あなたの物語

@void321

誰かの物語

バイトを終えて、人混みを抜ける。

今の時間帯にもなれば、

右辺野駅にも帰宅をする人々が行き交う。

比較的田舎と言えど、まだ街と呼べるものである証左なのだろう。

俺の帰宅にいつもの道、なんてものは無い。

大抵は帰宅とは散歩を兼ねることになる。

いつも駅へ向かう道も、いざ散歩をすると意外と分からないもので。

大抵は大なり小なり発見がある。

その点で言えば、今日は特大だった。

久しぶりに通ったら、

道がひとつ増えている、なんて。

何度思い返しても、絹江歯科の看板があるこの電柱の横に道なんてなかったはずなのに。

いつの間にか出来ていた道に、

行かない理由もない。

迷いなく、俺は足を右に向けた。

パッと見はただの住宅街だが、

まるで無理やり世界をずらしたみたいに、

この道路に続く玄関というものがなかった。

少し高そうなあの家も、

古めかしい、未だ瓦とくすんだ白い壁を残した

この家も、全て。

そんな脇道の折り返しに、

灯りが漏れているドアがあった。

看板には、「⬛︎⬛︎古書店」と書いてある。

擦り切れて、

見えなくなっている前半は、人の苗字でもあったのかな、なんて想像をふくらませながらドアを押した。

「ん、君なのか。

珍しい、これも何かの縁だ。

1冊くらい持っていきなさい。」

親しげに話しかけてきた老人は、

名前も顔も知らないはずなのに、

見覚えもないのに、

どこか懐かしい感覚を覚えた。

「あの、会ったことありましたっけ。」

「、、いや、ないな。

君、名前は?」

「吾妻春樹です」

「なるほど、そうか。」

一言そう言うと、店主はカウンターから出てきた。

「君、本の趣味は?」

着いてこい、ということだろうか。

言葉足らずな人なのだろうか、

と勝手な想像を膨らませる。

こういうのは、初めてあった人にしかできない

楽しみ方だ。

失礼でも、いいよね、多分。

「そうですね、

ミステリーとか、SFとかよく読みます。

恋愛ものもたまに」

「そうか、悪くない趣味じゃないか。」

見た目より広いのか、本棚を何列か通り過ぎる。

奥は見えないくらいに拡がっている。

限界なんて無いんじゃないかってくらい。

「なら、この列から探すといい。」

そう言うと老人は本棚のある列を指さした。

ここは比較的端の方なのか、奥が見えている。

適当な本を取り出してあらすじを読んでみると、ミステリーものみたいだ。

あらすじだけ見ると、ある有名なミステリー作家の作品を彷彿とさせる。

彼の物語だろう、と当たりをつけて作家名を見てみると、聞いたことすらないような名前だった。

「入間秋人なんて知らないなぁ。

いやでも、普通に面白そうだな、、」

よし、この人の作品から選ぼう。

でも、この本棚作者で分けられてはいないみたいだし、、、

「あの、、」

傍らにいる老人に声をかけようとして、

いつの間にかカウンターに戻っていることに気付いた。

「あれ、そんな夢中になってたかな」

仕方ない、今日はこの本を買おう。

明日は大学もバイトも無いし、

この本を読もう。

「あの、店長さん。

これ買いたいんですけど」

「それか。いいだろう。

持っていけ。」

「で、いくらなんです?」

「あぁ、まだ言っていなかったか。

この場所の本は全て君に帰属する。

もちろんその本も、今私が読んでいるこの本もだ。」

「え、いや、どういうことです?」

「どうもこうもない。

モノにもよるが、基本的にはタダで持って行っていいと言っている。」

「でも、」

「でもでは無い」

店主は引く気は無さそうだし、

さすがにこれ以上はくどいだろうし。

今回は貰っちゃおう。

次回から払えばいいし、なんて考えが頭をよぎる。

