。藻屑は浅い海にたゆたった。藻屑は初めて浅い海流に流された。きらきらと淡い光が波に砕ける。プランクトンは透明なからだの内部を白日に晒し、砕けた光は小魚たちの鱗に当たってチカチカと火花を散らす。藻屑は水面に出た。直接日光が当たる。冬の病弱な太陽がちろちろと水面を温める。夏でなかったのは藻屑にとって幸福だったかもしれない。藻屑は脆いから、夏の太陽光ではあまりに明るすぎて、ひび割れて千々に乱れて、きっと消えてしまった。
水面には他にも漂うものがいた。どこからか流れてきた捨てられたプラスチック片、クラゲのようなビニール袋、ペットボトルも木の葉も、一緒に藻屑と漂っていった。
やがて太陽が傾き始めた。海鳥が風を切って巣へ帰っていく中、藻屑たちは漂い続ける。日没には赤光が藻屑を照らした。その光は赤いばかりで何の力もなく、ただ雲を美しく赤や紫や虹色に彩る以外役に立たない。汚れたペットボトルが鈍く光を反射する。水平線はエタノールを塗ったように青白く燃えている。静かに太陽が沈んで、天頂から西から暗くなっていく。
入れ替わるように月が昇る。満月。
暗く暗くなっていく。冬の空気はよく冷え、塵が地上に降りてくる。夜空がはっきりと見える。人の街は近いが、三等星の北極星が見えた。あの星を中心に夜空のすべてが回る。冬の空には青白い星がチカチカと瞬く。一等星がよく見えた。黒々とした空に点々と星灯りがともって、ぽっかりと月は煌々と冷たく海面を照らした。
その間も藻屑は漂い続け、ふと東の空に日の光が明るくにじむ頃には浅瀬に着いていた。
夜が明けた。月は西に、東の空が明るくにじむのを待って沈んだ。明けの明星が、太陽がやってくるのを伝える。
藻屑たちはとうとう砂浜に打ち上げられた。藻屑はぼやいた。
「ビーナスは海の泡から生まれたんだってね。でもガセだったよ。太陽の光は夜空の星や月の光、朝日まで浴びたのに、真珠にもなれなかった」
「ビーナスが海の泡から生まれたかは知らんがね、ビーナスになれないのはそりゃそうさ」
先に打ち上げられていたガラス片は笑った。
「俺たちじゃビーナスの器じゃない、せいぜい海の藻屑と消えるが運命さ」
やがてボランティアの清掃員たちがやってきて、藻屑立ちはゴミ袋へ詰められた。広々と打ち上げられたプラスチック片もビニール袋もペットボトルもゴミ袋に詰められた。ボランティア参加者の子どもたちは、流木やガラス片や貝殻を見つけてはしゃいでいる。この水色のガラスはきれい、こっちの貝殻ピンク色だよ、はしゃぎながら拾っていく。子どもたちはこっそりと彼らが見つけた宝物をポケットに入れた。
「これで海が綺麗になりました!みなさんのご協力のおかげです。ありがとうございました!」
ボランティアを引率していた教師が言った。
藻屑はゴミ袋に詰められ、トラックに積まれ、ごみ収集所へ運ばれていった。
海の藻屑と消える 鳥羽ミワ @attackTOBA
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