探偵団恋模様

海音まひる

探偵団恋模様


 山谷第二中学校二年二組の教室は、昼休みの穏やかな喧騒に包まれていた。


 その中で、「ねえねえ」と声を上げる女子生徒が一人。


志崎しざきさんって、菅野すがのくんと付き合ってるの?」


 志崎さんと呼ばれたその女子は、読んでいた本——五百ページはあろうかというミステリー小説——から顔を上げ、怪訝そうな顔でクラスメイトを見た。


「……どうしてそう思ったんだい?」


 そんな一風変わった口調で彼女が聞き返すと、声をかけた方の女子はまくし立てるように話し出した。


「ほら、だって二人、ずっと一緒にいるじゃん。休み時間に話してることも多いし。この前だって放課後、学校の近くのカフェに寄ってるの、あたし見ちゃったよ」

「見られてたのか……でも言っておくと、私たちは付き合っていないぞ」

「ええ〜、本当に?」


 まるで信じていない様子でその女子は首を傾げた。


「本当だとも」


 だが志崎は自信ありげにそう言うと、ぴんと人差し指を立てた。


「嘘だと思うなら——探偵に調査してもらってもいい」

「た、探偵?」


 耳慣れない単語に、その女子は目を瞬かせる。


「そう、山谷二中探偵団。ほら、あそこに相談箱があるだろう」


 志崎は共通黒板のところに置かれた、「相談箱」と書いてある箱を指差した。

 お菓子の箱に紙を貼っただけのもののようだ。


「あれに相談内容やなんかを入れておけば、返事がくるという。私と菅野くんが付き合っていない証拠を探してくださいとでも、書いてみればいいんじゃないかな」




「……というわけで、依頼だぞ、菅野くん」


 午後四時のカフェ。

 山谷二中からほど近くにあるその場所は、学生も多くそこそこ賑わっていた。


 『二年二組の志崎さんと菅野くんが付き合ってるか確かめてください!』と可愛らしい文字で書かれた紙。

 それを指先で弄んでいるのは、志崎本人だった。


「なんでこんな依頼、わざわざ受けようとしたの? 志崎さんは……」


 呆れたように言うのは彼女のクラスメイトの男子、菅野。



 何を隠そう、山谷二中探偵団とは、この二人のことなのだ。

 探偵、志崎。助手、菅野。


 すなわち今回の依頼は、志崎と菅野——自分たち二人が付き合っていない証拠を出せというものなのだ。



「……しかし、菅野くん、付き合っていないことの証明は、非常に難しいんだ」

「そうなんだ?」

「ああ……付き合っていると言って、それを認めてもらうのは簡単だ。仲の良さそうな二人が、実は付き合っていましたと言ったら、納得するだろう?」

「確かにそうだね」


 志崎はコーヒーをちょっと飲み、また話し始めた。


「ところが、付き合っていないと言っても、依頼人は納得しない可能性が高い。むしろ『それならどうして、あんなに仲が良さそうなんだろう。もしかしたら付き合ってはいないだけで、両思いなのかもしれない』なんて、またあれこれ疑い出すかもしれない」


 それを聞いた菅野は顎に手を当てて、ちょっと考え込む。


「……でも、付き合っていない証拠が出せたら……」

「そこだよ、問題は」


 志崎が人差し指をぴんと立てる。これは彼女の癖であるようだ。


「いいかい。付き合っている、あるいは付き合っていないというのは、当人達の問題なんだ。どちらかが告白して、互いに合意したら、付き合っているといえる。あるいは付き合っていなくても、下手なカップルより仲のいい二人組なんてのもいるかもしれない。つまり、付き合っているかどうかの物理的な証拠が示せるわけじゃない」


 彼女の言葉を頭の中で整理した菅野は、おずおずと尋ねた。


「つまり、僕たちが付き合っていないことを依頼人に納得させるのは……」

「まあ、おそらく無理だろう」

「ほんと……なんでそんな依頼を引き受けちゃったの……」


 探偵助手は、頭を抱えた。



「ところが、ここで私から提案がある」


 志崎はまた指を立てた。

 菅野はごくりとコーヒーを飲む。


「私たちが付き合ってしまうのはどうだろうか」


 彼はせっかく飲んだコーヒーを吹き出しかけた。


「えっ、ちょっと待って。今、なんて言った? 僕たちが何だって?」

「付き合ってしまえばいいんじゃないかと言った。ほら、さっき言っただろう? 付き合っていると言って納得させるのは簡単だって。ならばそちらの方を事実にしてしまえば」

「いやいやいや、付き合うってそういうもんじゃ——」


 顔を真っ赤にした菅野の言葉を遮るように、志崎は口を開く。


「私は君のことが好きだ」


「…………え」

「私は君に恋している。これは、付き合うのに十分な理由じゃないかな」


 菅野とは対照的に、志崎は顔色を変えることなくそう言った。


 まるで、秘めていた思いを打ち明ける乙女らしくない。

 これが探偵の告白だというのだろうか。


「で、でも……じゃあ、僕のことはどうなるの? 僕が志崎さんのことが好きかはわからないのに」

「いいや」


 そう言い切って、志崎はゆっくりと首を振った。


「私の推理が正しければ——菅野くん、君は私に好意を抱いている……そうだろう?」

「……気づかれてたのか……」


 菅野は、真相を言い当てられた犯人のようにガックリと項垂れた。

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