「なら、ありがとうございます」

ドアを開ける瞬間、一瞬だけ老人と目が合った気がした。





その後の散歩道は、特に変わったことは無かった。

これ以上さっきみたいなことがあっても困るだけだが、探してしまうのは人の性なのだろう。

なんて多少カッコつけてしまうのも、大目に見て欲しい。

明らかに無いはずの道を見つけて、奥に古本屋があった、なんて友人どころか実家の犬に語っても鼻で笑われるだろう。

人に言えない分、自分自身にかっこうつけるのは、情けないけどね。

「今から読むの楽しみだなぁ。」

有名作家が書きそうな話を書く新人作家、と考えると嫌な気分だが、

あらすじで興味が出てきた以上はしょうがない。

明日の朝を楽しみに、泥に包まれるように意識を落として行く。

あれ、今日こんな疲れてたっけ、、、




本を読み進めていく。

冒頭は、古本屋に入るところから始まって、

そこで得た本をきっかけに、主人公が事件に巻き込まれていく、というものだ。

主人公の名前が作者と同じ秋人というのはなんとも言い難い気持ちになったが、概ね満足だった。

主人公が事件を解くわけでもなく、

誰かが事件を解くのを手助けしたり、

時には疑われたりしながら、

事件は収束していく。

話の最後に、自然に最初の本屋に足を向けるのは上手いな、と思った。

先にも書いたように、概ね満足ではあった。

あったのだが、

「さすがにこんなに謎残してはいお終いはないでしょ。

あれか?解説編の巻があるのか?」

さすがにないのは許されない、

とまだ昼の暑さが残る夕方の住宅街を足早に歩く。

楽しみではなくモヤモヤを解消するために

急ぐのは、あまり楽しくなかった。

「なんだ、もう読んだのか?

そんなに面白いものでもなかった気がするが?」

「そうでも無いんですけど、

謎結構残ってるじゃないですか。

解答編あったりしますよね?」

「ないぞ」

「え?」

「その話はそれきりだ。続きはない。」

「そんなことあります?

割と面白いし、続刊出る前提の話ぽいなって思ってたんですけど」

「そんなことは無い。

ここにある本は、全て1冊で完結している。」

「そんな、いや、ほんとですか?」

「嘘を言う必要などないだろう」

そうと言われたらそうなのだろうが、

理解と納得はどうしようもなく別物なのだ。

「いや、まじかぁ。

なら、この作者の別の作品とかは」

「無い。

いや、無くはないが、」

「それ、どこにありますか?」

つい食い気味に聞いてしまった。

「前連れていった本棚の裏側だ。

壁から見て同じくらいの位置に、あったはずだ。」

急いで前老人に連れてかれた本棚まで行き、裏側を見てみると、同じく、入間秋人と書かれた本があった。

「何がないだよ、あるじゃん

一気に量増えたな。なんだっけ、あれ。

ケツァル・コアトル位の文量ありそう。」

増えた重さの分期待に胸を膨らませながら、

今度こそ店主に金を払おうとすると、

「払わなくていいと言っているだろう。

支払いが必要な時は私が声をかける。

それ以外は持っていけ。」

「でも、」

「はぁ、わかった。

なら、金を置いていけ。この金を担保に

その本を貸そう。読み終わったら返しなさい。」

そう言うと、老人は本に目を落とした。

ドアを出る時、老人と目は合わなかった。

そういえば、明日は大学に行く日なんだっけ。

明日のうちに読みきれなさそうな事だけが心残りだな。




「春樹、おはよー。

何読んでるの?」

「お、玲那。おはよう。

最近見つけた古本屋にあった本。

割とおすすめだよ」

「へぇ、じゃあ読み終わったら貸してくれない?」

「いいよ。なんかこの人調べても出てこなくて。そんなに売れてないのかな。」

「そんなことある?

あれ、マジじゃん。てかこの本、バーコードも着いてなくない?」

「あ、ほんとだ。何この本。

でも装丁、商業誌っぽい」

「ねー。文芸部のみんなに聞いてみようよ。

さすがにTwitterとかなら居ると思うし。」

「そうだね。今日は結構みんないる日のはずだし。」

「ね。あーあ、早く授業終わってくれないかなー」

「わからんでもない。

って、もう着くじゃん。」

「あ、ほんとだ。降りよ」

この時間帯の山手線はどこから乗っても混んでいて、

迂闊に座ると降りるのすら一苦労だ。

田舎者にとって、この電車は一生慣れることは無いだろう。

今朝は玲那に合流できて、本当に助かった。



文芸部員達と一緒に、ネットで調べたり、

騒いだり、本を読んだりしてるうちに、いつの間にか古本屋で借りた本を読み切っていた。

「お、読み切ったんだ。

春樹、それどうだった?」

気付いた玲那が話しかけてきた。

「面白かったよ。

面白かったけど、ミステリーのはずなのにまともな解説編が無いんだよね。」

「続刊があるとか?」

「店主の人曰くないって」

「まぁ、ならしょうがないんじゃない?

本なんてそんなもんだし」

「それ言われたらそうなんだけど、、」

「ならさ、今日連れて行ってよ、その古本屋さん。

普通に気になるしさ、」

「いいよー。なら、もう上がっちゃおう。」

「お、2人とも上がり?デート頑張ってね」

この先輩は何を聞いてたのか

「デートじゃないでしょ、どう頑張っても」

「デートでしょ、どう頑張っても。

ねぇ、玲那」

「え、ちょわ、なんで私に振るんですか。」

「本人に聞くのが1番じゃん」

「そんなんだから先輩彼氏出来ないんですよ!」

「え、レナちゃんそれ言っちゃダメでしょ、ちょっと!?」

ギャーギャー騒ぎ出した女子たちを尻目に、

帰り支度をすませる。

めんどくさい事は無視するに限るのだ。




玲那と一緒に古本屋までの道を歩く。

「こんな住宅街にあるなんて珍しいね。」

「ほんとにね。

その路地こないだ通った時なかった気がしたんだけどねぇ。」

「見落としてたんじゃない?

さすがに何も無いとこから生えたなんてないだろうし」

「そうだと思ったんだけど、何度思い返してもないんだよね。」

「どうせ気の所為でしょ。

そんなことさすがに無いだろうし。」

「いやでも、ここなんだけどさ、見てみ。

家の玄関一個もないんよ」

「ほんとだ、え、珍しいね。」

「そうなんだよね」

そんな感じで雑談をしながら中に入る。

「人を連れてきたのか。」

「佐藤玲那です。」

「そうか、では佐藤、どんな本が趣味だ?」

なんて、聞き覚えのあるやり取りを聞き流す。

老人がカウンターに戻って来た。

「そういえば、ネットにあの作者さんの情報なかったんですけど、なんか知ってる事ありますか?」

「あるにはあるが、話せることは無い。

だが、そうか。君は、この本たちがネットにあって欲しいと思うかね?」

「あって欲しい、と言うより、あったら便利だな、とは思いますね。」

「なら、作ってみるか。

ただし、そのサイトを、誰にも送るな、

見せるな。」

「いいですけど、なんでですか?」

「何でもだ。あまり人に知られすぎるのは良くない。」

「玲那はいいのに?」

「それは、そういう流れだったのだ。

現代社会は流れの外にも影響を及ぼしすぎる。」

言っていることがよく分からない。

「どういうことです?」

「自分で気付け」

は?

「ここにある本を読んでいけば、いずれ気づくかもしれんな。」

「いや、意味わかんないんですけど、」

「店主さん、この本買いたいんですけどー」

「買うのは許可できん。

貸出ならいいだろう。

春樹に返しなさい。」

「分かりました。お邪魔しました。」

玲那が満足したようなので、

俺も今日はこの店に用はない。

家に買いだめした本がまだあるから、

明日はそれで暇を潰そうかな。

「ねぇ、ご飯食べに行かない?」

「いいね。駅前戻ろうか。」

「私あのピザ屋行きたい」

「あそこね。OK」

他愛のない日常が、

少しづつズレていく。




​───────​───────​───────


試し読みはここまでです。

続きは製品版でお楽しみください。


⬛︎⬛︎古書店



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